第13話.学園祭の準備が始まります~メイドカフェ、期待!
それから一夜明け、翌日の放課後。
テスト前は静かだったこの学校も、すっかり活気を取り戻している。
「皆さん改めて、定期テストお疲れ様でした!」
部室に響き渡るは新名様の美声。
今日もとてもお奇麗であります。
「おつかれー」
「お疲れ様でした〜」
昨日は暁月さんとかなり話し込んだこともあり、テストが終わったのが遠い昔のように感じる。でも、テスト明け最初の3人の部活だ。新名さんもはりきっている。
「それで、今日は皆さんに相談がありまして。来月の学園祭、うちの部活でも何かやりませんか?」
「いいですね~。あたしも智愛様と一緒に学園祭楽しみたいです~」
学園祭か。去年はやることがなくて暇を持て余してたな。今年はみんなと、主に新名さんと何かできるなら楽しそうだ。
「学園祭では部室をそのまま使っていいそうなのですが。何かしたいことはありますか?」
「う~ん。あたしは初参加なのであんまりイメージがわかないですけど……。相田先輩、何かないんですか?」
暁月さんからパスを受ける。
したいことか。特には思いつかないけど、あったら嬉しいのはあれかな。
「去年参加して思ったのは、食べ物系の出店が多いから、ある程度食べた後はけっこう暇なんだよね。それに、どこも混んでて疲れちゃうし」
「学園祭なのにネガティブですね~。ま、先輩らしいですけど」
暁月さんは今日も平常運転だな。安心安心。
「だから、そういう人が落ち着ける空間があったらいいなあって」
「あ~、でもちょっとわかります。お祭りとかって座れる場所すらなかったりしますもんね。ほんと、体力が持ちませんよ。せめてカフェとか欲しいです」
珍しく同意される。たしかに暁月さんはあまり体力なさそうだ。いつも寝てるし。
「なるほど……。それならブックカフェとか、どうですか?」
新名さんの提案に、あの休日の出来事が蘇る。
左腕の温もり、今も鮮明に記憶している。耳が熱いです。
「ブックカフェって、この間行ったとこだよね?」
暁月さんが一瞬ぼくの方をみてニヤッとした……気がする。いや、ぼくの思い込みか? だめだ、正常な思考が失われている。とりあえず落ち着こう。
「そうですね。本を読みながらゆったりすごせる場所を作れないかなと」
「おお。それ、めちゃいいですね。本を枕にすると気持ちよく寝れますし~」
はい言質取れましたー。やっぱり暁月さんは寝るのが目的でしたー。
まあ、人のこと言えた口でもないけど。ぼくも、クラシック音楽は良質な睡眠に導くのが目的だと信じているし。昔、親にクラシックコンサートに連れられたことあるけど、気がついたら夢の中だったな。あれを寝ずに楽しめる人すごい。
「じゃあ、あたしカフェの制服作りたいです!」
「奏ちゃん、衣装作れるんですか?」
「そうなんで~す。あたし、実はコスプレが趣味で、たまに自分でも作っているんですよ~」
「え! すごいです!」
そんな趣味を持っていたのか。
たしかに暁月さんは美人だし、スタイルもいいし、お胸も大きいし、なんでも似合いそう。
「でも、大変ではないですか? できることがあれば、私も手伝いますよ」
「いえ、大丈夫です! あたしに任せてください。智愛様のかわいい衣装が見られると思えば、少しも大変ではありませんから!」
それはぼくも同意だ。服なんて作ったことないけど。
これも、彼女なりの新名さんへのお返しなのかな。
「どんな制服にするかは決めてるの?」
「そうですね~。細かいことはこれからですけど、メイドさんみたいなかわいい服を作りたいです~。フリルとかもいっぱいつけて」
それはブックカフェというより……メイドカフェでは?
