第22話.後輩と夜道を歩きます〜星がきれいだなあ
「あー、さぶ。やっぱりまだ夜は冷えますね~。」
「いや、その恰好のせいじゃ……?」
暁月さんを送るために駅まで向かう。星がきれいだ。
クラスTシャツを着たまま歩く彼女は、さすがにもう前で縛ってはいないものの、それでも半袖に短いスカートは十分寒い。
「仕方ないじゃないですか~。朝は暑すぎてこのまま来たから羽織るものないんですよ〜」
「まあ、たしかに暑かったけど」
「あ〜あ。こーゆー時、隣に彼氏がいたら手を温めてくれるんですけどね~。」
「え?」
『彼氏』という言葉に動揺してしまう。
それはつまり……いや、あるわけないだろ。
「あ、先輩にどうして欲しいってことじゃないですよ。まあ、さすがにわかっているとは思いますけど。今日、智愛様に告白したわけですし」
もちろんわかっているさ。わかっているけれども。
暁月さんはこういうドキッとすることを自然に言うのが怖いんだよな。油断したら普通に勘違いさせられそうだ。常に戦闘態勢が求められる。
「暁月さんはどういう人と付き合いたいの?」
反撃を試みるため、あえて自分から話を振った。失恋×夜ということもあり、普段より大胆になっている。あと、女の子とする恋バナは、なんか背徳感あるな。
「そうですね〜。基本は年下ですね。それで、あたしなしじゃ生きられないくらい、依存させまくりたいです」
「コワイデス……」
暁月さんならやりかねない。それに、これだけ美人でコミュ力もあれば、いろんな男が寄ってくるだろうし。付き合っても精神がやられそう。
「先輩はどうなんですか? やっぱり智愛様一筋ですか?」
口元をにやつかせながら質問返しをする暁月さん。攻撃の主導権が移ったことがわかる。
「えっと、その……」
告白したのは初めてではないし、一筋というのは違うだろう。
でも、彼女以上に心惹かれた人はいない。
一筋って言っていいんかなあ。
暁月さんはにやにやとぼくを見ている。
こっちから仕掛けたはずなのに、気がつけばぼくの方が追い込まれていた。やっぱり一枚も二枚も上手だ。交際経験0のぼくではまったく歯が立たない。
ただ、自分の素直な気持ちを打ち明けるなら。
「正直、恋とか人を好きになることが何なのか、まだよくわからないんだ。新名さんへの気持ちも、もしかしたらただの尊敬の気持ちの延長なのかもしれなくて」
「ふ~ん。そうなんですか」
そっけない返答。
実際、ぼくという人間自体には、それほど興味はないのだろう
「……けど、もし新名さんがぼく以外の人と親しくしているのを想像したら、ちょっとつらいかも」
暁月さんがにやりと笑った。まずい。煽られる……
「へ~、先輩もけっこう嫉妬深いんですね~。それなのに、あたしと一緒に帰ったりしていいんですか~? この女たらし」
「女たらしって……」
ぼくに恋愛感情なんて1ミリもないくせに。こっちがモテないことを知ったうえで言ってくるから余計にたちが悪い。
「……あたしも先輩たちみたいな恋ができたらな」
「暁月さん?」
だが、寂しげに呟いたその言葉の意味を、彼女は説明することはなく、逆にぼくに尋ねてきた。
「先輩は、あたしが今まで何人の男と付き合ってきたと思いますか?」
暁月さんの恋愛経験。どうせ豊富なんだろこんにゃろとは思ってたけど、実際に聞いたことはないな。一人、二人ということはないだろうけど。
「五人とか?」
「十三人です」
「最後の晩餐か!」
思わず大きな声を出してしまう。
我ながらいいツッコミだったと思う。
「いや、食べ物の話はしてないですよ。お腹空いてるんですか? 飴舐めます?」
「……いただきます」
渾身の返しだったのに。
伝わらなくて悲しい。
「まあ13人とはいっても、一週間も経たずに別れた人も含めてですけどね」
「そうですか」
それでも13人ってぼくの何倍だよ。……0にはなにを掛けても0ですね。
「ぶっちゃけあたしってけっこう美人だし、スタイルもいいじゃないですか?」
「まあ、そうですね」
こうも自信満々に言われると腹が立つ。だが事実だ。胸も大きいですしね。
「それなりに告白されるんですよ。好きな人にも、そうじゃない人にも。さっきもナンパされましたし。でも、好きだった人も、付き合ってみたら実際はきちんと愛せなくて。それで、段々とわかってきたんです。結局あたしの好きな人って、あたしのことを好きにならないような人なんだろうなって。だからたぶん、あたしは恋愛に向いてないんです」
「……それは、生まれてこの方彼女がいたことのないぼくへの当てつけですか?」
恋愛が難しいというのはわかるが、その土俵にすら立てていない人間に向けるには、あまりにも残酷な言葉だ。
「いや、被害妄想がすごいですね。だからモテな……あ」
すねてやる。
どうせぼくはモテないですよーだ。
「そんな顔しないでくださいよ~。冗談ですって」
「はいはい」
人を傷つける冗談はいけません。いい加減覚えましょうね。
「まあそれで、あたしにとっての恋愛って、自分の寂しさを一時的に埋めるためのものでしかなくて。まあ、要は悪人なんですよ、あたしは。同情の余地はありません。これからも、悪人の自覚を持って生きていきます」
悪人……、か。
他人を利用する生き方。多かれ少なかれ、皆がやっていると思う。
でもあなたは、自分自身には、悪人という名前を付けるんですね。
暁月さんは悪戯っぽい表情で、ぼくの脇腹を小突きながら言った
「心配なんですよ~。先輩、あたしみたいな悪い女にころっと騙されそうだし」
「そんなことないと思うけど」
私、あなたの誘惑に乗ったことなんて一度もありませんし。……ありませんよ?
