第17話.学園祭を回ります~腹チラは目のやり場に困る
14時になり、「カフェ♪ ツァラトゥストラ」は閉店の時間を迎えていた。
午後からはお客さんも増え、少し忙しくなったものの、暁月さんが上手く動いてくれたため、何とか乗り切ることができた。意外と仕事できるのね。
また、最後の方には山口先生も顔を出してくれた。冊子を手に取った後、ぼくのところに来て「よく勉強してるね」と直接お褒めの言葉をかけていただけたのが嬉しかった。新名さんには遠く及ばないのは、自分が一番わかっているけど、頑張りを認めてくれる人がいるのは励みになる。
「無事、終わりましたね。皆さんお疲れ様です」
「おつかれー」
「疲れました~」
お客さんも全員退店し、いつもの部室のような落ち着いた空気が流れていた。
「いや~たいへんでしたよ、接客が」
後半部分にアクセントをおき、なぜかぼくを見る。なんですか? ぼくが接客をさぼったとでも言いたいんですか? はいそうですよ。
「う、うん。おつかれ」
「やっぱりメイド服、三着用意しておくべきでしたね。そしたらもっと、先輩も精力的に働いたでしょうし。いや~、最初は少し考えていたんですけどね~。フリルにこんなに布を使うとは想定外でしたよ」
やっぱり考えていたんかい! ぼくが男の娘メイドになる世界線もあったということか……。いや、ぼくじゃ女装した男にしかならんか。男の娘の道は甘くないのだ。舐めるなよ。
「では、私は生徒会の方に売り上げの報告をしてきますね。お二人は学園祭、楽しんでください!」
「え~。どうせなら三人で回りましょうよ~。あたし、智愛様の仕事終わるまで待ってますから」
「うん、ぼくも待つよ」
一緒に回るお友達もいませんしね。ははは。
……泣いてないもん。
「ありがとうございます。そうですね……、では一時間後、またここに集合しましょうか。それまではお二人共楽しんでいてください。」
「は~い」
そして、新名さんは生徒会へと向かった。暁月さんもどこかに行ってしまったため、ぼくは部室に一人残された。
まあでも、一人で回るのも寂しいし。誘える人もいないし。新名さんの仕事が終わるまで、おとなしく本でも読んで時間をつぶすか。
「せんぱ~い。もしかしてぼっちですか?」
聞きなれた、ぼくをからかう声。扉からひょっこりと、暁月さんが顔を出していた。まだいらっしゃったのですね。
「うるさい」
どうやら、クラTに着替えてきたらしい。相変わらず前で絞っており、お腹がちらりと覗いている。丈が短いメイド服よりも、こっちの方が目のやり場に困る。だって、素肌がどうやっても視界に入ってしまうもの。
「はあ。先輩はほんと素直じゃないですね~。せっかくあたしが一緒に回ってあげようと思ったのに」
「えっと……、暁月さんと二人で?」
いいのか。この人、いくらでも友だちいそうなのに。特に男の。
「他に誰がいるんですか。せっかく、智愛様が集合時間指定してくれたんですから、ちゃんと学園祭楽しんでいないと失礼ですからね」
「まあたしかに。それもそうか」
珍しく正論だ。新名さんの気遣いを無下にするのはよくない。
けど、男女二人で学園祭は……カップルだと思われるのでは? ぼくには新名さんという人がいるのに。
「何してるんですか先輩、早く行きましょ」
まあ、でもよく考えたら、ぼくに興味ある人なんていないし関係ないか。
うん。なるようになれ。
※※※
他校の生徒も来校しているため、廊下はかなりの人で溢れていた。
油断するとはぐれてしまうので、お互い距離を詰めて歩いている。近くで見る暁月さん、やっぱり美人なんだよなあ。スタイルもいいし、胸も大きい。加えて、いい香りもする。うう、なんか緊張してきた。落ち着け、自分。ただの後輩だ。奴の本性を思い出せ。
「お化け屋敷とか入ってみます?」
見ると、『呪いの館』と書かれた看板が経っており、そこから長い列が伸びていた。そして不思議なことに、その列を構成しているのはほとんどが男女のペアだった。不思議なことに。
「あ、うーん。えーっと。どうしようかな」
「あれ、先輩怖いの苦手でしたっけ?」
「いや、そういうわけではないけど」
いくらぼくでも、学園祭のお化け屋敷にびびるほどやわじゃない。
だけど、男女二人でお化け屋敷に入るのは。まるで――
「カップルみたい、とか思ってます?」
「んぐっ!」
つい変な声が出てしまう。何回目だよ、心読まれるの。
「ほんと、先輩ってわかりやすいですよね~」
「……うるさい」
悔しい。どうしていつもこうなるのか。やっぱり顔に出てんのかな。
「でもたしかに、いちゃいちゃしてる人多いですね。というか増殖してます。まあ、大半はイベントカップルなので、ほとんどは一か月以内に別れますけどね」
「そう、なのか……?」
「ま、モテない先輩には無縁の話なんで、気にしなくていいと思いますよ~」
「……」
「それより早く並びましょ。定員二人っぽいですし。学園祭のお化け屋敷って治安悪そうだから一人では入りたくないんですよ~」
じゃあ、そんな無理に入らなくても……と言いかけてやめた。否定から入る人間に幸せはこないからね。それに、こういう不満も含めて学園祭の楽しみだろう。
列に並ぶと、案の定、前も男女が手を繋いでいちゃいちゃしていて羨ま、いや腹ただしい……ってあれ。
「瞳?」
「あ、お兄ちゃん。やっほー」
それは妹の瞳だった。いつもと髪型が違うから気が付かなかった。ポニーテール、けっこう似合うな。ということは、隣にいるのが彼氏の――
「響……来てたの?」
「姉さん……」
ほえ?
