第10話.デート回、後編です!~哲学の話はしないよ♡

 新名さんが、行きたい場所。それはゲームセンターだった。


 学生から家族連れまで、多くの人で賑わっている。さっきまでの落ち着いたカフェとは対照的だ。新名さん、こういう所も好きなのか。


 周りにはカップルと見受けられる人たちが多く、周りからはぼくたちもそんな風に見えるのかな、と余計なことまで考えてしまう。「そんなわけないじゃないですか~。身の程を弁えてくださいよ~」と宣うイマジナリー暁月さんを三たび退ける。なんか段々辛辣になっていないか? とりあえず落ち着こう。


「見てください、あれ。かわいい……」


 新名さんが指した先にはクレーン台。中にはゴマフアザラシのぬいぐるみが入っている。目がきゅるんとしていて、たしかにかわいらしい。「いや、新名さんの方がかわいいよ!」←これ、ぼくの言ってみたいセリフ第二位です。まあ、ぼくが言ったところでドン引きされるだけなので言わないけどね。


「そういえば、新名さんの部屋にもぬいぐるみたくさんあったよね」


 イルカとかペンギンがきれいに並べられていたのを思い出す。夜は一緒に寝たりしているのかな。うらやましい。……いや心の声はセーフですよね? 引かないでー。


「はい。小さい頃、水族館に連れて行ってもらった時に、売店でよく買ってもらっていたんです。最近はあまり行けていないですけど……」

「そうなんだ。水族館かあ。ぼくも久しく行ってないな」

「今度、一緒に行きますか?」

「行こう!」


 思いがけず、次のデートの約束ができた。やった。

 新名さんは、クレーン台の方をじっと見ている。やるかやらないか、かなり悩んでいるようだ。


「じゃあ、ぼくやってみようかな」

「相田さんが?」

「うん」


 こういうの、あんまりやったことないけど。今日はなんだかいける気がする。

 それに、こいつを新名さんの部屋に並べたい!

 ぼくは百円玉を五枚投入した。クレジットが六回表示される。


「これは、六回挑戦できるということですか?」

「うん。うまく取れたらいいけど」

 レバーを動かし、ぬいぐるみの上に来たところでボタンを押す。アームが降り、ゴマフアザラシをがっちりと掴んだ。


「持ちあがりそうです!」

「うーん。どうかな」


 掴まれたゴマフアザラシは、途中までは順調に上昇した。だが、段々と掴む力が弱くなり、横に移動する前に無情にも落下してしまった。


「ああ。惜しかったですね」

「次こそ!」


 しかし、その後もぬいぐるみは持ち上がりこそするものの、上に到達する直前にアームが緩んで落ちてしまう。取れそうで取れない設定が憎たらしい。あっという間に、クレジットはあと一回になってしまった。


「やっぱり難しいですね。惜しいところまでは行くんですけど」


 ぬいぐるみが落ちる度、新名さんは小さく声を上げていて、かなり夢中になっている。彼女がこんなに楽しんでくれているだけで元は取れているが、どうせならぬいぐるみも欲しい。がんばろう。


「最後、やってみるね」


 これまでと同じく、アームはぬいぐるみを持ち上げるが、やはり途中で緩み落としてしまう。ああ、やっぱりだめか。ごめんな、アザラシ。何度も上から叩きつけて。


 だが次の瞬間、予想外のことが起こった。

 なんと、ぬいぐるみがバウンドし、そのまま獲得口に入ったのだ。


「おお! やったあ!!!」

「やりましたね!」


 これがビギナーズラックか。めっちゃ嬉しい。こうやって、人はクレーンゲームに沼るんだろうな。


「じゃあ、これは新名さんにあげるね」

「いいんですか!」

「うん」


 新名さんの喜ぶ顔を見るためにやったわけですしね。

 じゃあな、アザラシ。六回も落として悪かったな、元気に暮らせよ。


「ありがとうございます。ではお金だけでも」

「いいよいいよ。遊んだのはぼくだし。遊技代ってことで」

「そうですか……、わかりました。ありがとうございます。大切にします!」


 ゴマフアザラシを抱え、上目遣いでお礼を言う新名さん。とても愛おしい。「これをぼくだと思ってかわいがってね」という言葉は心の中にしまっておこう。


「では、一緒にあれをやりませんか? 次は私が払います」


 新名さんが指したのはリア充の住処、プリクラ機だった。


 いやいやいやいや。さすがに男女二人でそれを撮るのは……それはもう、カップルだよね? いや、違うのか? 今どきこれくらい普通なのか? ぼくがおじさんなだけなのか? 教えて、暁月さーん。と、助けを呼ぶが寝ているのか反応がない。睡眠は大事だもんね。


