第45話 チート娘の負けられない戦い~開戦・前哨


 はい。そんなこんなで、王様の腰巾着やってるちっさいおっさんに見出され、私1人でやって来ました、王様の私室。


 いやあ、展開が早過ぎて慌てふためく暇もなかったわぁ。

 うんうん、広くて豪華で王様らしい部屋だね。なんでか人払いまでされてるし。

 あああ、クッソ帰りてぇえええッ!!


 なぁにが、「国王陛下が、精霊に愛されし奇跡の民と、是非とも話がしてみたいと仰せになられている」だ! 

 見え透いた嘘ぶっこいでんじゃねえよ! クソが!

 オイコラおっさん、お前その場の思い付きで言いやがったろ!


 話をするだけなら、私1人呼び出さなくてもいいよな!

 それに、話し相手を女に限定する必要も全くないよな!

 どう考えてもアレでアレな事する為の呼び出しだよな!

 どこまで腐り切ってんだ、この国の新しい王様はよぉ!


 ていうか、友人知人の顔面偏差値がバカ高いせいですっかり忘れてたけど、今世は私も結構顔がいいんだった!

 おまけにシエラ達と比べて背も割と高い方だし、髪の毛は真っ赤だし、目立たない方がどうかしてるよな!

 そら端っこの方でおまけの子みたいに佇んでても目に付くわな!

 はーヤダヤダ! マジで最悪だ! こん畜生!


 ああキモい、ほんとキモい。

 部屋に通されてすぐ、目に付く所にデカいベッドがあるのもキショいし、わざわざ私室に呼び出した話相手待たせて、部屋の主が隣のバスルームでシャワー浴びてるっぽいってのも激烈にキショい。

 壁際に近付くと、雨音にも似た微かな流水音が聞こえてきてサブイボ出そう。

 いや、間違いなく出てる。だって今すげぇ寒いもん。


 あ、それともこれはあれかな?

 寝首を掻いてもいいですよ、的な話かな?

 ウエルカム&ゴートゥヘヴン? みたいな?

 言外にGOサイン出ちゃってる感じなのかな?

 ここはお言葉に甘えてノッちゃうべき?


 いやいや、落ち着け。冷静になれ。殺っちゃうのは流石にまずい。

 多分うっすらサブイボ出てるであろう腕を、袖の上から何度かさすりつつ、その辺のソファに腰かける。

 そうだ、まずは落ち着こう。

 昔からよく言うじゃないか、慌てる乞食はもらいが少ないと!


 ……いや違う。そうじゃない。

 ダメだ、これはよくない傾向だ。

 どうやら私はこの状況に、自分で思ってる以上に動揺して、ビビッてるらしい。


 全く、ここまで動揺したのは高2の夏、学校の先輩の命令で、他校へのカチコミに連れてかれた時以来だ。

 しかし、いい加減ここいらで平静さを取り戻さないと、本当に取り返しがつかない事になる。


 私はソファに座ったまま何度か深呼吸を繰り返す。

 大丈夫、敵は私が丸腰だと思い込んで油断している。

 つまりは、まだ勝機は十二分にあるという事。

 それすなわち――今私が最優先でやるべき事は、このアドバンテージを最大限に生かし、先んじて動いて敵を無力化する事だ!


 国王の私室に放り込まれてから、おおよそ数分。

 ようやく頭のエンジンがかかってきた私は、景気づけに右手で膝をパシンと叩き、勢いよく立ち上がった。

 そうと決まればまず、強欲のスキルであれを出すか。

 あれって何かって?


 散布型のクロロホルムです。

 形状のイメージは、バ○サンの中身をそっくりそのままクロロホルムとすげ替えた感じ。


 ぶっちゃけクロロホルムって人体に有害なんだけど、分量は加減してあるから平気だろ。乙女のピンチ(私の事ですが何か?)なので、とりま死ななきゃオールオッケーという事にしておく。


 そういう訳なので、バスルームにこっそり近づいて……静かーに、そーっとドアを開けて、取り出しましたこいつを、隅っこの方にセットオン、と。

 栓を開けて中身が噴出するようにすると、微かに空気が抜けるような、プシュー、という音が聞こえ始めた。


 次いで、その辺が噴き出したクロロホルムで白っぽく煙ってくるけど、元々バスルームはシャワーの湯気で煙ってるし、漏れ出る音も、シャワーが流れ落ちる音で掻き消されて、問題の部屋の主には聞こえないだろう。

 さて、後はバスルームにクロロホルムが充満して、国王という名のエロガッパが昏倒するのを待つだけだ。


 バスルームの出入り口のすぐ側で、息を殺してその時を静かにじっと待っていると、目の前になにやら、小さな光の玉がふよふよ飛んで来る。

 あ、これって――もしかして精霊かな?


『こんにちは~。おねーさん、こんな所でなにやってんのお?』


 少しばかり、舌っ足らずな感じで話しかけてくる光の玉。

 やっぱり精霊だったよ。

 それも、生まれてから10年と経ってないであろう、下位の精霊だ。

 なんでこんな所にいるんだろ。

 イマイチよく分からんけど、ひとまず、話しかけてくる精霊に小声で答えてみるとしよう。


(私? わたしはねえ、お呼ばれしたくない場所に無理矢理連れて来られちゃって、困った事になったから、ひとまず元凶の排除に取り掛かってる所。あなたはなんでここにいるの?)


『わたしぃ? わたしはねえ、モーリン様に言われて、ここの王様がもらった木に宿ってるんだ~。でもぉ、ここはわたし以外の精霊が全然いなくて、すっごいヒマなんだよねえ~』


(えっ? ……あ、あーあー、あん時の! クソ王に持たせた、雑木に宿ってくれてた子ね!)