メイド姿の新名さんが注文を取る様子が目に浮かぶ。うん、かわいすぎて落ち着くわけがない。
「奏ちゃん、楽しみですね!」
「はい! 智愛様にふさわしい、めっちゃかわいい衣装作りま~す。」
まあ、二人とも楽しそうだしいいか。黙ってメイド新名さんを期待しておこう。
※※※
この日は、カフェに必要な道具や、今後のスケジュールを整理したところで、部活を終えた。
暁月さんは図書室で勉強してから帰るらしい。テストが終わったばかりなのに、すごいやる気だ。そこに関しては心の底から応援している。そこに関しては。
そんなわけで、新名さんと二人での帰り道である。
ぼくの脳内では『智愛様のこと意識してますよね?』という言葉が繰り返され、そのせいで、新名さんが隣にいるという状況だけでかなり緊張してしまっていた。
部活作ってからほぼ毎日会ってるのにな。
「昨日は奏ちゃんと何を話していたんですか」
ぼくの心を動揺を見通したかのように問われる。
というか、新名さんも暁月さんも、ぼくの考えていることをピンポイントで突いてくることが多い気がする。もしかして二人共エスパーなのか……?
まあ冗談はさておき。
「新名さんの事を恋愛的に意識しているんだ!」というわけにはいかないし、かといって暁月さんの双子の弟のことをペラペラ話すのもよくないし。
「え、えっと。テストの感想とか、そんな話……」
「それだけですか?」
「う、うん」
「そうですか……」
あまり納得していない表情。ごめんなさい、新名さん。これ以上は。
「そういえば、新名さんはテストどうだったの?」
話を逸らすため、ぼくが別の話題を振ると、新名さんの頬が緩み、声を弾ませた。
「今回初めて、苦手な数学で90点を超えたんです! 奏ちゃんのおかげで、私もいつも以上にがんばれました」
哲学と魚以外で、こんなに活き活きと話す新名さんは珍しい。
よほど嬉しかったんだろうな。
だけど。
そんな彼女を。素直に祝福できない自分がいた。
彼女の笑顔が与えてくれる幸せな気持ちを、黒い感情が呑み込む。
ぼくの慢性的な病。劣等感だ。
ぼくの数学は86点だった。
今回は平均点も低かったため、この結果にぼくは十分満足していた。
でも、新名さんはそれを超えていた。それも、彼女の苦手な分野で。
彼女と比べる必要なんてない。二人とも頑張った。それでいいじゃないか。頭ではわかっていても、どうしてもつらい。
「す、すごいね! さすが新名さん」
うまく笑えていないかもしれない
顔が引きつっているかもしれない。
そんな自分が……嫌だ。
「ありがとうございます。でも、最後の問題はすごく難しくて、いろいろとやり方を試したんですけど、まったく歯が立ちませんでした。もっと勉強しないといけませんね」
ぼくは最後の問題は考えてさえいない。毎回難問が出ているし、どうせ解けないなら最初飛ばした方が時間に余裕ができるからだ。
でも、新名さんはそんな打算的な考えを抱いていない。学んで知識が増えることが純粋に楽しいんだ。目先の結果じゃなくて、その先を見据えている。彼女の動機に、他者との比較はない。根本から、ぼくと彼女は違っているんだ。
彼女の知性、行動力、優しさ。それらすべてにぼくは惹かれてきた。彼女といる時間はどうしようもなく楽しくて、もっと一緒にいたいと願ってしまう。
けど一方で、彼女が持つものは、全部ぼくにないものだ。この先も、彼女との差が広がっていくのだと思うと。ぼくは、その劣等感に潰されそうになる。
ぼくはこれを乗り越え、彼女の幸せを、心から喜ぶことができるのだろうか。
「相田さん、大丈夫ですか?」
「う、うん。えっと、勉強も学園祭もがんばろうね!」
「はい! 頑張りましょう!」
そんな新名さんの笑顔がぼくにはまぶしくて、そして重たかった。
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