姉さんってことはつまり、この男は暁月さんの劣等感の源である弟さんであり、かつ妹の彼氏の響くんであると……そんな偶然あります?
だが、この二人の手が固く結ばれていること、及び暁月さんの顔の曇りが、その事実を物語っていた。
そして謎の沈黙。気まずい、気まずいです……。
「え、響くんのお姉様ですか? すごい! めっちゃ美人……」
張り詰めた空気に穴を開けたのは、我が妹、瞳だった。
「あ、ありがと~」
暁月さんの頬が少しだけ緩む。
「前に東高の学園祭行った時は、響くんが忙しくて会えなかったから、リベンジで兄の学園祭来てみたんですけど。まさか響くんのこんなに美人なお姉様に会えるなんて……。あの私、相田瞳って言います。そこの翼の妹です。よろしくお願いします」
「暁月奏です。響の双子の姉です」
二人がにこやかにペコリと頭を下げる。
ぼくが毎日顔を見ている二人だけど、一緒にいるのはなんだか不思議な感じがするな
「ところで、奏さんはどうして兄と一緒に? まさか付き合っている……とかではないですよね?」
「いやいやまさか。そりゃ、相田先輩は悪い人ではないけど~、ね?」
「そうですよね。兄を恋愛対象にするなんて、よほど物好きじゃないと」
「瞳ちゃん、辛辣だね……。でも、そういうこと」
顔を見合わせて笑っている。この二人、けっこう相性いいのか。さっそく名前で呼び合ってるし。ぼくが酷く馬鹿にされているように思えるのは気のせいだろう。
「あのー」
「あ、はい」
もう一人の男、妹の彼氏兼後輩の弟に声をかけられた。 姉と同じくお顔が整っている。ぼく、イケメン、好きくない。
「自己紹介が遅れましたが、暁月奏の弟の響です。妹さんとお付き合いさせていただいています。よろしくお願い致します」
深々と頭を下げる。姉とは対象的に誠実そうな青年だ。これで頭もよくて彼女までいるんだろ……。神様は不平等だ。
「えっと、相田瞳の兄の翼です。よろしくお願いします」
ぼくも同じく頭を下げる。なんか向こうの方がしっかりしている気がする。悔しい。
「では、あたしたちはこれで~。先輩、行きますよ」
妹と話し終えた暁月さんに、ぐいっと腕を引っ張られる。
いや、だからスキンシップは控えなさいと。男の子は繊細なの!
「瞳ちゃんは学園祭楽しんでね~」
「はい! 奏さんも楽しんでくださーい」
手を振る瞳とお辞儀をする響くんの姿が段々と小さくなっていく。あのー、ぼく一人で歩けるんで、離していただけませんかね……。
そのまま暁月さんに引かれ、校舎の外に出た。様々な屋台が並んでおり、まさにお祭りといった雰囲気だ。ただ、蒸し暑さに加えてあちこちで火が使われていることもあり、汗が止まらない。溶けそう。
「まさか弟が来てるなんて。それも先輩の妹と」
「うちの学園祭、近隣の中高からもけっこう来るからね。それにしても驚きだけど」
やっと腕を解放される。肩が痛い。
「はあ。なんか疲れました。先輩、なんか奢ってくださいよ~」
「え、ええ」
「冗談ですよ。あ、あたしたこ焼き買ってくるのでちょっと待っててくださ~い」
そして、暁月さんは小走りでたこ焼きの屋台に向かった。
いやー。瞳もうちの学園祭来るなら言ってくれればいいのにな。響くんの苗字も知らなかったし。暁月響って言われたら、あれ?ってなったろうに。
まあ、世界は意外と狭いのかな。
「うん、いはひとおいひい。せんはいもたへまふ?」
たこ焼きを頬張りながら戻ってきた暁月さん。なんかリスっぽい。
「じゃあ、一つもらおうかな」
八個入りのはずが、既に四個しか残っていない。もう半分食べたのか。
それと、つまようじが一本しかないのですが……こちらを使ってもよろしいのでしょうか?
「先輩って間接キスとか気にする人ですか?」
「え! いや、別に……」
何その質問。はい、っていったらぼくがキスもしたことない非モテ男子みたいじゃないですか。そうですよ悪かったですね! 逆にあなたはいいんですかいいんでしょうね。見るからに気にしなさそうですし。
「ふ~ん、まあいいや。とりあえずもう一本もらってきますね。ついでに智愛様の分も買ってきま~す」
「あ、うん」
暁月さんの精神攻撃はいつになっても慣れない。わかってやってるのかな……やってそうだな。
おお、怖。
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