「でも、あたしがちょ~っと攻めたことすると、す~ぐ動揺するじゃないですか~」
「え、いや、それは――」
「あたしのお腹を見て、目を泳がせて~。」
「ぐう」
煽りのキレがすごい。ぼくの反応全部ばれていたのか。恥ずかしすぎる……。
「ま、そういうところがおもしろいんですけど~」
「ふーん。そうですか」
なんて奴だ。男心を弄ぶな。もう許さん。
……何度目だ?この展開。
「ごめんなさいって。ちょっとからかい過ぎました」
「……まあ、いいけど」
我ながら甘すぎるな。うん。
駅の光が見える。この時間だが人もぱらぱらといるようだ。
「ねえ、先輩」
「ん?」
「あたしはたぶん、哲学には向いてないんだと思います。正義とか、道徳とか、生きる意味とか。そんなことをあーでもないこーでもないって考えるの、馬鹿らしいなあって正直思います」
「うん」
「でも、同時に、お二人を見ていて思ったんです。そういうことと真剣に向き合って、人生を選択すること。もしそれを喜べる人間だったら、あたしももう少し、自分のことを好きになれたのかなって」
いつもと違う、少し弱気な表情。
自由に生きているように見えるけど、きっとその自由を得るための努力があって。
新名さんと方向性は違うけど、彼女は彼女なりに、自分の人生を戦ってきたのだろう。
「だからあたしも、智愛様と先輩がくっついたらいいなって、思っていたんですよ?」
「暁月さんが?」
「はい。だから学園祭でも、先輩が智愛様と二人になるようにいろいろしたのに……」
もしかして、お化け屋敷の後いなくなったのってそういうこと?
身の程知らずとか言いつつ、いろいろ考えてくれていたんだね。……ツンデレなの?
「二人とも、あたしよりずっといい人だから」
「暁月さんだって、文化祭の準備、すごく頑張ってくれたじゃない。おかげでカフェも無事成功したし」
「それができたのは、お二人の優しさのおかげです。あたしはそんなにいい人じゃない」
「でも……」
ぼくはそれ以上、彼女の言葉を否定することはできなかった。
自分の負の感情に対する、周りの無力さを、ぼくは誰よりも知っていたから。
でも、彼女は彼女なりに、自分のできることを頑張っていて。それは間違いなく、ぼくや新名さんでは担えなかった役割だから。彼女が認めてくれないのは、やっぱり寂しい。
「ま、あたしの話はいいんですよ」
重い空気を振り払うように、彼女は言った。
そして、真剣なまなざしでぼくの目を捉え、続けた。
「もう一度だけ智愛様と話してみませんか? 二人とも優しいからこそ、自分の本音を押し殺してしてしまっているはずだから。あたしのわがままだと思って、お願いします」
暁月さんが深く頭を下げた。
ぼくと新名さんを一番近くで見てきた後輩。彼女が言うなら、きっとぼくたちには、やり残したことがあるのだろう。
「わかった。もう一度勇気出してみる」
「ふう、よかった。じゃあ、さっそく電話してみますね~」
「え、いま⁉」
「もしもしー、暁月です。智愛様ですか? 夜分に失礼します。いま、相田先輩と一緒にいるんですけど、智愛様に伝えたいことがあるみたいなので、電話代わりますね」
暁月さんがスマホをぼくにわたす。
「はい。がんばってください」
「う、うん、わかった」
スマホの画面に映る新名智愛という名前。
その響きに、どこか温かさを感じる。
ぼくはゆっくりと、それを耳にあてた。
「もしもし……相田です。うん。あのもしよかったら明日――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます