第15話.迷路も作ります~彼氏の有無を聞かれると嬉しい

 クラスの方でも、学園祭の準備が進められていた。


 うちは迷路を作るらしい。

 部活に入っていない人々を中心に、放課後も制作が行われている。

 ぼくもカフェの準備の合間を縫って、時々クラスにも顔を出している。


「――それでー、~だったんだよ」

「まじ? うける」


 ぼくが黙々と段ボールに星を貼り、淡々と宇宙っぽい雰囲気を再現している中、目の前の二人の女子は、それぞれガムテープと油性ペンを片手に、楽しそうにおしゃべりをしている。いいなあ。青春だなあ。


 だが、新名さんが部室にいる今、人見知りのぼくにできるのはひたすら作業を遂行することのみ。普段話す機会のないクラスメイトと関わるのも、学園祭の楽しみの一つだとは思うが……。まあ、ぼくにそんな度胸はない。おとなしく空気になろう。


「ねぇねぇ、相田くんってさ、智愛ちゃんと仲いいよね」


 不意にぼくの存在が認知された。

 気配は完璧に消したはずなのに……何者だ、お主。

 と、思ったが、どうやら話していたもう一人の女子がどこかに行ったらしい。ふぬ。


 ショートヘアのスポーティーな雰囲気の女子である。女バスとかにいそうなイメージ。うちの学校、バスケ部ないけど。


「あ、えっと、その……う、うん。お、同じ部活だしね」


 話したことのない女子と、ぼくがスマートに会話できるわけがないのだ。


「あ、そっか。智愛ちゃん部活作ってたもんね。哲学研究部、だっけ? 相田君も入ってたんだ」

「うん。新名さんに誘われて……」

「そうなんだ。前に体育館で話してた智愛ちゃん、かっこよかったな~。普段は物静かだけど、とってもかわいい女の子って感じなのにね」

「そうそう。本当にすごい……ヨネ」


 使いなれない言葉を駆使し、カタコトで何とか対応する。ぼくすごい。


 それにしても、やっぱり新名さんの魅力って知れ渡ってるんだな。嬉しいけど……ちょっとだけ寂しい。


「あと頭もいいしね。ほら、始業式の日にやったテスト。学年で三位だったじゃん」

「あれ、そうだっけ?」


 初耳だ。

 そういえば、自分の順位しか知らないな。

 そっか。新名さん、3位か。


「あれ、張られてたの見なかった? 相田くんも五番目くらいにいたし、二人とも頭いいんだね」

「う、うん」


 まあ、ぼくは大したことないけどね。

 ……こういうところが、卑屈て言われるんだろうな。


「ねえねえ。相田くんってさ、彼女とかいないの」

「え?」


 生まれて初めて聞かれた。

 感動、カモ……。


「だって、相田くんもちろん智愛ちゃんとも仲いいけど、すごい美人な一年生と親しげに話してるのもたまに見るしさ。ほら、ツインテールの」


 ああ、はい。暁月さんですね。たしかに、たまに廊下でも絡まれます。「おはようございま~す。今日も朝から暗いですね~」とか、「あれ、先輩一人ですか? 誰もかまってくれなくてかわいそうですね~。特別に相手してあげましょうか?」とか。

 ……あれ、馬鹿にしかされてなくね? たぶんだけど、これ仲良しちゃうぞ。


「それ、部活の後輩です」

「へー。哲学研究部って女の子多いんだね」

「そうかも」


 まあ、3人しかいないけど。


「最近、私の周りだと学園祭の花火を誰と一緒に見るかで盛り上がってるからさ。ちょっと気になって」

「あ、なるほど。うーん。特にそういう予定はないかな」

「そうなんだ。いがーい」

「ははは」


 なんだろう。モテそうって言われたみたいで嬉しい。

 でも。もし暁月さんと付き合ったら……きっと心を病むだろうな。こんな感じに。


『なあ、奏』

『ん? なんですか』

『昨日のあの男、誰?』

『いや、ただの友達ですよ』

『……なんか距離近くなかった?』

『は? 普通だと思いますけど』

『そうかな』

『てか、そういうのほんと重くて無理です。キモ……』


 うん。だめだ。恋愛対象にしてはいけない種族だ。一生癒えない傷を負うに違いない。


 そもそも、告白しても『いや、無理です。生理的に』とか言われて、それからゴミを見るような目で……。つらい、つらすぎる。『その妄想が既にキモイです』とか言わないで……。

 そうだ。やっぱり新名さんしか勝たん。間違いない。


『翼くん。お魚、好きですか?』


 キャー。めっちゃいい。かわいすぎる。


『もちろん。でも、魚よりもずっと、君が好きだよ』


 な~んて。ヒューヒュー。

 ……ぼくは何ばかなことを考えているんだ。


 気づけば、もう一人の女子が既に戻ってきており、ぼくは再び空気になっていた。

 まあぼくのような低俗な人間は、認識されないくらいがちょうどいいですよね。


「花火、か」


 去年は見ずにそのまま帰ったっけ。

 でも、もし新名さんと一緒に見られたら……。

 そんな光景を、ぼくは想像していた。


 やっぱり、ぼくは新名さんが好きだ。

 だけど、彼女に抱く劣等感も本当で。

 どう折り合いをつけていいのか、ぼくにはまだわからないけど。


 いつか、ぼくが彼女にとっての特別な人になれたら。


 こんなに幸せなことは、ないだろうな。

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