第14話.メイド服が完成しました~男の娘も悪くないよね
カフェの準備を初めて2週間。
学園祭もいよいよ近づいてきていた。
ぼくはやり場のない気持ちを抱えながらも、その感情から目を背けていた。
愛と嫉妬がぐるぐるして、頭がパンクしそうだったから。
部活ではカフェの準備を中心に行いながらも、哲学の冊子の方も学園祭をめどに一度完成させるため、原稿にも取り組んでいる。
本の紹介は、新名さんが『死に至る病』『ツァラトゥストラはかく語りき』を担当する予定だ。ぼくは『功利主義』と『道徳の系譜』、暁月さんは『ソクラテスの弁明』をまとめる。
『道徳の系譜』は新名さんが初めて読んだ作品だし、思い入れが強いのではないかと思ったが、「私は、相田さんがどんな風にこの本を読むのかが、知りたいです!」と託されたので責任重大だ。
「できました~」
暁月さんが大きな袋をもって部室に入ってきた。
「何ができたの?」
「カフェの衣装ですよ~」
ぼくの質問に対してもにっこにこで返していて、相当機嫌がいいのがわかる。
「奏ちゃん、お疲れ様です! 楽しみですね」
新名さんもかなり嬉しそうだ
「さっそく見せて頂いてもいいですか?」
「もちろんです! じゃーん」
袋から出したその衣装は、リボンがたくさんついており、フリルがやたらとふわふわしていて、良い意味で非現実感のある豪華なものだった。
「とってもかわいい! 奏ちゃんすごいです」
「ありがとうございま~す。智愛様のかわいさを120%引き出せるようにかなり気合を入れました~」
よくやった暁月さん。ありがとう。これで最可愛の新名さんを拝むことができる。
褒美に今後5煽りまではチャラにしてあげよう。
「私に似合うといいのですけど……」
「智愛様が似合わなかったら、この世で似合う人誰もいないですよ」
その通りだ。たまにはいいこと言うな。
「……ありがとうございます」
顔をほんのり赤く染めて照れている新名さん。現時点でかわいさが限界突破しているのですが。メイドさんになったらどうなってしまうのでしょう。
「じゃあ、さっそく着てみましょう! あ、先輩はさっさと出てってくださ~い。覗いたら金玉蹴っ飛ばして通報しますよ」
「は、はい」
お上品さのかけらもない言葉をかけられるが、大切なものを失いたくはないので急いで部室の外に出る。
10分ほど経ち、「もういいですよ~」という声が聞こえる。再び扉を開けると、そこにはこの世の楽園があった。
「おかえりなさいませ、ご主人様~」
「お、おかえりなさいませ……」
素敵な衣装に身を包んだ、2人のメイドさんに迎えられた。
暁月さんはさすがの着こなしだった。顔が整っているだけに、非日常的な服装でも違和感がない。コスプレが趣味というのも納得がいく。……あと、なんか色気もあります。太ももって、そこまで見せていいんでしたっけ。
そして、新名さん!
神様でも、これ以上かわいいものは創造できないだろう。
まだ恥ずかしいのか、衣装の裾をぎゅっと握り、伏し目がちにこっちを見ている。それがまたかわいいのなんの。
「どう……ですか?」
「かわいいよ! 新名さん!!!」
廊下まで響く声で叫んでしまった。感情を心に留められません。
「……ありがとうございます。ご主人様」
もう人生に悔いはないかもしれない。
幸せな時間をありがとうございました。
「ま、先輩は主人よりも家来の方が似合いますけどねぇ」
「おい!」
夢見心地な時間を、もう一人のメイドにぶち壊される。
命拾いしたな。さっきの煽り貯金がなかったらただじゃすまなかったぞ。
まあ、でもたしかにぼくは主人っていう柄じゃないし、不服だが家来の方がしっくりくる。それに新名さんはお姫様みたいだし。新名姫に仕えよっと。
「あ、そうだ。あと先輩の衣装なんですけど」
まさかメイド服……?
個人的には男でも顔がかわいいならメイドはありだ。というかむしろ推せる。男なのにこんなにかわいい服を着てしまっているという背徳感と羞恥に満ちた表情で『……ご主人様?』とか言って欲しい。
だが、自分のこととなると話は別だ。ぼくがメイド服を着ている姿なんて想像もしたくない。ごめんね、暁月さん。ぼくのために頑張ってくれたのに。
「……どうしたんですか?」
「いや、そのー。いくら家来とは言っても。メイドは……ね?」
「何訳わからないこと言ってるんですか? はい。これ」
暁月さんに手渡されたのは、赤と青の蝶ネクタイだった。
「もう布なかったんで、余ってたやつで作りました。制服の上からつけたらそれっぽくなるんで大丈夫です」
「あ、はい」
さっきのぼくの謝罪を返せ! でも、メイド服よりはましか。
ぼくは制服のネクタイを外し、さっそく手渡されたネクタイを着けてみた。
「けっこう似合うじゃないですか~」
ぼくの肩を執拗に叩いてくる。気軽に触らないでよねっ。
暁月さんはこれが生きがいとでも言わんばかりの笑顔。メイド服がかなり似合っていることもあり、ちょっとドキドキしてる。メイドカフェに沼る人の気持ちが少しわかったような気がする。衣服の効果ってすごいのね。
暁月さんの攻撃に耐えながら、横目で新名さんを見ると、珍しく難しい顔をしていた。
「新名さん、どうしたの? どこか痛いの?」
「え、大丈夫ですか! もしかして、衣装のサイズが合ってなかったとか? もう少し小さいサイズにしますか」
ぼくを捨て、新名さんに駆け寄る暁月さん。
あと、こういう時に提案するのは大きいサイズでは? いや、気持ちはわかるよ? わかるけれども。
「い、いえ。少し考え事をしていただけです。すみません」
いつもの優しい表情に戻る新名さん。
でもその瞳は、やはりどこか別の場所を見ているようだった。
「相田さんと奏ちゃん、もうすっかり仲良しですね」
「相変わらず、翼くんはあたしに厳しいですけどね~」
「いや、そっちこそ。あと『くん』って言うな。一応先輩だぞ」
「ごめんなさ~い。仲良くなりすぎて間違えちゃいました~」
唐突な名前呼び。一瞬ドキッとした。危なかった……これだから暁月さんは。
「ふふふ。学園祭までもう少しですし、がんばりましょうね」
やる気に満ち溢れた新名さんの言葉。
だが、彼女の表情は少し寂しげにも見えた。
それの意味することがわかるのは、もう少し先の話である。
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