ストリートビュー

権俵権助(ごんだわら ごんすけ)

ストリートビュー

 こないだ友だちと飲んでた時に、ストリートビューで昔住んでたとこ見に行くと結構おもしろいよって話を聞いた。それで、今の賃貸マンションに引っ越してからそろそろ十年になるけど、そういえば学生時代に借りてた寮のあたり、今はどうなってるんだろうってちょっと気になって。家に帰ってベッドに仰向けに寝転びながらスマホで検索してみた。そしたら、最寄り駅の周りなんかもう全然変わってて。俺が住んでた頃なんて辺り一面田んぼしかなかったのに、知らないうちにでっかいショッピングモールができてて、ビルなんかもたくさん建ってて。で、なんか懐かしくなっちゃって、このまま寮まで歩いてみようって。画面をスワイプしながら、ああ、この店まだあるんだとか、こんなとこに歩道橋できたんだなんてやってると、道の端に変なものが映ってた。黄色い長袖シャツを着た男が立ってるんだけど、首から上がない。まあ、ストリートビューって360度カメラを取り付けた車が走りながら撮影してるから、タイミングによってはそういう写真になることはよくある。手が三本になったり、犬の体が伸びたり。ただ、そいつはスワイプした次の画像でも首がなかった。珍しい。二枚続けては初めて見た。こうなると、どんな顔してるんだろうって気になってまたスワイプする。すると、また首がない。それと気になることがもうひとつ。立ち止まってる。ストリートビューって車が走りながら撮影してるんだから、映り続けようとするなら、そいつも同じ方向に歩いてないとおかしい。なのに直立不動で立っている。またスワイプする。気のせいか、少しカメラに近付いてる気がした。スワイプする。また近付いた。スワイプする。こっちを向いた。顔は無い。けど、体は真っ直ぐこっちを向いている。スワイプする。いない。突然、消えた。ぐるりと周囲を見回す。いない。空、地面。いない。どこにもいない。……いや、見つけた。家と家の隙間、狭い路地の入口から黄色い長袖がわずかに覗いていた。路地に向かう矢印をスワイプすると、カメラが吸い込まれ、路地の奥へ向かって立つ首なしの背中を捉えた。スワイプして後を追うと、背中までの距離はそのままに背景だけが先に進んだ。スワイプする。進む。スワイプする。進む。路地、こんなに長かったっけ。そもそもこんな狭いところに車が入れるのだろうか。おかしいと気付いた時、ちょうど路地を抜けた。三階建ての建物の正面だった。あちこちひびの入ったコンクリート。汚れた灰色の壁。昔はあんなに白かったのに。学生時代に住んでいた寮だった。黄色い服の首なしは、両手をだらりと下げてこちらを向いていた。寮の玄関前の歩道。右の方角へスワイプする。残像とともに寮が左へ流れて遠ざかっていく。首なしは寮の前から動かず、体だけをこちらへ向けていた。今度は左の方角へスワイプする。寮が右へ流れていく。首なしは動かず、こちらを向いていた。そこが目的地だとでも言いたげだ。理由がわからない。身に覚えがない。だったらどうすればいいんだ。背筋が寒い。離れよう。現在地へ戻るボタンをタップすると、画面が一気に空へと上昇し、一瞬日本地図を移したあと、今の住所へと急降下した。カメラはこのマンションの正面を映し出した。二階の俺の部屋の前に何かが見えた瞬間、スマホを投げ捨てた。なんなんだ。馬鹿らしい。だいたい、ストリートビューの写真なんて何年前のものだと思ってるんだ。左の足首を何かが掴んだ。気のせいだ。そんなはずはない。足元に目を向ける。誰もいない。足の向こう、クローゼットがわずかに開いていた。そこには就職活動以来使っていない紺色のスーツが入っている。この数年、開けた記憶はない。クローゼットの奥に闇が続いていた。目が慣れ始めた。ストリートビューの撮影は何年前だ。知るはずがない。闇の向こうがかすかに揺れた。じゃあ、だ。知るはずがない。目が慣れた。あるはずのない色が見えた。


 …………………………。


 ……え、その後どうしたかって? 何言ってんだよ。そこから先を知りたくないから今お前に話してんだろ。な、だからお前も昔住んでたとこストリートビューで見てみろよ。おもしろいもんが映ってるかもしれないぜ。

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ストリートビュー 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

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