「わ、わかった」


 とはいえ、よく考えてみれば断る理由はない。むしろ、こんなチャンスは二度とないかもしれない。出てきたシールは家宝にしよう。


 新名さんがお金を投入すると、機械がしゃべりだした。盛れ方がどうこうとか言っている。でも残念。新名さんのお顔は完璧なので、これ以上美しくする余地などありません。これぞ、AIに対する人類の勝利だ。


「相田さん、入りましょ」


 きがつけば『ピロンピロン♪』と音が鳴り、はよ入れと機械に急かされていた。

 仕方がない。新名さんの魅力をどこまで捉えられるか。お手並み拝見といこう。

 新名さんは音楽に合わせてフンフンと鼻歌を口ずさんでおり、かなり機嫌がいいようだ。


 ブースに入り、ボタンを押すと、さっそく機械にポーズを指定された。


『指ハート♪』


 噂には聞いたことがある。JKは親指と人差し指の先端を重ね合わせて、ハートを作るらしい。ふむふむ……。これ、言うほどハートか?

 3,2,1のカウントダウンの後、パシャリと音がした。


『小顔ポーズ♪」


 休む間もなく次のポーズが指定される。

 これも聞いたことがあるぞ。顎に手を当てることで、遠近法により小顔に見せるという技術だ。たしかに、画面に映る新名さんの顔は、ただでさえ小さいのにさらに小さくなり、照れた表情も相まってかわいいを超越せし神に似た何かとなっている。

 だが残念なことに、画面に映るぼくの顔は痛すぎて直視できない。あ、これ新名さんだけでいいやつだ。


『ほっぺツンツン♪』


 ほっぺツンツンは……ツンツンやな。

 新名さんの頬がむにーっとへこむ。なにこのかわいい生き物。

 ……ぼくの頬もけっこう柔らかいな。世界で一番どうでも良い知識。


 それにしても。 

 仕切られた狭い空間に新名さんと二人きり。ドキドキする。

 少し動くだけで身体が当たりそうなこの距離感。でも触れてはいけなくて。その背徳感が心地良い。


『仲良しの、ハグ~♪』


 ぼくの心境を見透かしたような指示。これが人類に対するAIの勝利……。

 って、そうじゃなくて。いやいやいや、さすがにそれは……だめだろ。付き合ってるわけじゃないし。そんな恐れ多いことできるわけがない。まあ、ポーズは何でもいいか。とりあえずピースでも――


 不意に、ぼくは左腕に温もりを感じた。身体が寄せられていくのを感じる。顔が近い。直視できない。あ、なんかいい匂いがする……。


「撮影終了♪」


 ぼくの記憶は、そこで途絶えている。

 

※※※


気がつけば、ぼくは待ち合わせの駅の前にいた。

日は沈みかけていて、やや薄暗い。どうやら、電車に乗って帰ってきたらしい。


「今日は、すごく楽しかったです。ありがとうございました」

「う、うん。ありがとう」


 最高に楽しかったな。本屋もカフェもクレーンゲームもプリクラも。……最後のは記憶がないけど。


「よかったです。もしかして無理させてしまったのではないかと心配で……」

「ご、ごめん。楽しすぎて頭が真っ白になったというかなんと言うか。ごめん!」


 ドキドキがキャパオーバーして失神してしまったのよ。てか、何だったのあれ。腕ぎゅってするやつ。そんなことされたら……好きになっちゃうじゃない。


「謝らないでください! 私、休日に誰かと遊びに行った経験があまりなくて、だから楽しすぎてついはしゃぎすぎてしまいました……。でも、相田さんとたくさんの想い出を作れて、本当に嬉しかった。一生の宝物にしますね」


 新名さんの笑顔は、夕日の光も相まって、いつもよりも輝いて見えた。


「ぼくも新名さんと素敵な想い出を共有できて嬉しいよ」

「また、行きましょうね」

「うん!」


 そんな想い出たちを胸に、ぼくたちのとある休日は終わったのだった。 

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