第5話 オーディション

 エメラルドグリーンの美しい海と、その砂浜に設営された特設ステージ。


 イベント当日、僕はその特設ステージがすべて見渡せる審査員席に座っていた。


 ステージの前面には座って見れる観客席も設けてあるが、すでにその席は大挙して訪れたお客さんですべて埋められており、立ち見のほうが多くなるほどの大盛況と化していた。


 町の飲食店にもご協力いただいて、砂浜には数々の出店も並んでおり、店は作るのが追いつかないほどの大行列状態。この売り上げで協力してくださったナギサタウンの方々に、少しでも恩返しができればといいなと思う。


 本日のイベントのタイトルは、『キミこそスターだ! 未来のシンデレラガールを発掘オーディション!』。


 オーディションの様子は、シンジュの宿の客室からもすべて見れますというのが最大のウリ。そのため、イベント当日は予約が殺到して、宿は一時パンク状態となった。


「わわわっ、まさかこんなにお客さんが押し寄せるなんて! 忙しいのは嬉しい悲鳴なんだけどね。ちょっとあたしは手が離せそうにないから、イベントのほうは頼むよ!」


 そういった経緯で、おかみさんに宿のほうはお任せして、僕はこちらのイベントに注力しているというわけだ。


 これで宿も潤うし、その宣伝効果もかなりのものがあるだろう。これだけお客さんが集まってくれただけでも、すでにイベントは成功したといえるし、お世話になった宿のみなさんにも恩返しができて本当によかった……。


 そんな大盛況の現状に手応えを感じていると、同じく審査員席に座る、BP6の町の住民の方が話しかけてきた。

 

「あの~、ウラベロクローさん。ところで、このオーディションのタイトルなんですけど」


「はい、なにか問題でも?」


「シンデレラってなんですか?」


 うぐっ! しまった! そうか、この世界にはシンデレラなんて物語はないんだ! ……と、言いたいところだけど、実はこの質問はイベント前、宿のスタッフの方々にもされていた。が、この世界にシンデレラなんて固有名詞はないことに気づいたのは、すでにビラを大量に作ってしまった後だったという……。


 僕はスタッフの方々にとっさにしたのと同じ説明で、なんとかごまかした。


「あっ、あはは、あの~その~、シンデレラというのはですね、なんというか、昔僕が旅した場所で使われていた単語といいますか、未来のスターとして花開いていく女性を表す言葉と思っていただければ」


「なるほど、そういった地方ならではのお言葉があるんですね。いや~、勉強になるなぁ~」


 実際にはそんな地方は存在しないため、いや、勉強になられても困るとは思ったのだが、勝手に納得してくれたようなのでそれ以上はツッコまないことにする。


 それぞれの出店に散っていたお客さんも集まり、イベントの開始時刻、ステージに立つ司会者の方がマイクを持って話し始めた。


「みなさん本日はようこそお集まりいただきました! このナギサタウンから未来のスターを発掘するオーディションを、ただいまより開催いたします!」


 待ちに待ったオーディションの開催に、観客席から歓声があがる。


「楽しみだね~。どんな子が出てくるんだろう」


「この田舎町からキングラのスターが誕生でもしたら、本当に凄いことだよ!」


「あの審査員長さんの見る目はたしかなのか、お手並み拝見ってとこだね」


 司会者によるオーディションの簡単な説明が終わると、次は審査員として町の住民の方、地元の名士の方、ナギサタウンの町長さんなどが順に紹介されていく。


「そして、本日の解説兼審査員長はこの方、謎の旅人ウラベロクローさんで~す! 聞くところによりますと、ウラベロクローさんは配信では十年のキャリアがあられるそうで、その道のプロとして今回このナギサタウンに、未来のスターとなりうる逸材を探しにこられたということです」


 司会者からご紹介をいただき、僕は笑顔で観客のみなさんにご挨拶する。


「あー、あー。みなさんこんにちは、ウラベロクローです。一応本日のイベントの発起人をやらせていただきました。未来のスターの誕生の瞬間を、審査員長としてみなさんと一緒に見届けられれば幸いです」


 現世では底辺配信者のくせに、多少どころか相当に盛ってしまったのは本当に申し訳ない。しかし、それぐらい派手にぶち上げないと、オーディションに『説得力』というものが生まれない。まったく自信のないおどおどしているようなプロデューサーに、一体誰がついていきたいと思うかという話だ。


 それまで人前で挨拶をするなんて経験はあまりなかったので、かなりド緊張の挨拶ではあったが、一応観客席から拍手をいただけたのでよかった。


「それでは、1番目の志願者の方どうぞ~!」


 司会者の合図と共に、1番目の志願者がステージに出てくる。


「エントリーナンバー1番ココナでっす! よろしくお願いしまっす!」


 ココナちゃんのBPは361。1や2などのいわゆる『一般人』とは遥かにレベルは違うものの、未来のスターとしてあのアクトと戦わなければならないと考えると、少し寂しい数値といえるだろうか。


 それを皮切りに特設ステージに次々と志願者が現れ、それぞれ歌、踊り、演技、水着審査の項目でパフォーマンスを披露していく。


 とはいえ、審査とはいうものの、僕の目にはそんなことをするまでもなく、すでにその対象の『才能』が視えているため、僕の中ではあくまで形式上のものにすぎないのだけど。


 しかし、観客のみなさんは物凄く盛り上がってくれているし、志願者の方々が真剣にやってくれているパフォーマンスを見ないのは、審査員として失礼にあたる。


 出てきた瞬間にすでに才能があるかどうかはわかってしまうものの、パフォーマンスをこちらも真剣に受け止めさせていただいて、解説のコメントを付け加えていく。


「いまのパフォーマンスはどうでしたか、解説のウラベロクローさん」


「いや~、熱気のこもったパフォーマンスでいいですね~。将来絶対にスターになってやるんだ! という意気込みがこちらまで伝わってきて、非常に良かったと思います!」


 勇気を持って人前に出てきてくれた子たちには、まずは褒めて褒めて褒めまくって、自信を持ってもらうということを心がけて審査を進めていく。僕なんかの呼びかけに集まってくれたんだ、一人たりとも自分のような哀しい想いはさせたくないから。


 オーディションも進み審査の6番目に現れたのが、端正な顔立ちでスタイルも良く、立ち居振る舞いに華と気品がある『リン』という女の子だった。


「エントリーナンバー6番、リンです! よろしくお願いします!」


 ステージに現れた瞬間、その理屈ではない、感覚でわかる『才能の匂い』に、審査員や観客がざわつくのを僕は見逃さなかった。


「この子いいね。明らかに他の子たちと雰囲気が違う」


「うんうん。出てきた瞬間のオーラでもうわかるもんね。あ、『この子違う』って」


 その事前評価のとおり、リンは歌も踊りも演技も水着審査も常に威風堂々としており、そのBPはなんとこれまでの志願者で最高の1282!


 この町に来てからBPが1000を超える人物に出逢ったのは初めてであり、他の審査員も観客も皆大絶賛、数値の上でもパフォーマンスの上でも、僕もこれはもう決まったかなと思え、リンは現時点でのシンデレラガール最有力候補といえた。


 が。


 どうやら『嵐』というのは、それが起こる前はとても静かで穏やかなものらしい。


 それはまさに、僕の中で『運命』となる出逢い。


 もうリンで本決まりかという会場全体の空気の中、突然、なんの前触れもなく、『その子』はやってきたんだ。

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