第6話 逸材
「それでは、次の志願者の方どうぞ~!」
リンが会場全体へ与えた衝撃の後。7番目の子のパフォーマンスが終わり、会場全体が落ち着いた空気を取り戻したとき、突然『その子』はやってきたんだ。
「エ、エントリーナンバー……はわわっ、きゃっ!」
えっ……? いきなり……こけた……?
なんと、ステージに出てきた瞬間、緊張からかその子は盛大に足をもつれさせ、派手に転んでしまった!
「だ、大丈夫ですか!」
女の子を心配して、司会者が駆け寄る。
「だ、だだだ、大丈夫です……。ご、ごめんなさいごめんなさいっ! こんなご迷惑をっ!」
「い、いえ。大丈夫でしたら安心しました。それでは、引き続き自己紹介をどうぞ」
思わぬド派手な(?)登場の仕方に、観客席から失笑の声が漏れる。
「ちょっと~、大丈夫なのあの子?」
「クスクス、ただ出てくるだけなのに、どうやったら転べるんだろう? どんくさいにもほどがあるでしょ」
いきなりの転倒からなんとか立ち上がったはいいものの、ステージから大勢の観客を目の当たりにして、女の子のパニクり具合はさらに深刻さを増していった。
「あっ、あの……アアア、ア……アカ……アカリで……ででです」
あまりに緊張しすぎてわけがわからなくなっている様子で、そのパニックぶりは、本来は中立であるはずの司会者が思わず助け舟を出してしまうほど。
「大丈夫です! 大丈夫ですからどうぞ落ち着いてください! どうでしょう、一度深呼吸をされてみては」
「は、ははは、はいっ! すぅ~っ、は~っ、すぅ~っ、は~っ」
オーディション中にも関わらず、観客の見ているステージ上で何度も深呼吸を始める女の子。
司会者のアドバイスで女の子は少し落ち着いたようで、そのあまりにも素直で無垢な様子を見ていた観客席から、ドッと笑いが起こる。
「いま私たちはなにを見せられてるのだろう」
「ちょっと面白い子だなぁ」
なぜか司会者が志願者をリードするというよくわからない状況になってはいるものの、一応ウケているみたいだからいい……のか……?
「それでは、もう一度落ち着いて自己紹介をしてみましょう。エントリーナンバー8番、アカリさんですね」
「は、はい、はい、は、8番の、ア、アアア、アカリです」
まだたどたどしくはあるものの、アカリと名乗る少女はようやく自らの口で、ハッキリと自己紹介ができた。
出てきた瞬間から思わぬパニックぶりで、意識が完全にそっちに行ってしまっていたため、僕もやっと落ち着いて少女のビジュアルを確認することができた。
軽くウエーブのかかったツヤツヤでとても美しい黒髪なのに、長い前髪が顔にかかってしまっているせいで、とても残念なことに顔の上半分が完全に隠れてしまっている。
世間一般でいうと『地味』という分類になってしまうだろう。さきほどのパニックぶりを見ればわかるとおり、性格はとてもおどおどしており、おとなしいタイプで口を開くのも一苦労といった感じだ。
審査員席に、観客の偽らざる生の声が聴こえてきてしまう。
「なにあの子? ずっとおどおどしてるし、地味すぎ」
「あれでよく出てこれたよな、他の可愛い子見て自信なくしたりしなかったんだろうか」
たしかに、少女のここまでの『表面上』だけを見れば、それはある意味妥当な反応だったのかもしれない。
が。
しかし。
僕はアカリの頭上に視える数値に驚愕し、目を見開いた。
BP、1万6436……だと……?
他の候補者とはまったく比較にならない、その桁が違う圧倒的な数値に、僕は思わず自分の目がおかしいのではないかと、何度も目をこすった。
だが、何度視てもアカリの数値は変わらず、僕にその才能が『本物』であることを告げていた。
なんなんだこの子は……。
バズる才能が視れる僕だからわかる、いや、僕にしかわからない、紛うことなき本物の『超逸材』……。
僕はあまりの事態に軽くパニックになりながら、手元にあるアカリの簡単なプロフィールに目を通した。
プロフィールによるとアカリは現在十六歳、引っ込み思案な性格を直すため、思いきってオーディションに志願してみたと書いてある。
これだけの巨大な才能、育て方によってはあのアクトをも凌ぐ大スターになれるかもしれない。まさに僕が『求めていた条件』に見事に合致する子だった。
自己紹介が終わり、次はアカリのパフォーマンスの時間。
声の質自体はとても良いものの、歌は盛大に歌詞を間違える、演技やダンスパフォーマンスでは派手に転びまくると、アカリはなに一つとして良いところを見せることができなかった。
「はわわっ! ご、ごめんなさい……」
アカリがなにか失敗するたびに、観客席から失笑の声が漏れる。
「も~、なんなのあの子。一人だけ時間使いすぎだし、さっさと他の子に代わってくれないかな」
「ね~、あんなんじゃ絶対通らないよ。頑張ったってムダなんだから、早くあきらめればいいのに」
歌、踊り、演技の審査が終わり、次は水着審査。
ステージに出てきた瞬間から、アカリは恥ずかしさからか顔を茹でダコのように赤らめ、水着の前を腕で隠してしまっており、これは審査としては大きな減点ポイントとなる部分だった。
ついには審査員からも、ため息や呆れにも似た声が漏れはじめる。
「むぅ……。これはなんとも難しいですな。本人としては必死にやっているのはわかりますが、これに高い評価をつけてしまうのは、他の志願者たちに申し開きができないでしょう」
「本当にね……私も娘がいるので、同じ年頃の子には頑張ってほしいのですけど、今日のパフォーマンスでは強く推すことは難しいですよね……」
たしかに、これが『普通のオーディション』であれば、アカリは真っ先に落とされる対象だっただろう。
でも、そんな些末なことは、いまのこの僕の『目』にかかればなにも問題はない。
この少女はとてつもない才能を秘めているものの、自分ではその才能の大きさに気づくことができず、引っ込み思案な性格も相まって、それを自分ではまったく活かせていなかったのだ。
いや、僕だってこのバズる才能視がなければ、その無限の可能性に気づけていなかったかもしれない。
いまを逃したら、もうこんな子には二度と出逢えない、それがわかる。
だっていま僕には、この出逢いこそが奇跡なんだって、そう思える実感があるから。
ステージ上でたった一人、怖くて逃げ出したい気持ちと必死に戦ってるこの子を、これ以上バカにするんじゃない。
その才能を見いだし、理解し、育て、正しい方向に導いていける『プロデューサー』がいて初めて、この子の『光』は強く輝きだすんだ。
僕は、アカリを全否定しようとする会場の空気を切り裂くように、力強く叫んだ。
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