『そーそー、それ~。でもその事知ってるって事は、おねーさんはモーリン様の巫女なの?』


(うん、実はそうなの。ごめんね、こっちの都合でこんな所に長居させて。

 ていうか、当のモーリンはなんて言ってあなたをあの木に宿らせたの? クソ王はもう死んでるはずだし、帰って来たければ帰って来ていいんだよ?)


『え~、そうだったの? じゃあ帰る~。暇だしぃ。あ、でもでも、その前に、素敵なもの見つけた話、聞く?』


(素敵なもの?)


『そう、すっごい素敵なもの~。ここの人間ってばみんなわたしが見えないし、精霊に近しいものなんてなあんにもなくって、ホントつまんない場所なんだけど~、あれだけは別なの~。ね? 見たい? 見たいでしょ?』


(え? ええっと……)


『見たいよね~! じゃあハイ決まり~! そこまで案内してあげる! わたしとお話しできる人なんて久々で、すっごく嬉しいし!』


 どうやらこの小さな光の玉の精霊、もうとにかく娯楽と会話相手に飢えていたようで、私は有無を言わさず、その『素敵なもの』とやらを見にいく事になってしまった。

 多分、というか、間違いなくお断りしても聞いてくれない。


 こういう自我が芽生えて間もない精霊ってのは、自分本位のゴーイングマイウェイな子ばっかりで、自分以外の誰かの都合を考えるとか、そういう事ができないんだよね。

 ああもう、今度は別の意味で面倒な事になっちまったよ……。



 さて、どうしたもんかな。

 エロガッパの私室に放り込まれる、という厄介事に巻き込まれた挙句、小さな精霊の、勝手気ままな振る舞いにまで巻き込まれる事が確定してしまった、この状況下。


 やむなく私は、今にも私を『素敵なもの』がある場所に連れて行こうとする精霊をなだめ、「せめて、ここでシャワー浴びてる奴がおねんねするのを待って欲しい」とお願いし、そのままシャワールームの前に張り付き続けていた。


 というか、シャワールームが広いせいか、なかなかエロガッパが気絶しない。

 うーん、やばいな。それでなくても、男の風呂は女と比べて短めな傾向にある。

 このままでは、奴がシャワーを終えて出てきてしまいかねない。

 そんな事になったら計画が破綻してしまう。


 ちっ。しょうがねえ。もう1個、散布型クロロホルムを設置しよう。

 私は小さく舌打ちし、追加のバ○サン型のクロロホルムをシャワールームにセットした。追加分に比例して、空間内のクロロホルムの濃度も上がっちゃうけど、もういいや。

 状況的に見ても、この程度じゃ死なんだろ。


 つーか、配下を使って見ず知らずの女をプライベートルームに連れ込んだ挙句、無理矢理手を付ける気満々でウキウキ身体を洗ってる、クズ丸出しのヤリチン野郎がどうなろうと知った事か。


 むしろ、いっそ身体のどっかに多少障害が残った方が、世の為人の為かも知れない。

 私は野郎が気絶するのを改めて待つ間、精霊からもう少し詳しい話を聞いてみる事にした。


(ねえ、あなたの言う『素敵なもの』ってなに? それって一体どこにあるの?)


『え~、素敵なもの~? しょうがないなあ、教えてあげる。……うふふ、素敵なものっていうのはねえ、精霊の花なの~。しかも、いっぱいあったのよ? 珍しいでしょ? 今の王様が集めさせてるみたい』


(え……!? 精霊の花……!? ……ねえ、それ本当?)


『うん。ホントホント! そんでね、精霊の花があるのはねえ、この部屋から出て~、廊下をずーっと進んで、階段を下りてぇ……』


(えっ? この部屋から出るんだ? だとすると……ちょっと対策が必要ね。追い回されないように変装したりとか……)


 私は顎に手をやり思案する。

 精霊の花というのは、大きな森林や山の奥深くなど、人があまり足を踏み入れず、かつ、下位の精霊が多く住まう場所に自然発生する、七色に輝く水晶に似た結晶石の事だ。


 私も、後学の為という名目で、一度だけモーリンに見せてもらった事がある。

 結晶化の過程によるものなのか、その多くがヒメユリに似た形状をしている為、精霊の『花』と呼ばれているその結晶石は、本当に綺麗だった。


 一昔前まで、精霊の花はその見た目の美しさから、様々な宝飾品にも使われていたらしいのだが、今は諸事情あって、採取も所持も厳しく禁じられている。持ってるだけで重犯罪認定されます。


 平民だったら1発アウトで首ちょんぱ。貴族でも10年単位でブタ箱にぶち込まれるか、最悪爵位を剥奪される。

 それすなわち、精霊の花は王族でも絶対に手を出してはいけない、超ヤバい禁制品だという事。


 話が長くなるから、なんで所持が禁止されたのかって説明は後回しにするけど、こいつはいい事訊いちゃったわ。


 んー、そうだなあ。ここは作戦変更といくかな。

 城の警備兵とかに追い回されないように、変装してこっそり動くつもりだったけどヤメだ。

 ここはむしろ大人数の兵士に、盛大に追い回して頂けるようにしよう。その為に使えそうなアイテムも、普通に『強欲』さんで出せるし、特に問題はない。


 そう決めた所で、バスルームの中から聞こえていたシャワー音が途切れた。それから数秒経過したのち、ドサリと何か重いものが床に落ちるような音が聞こえてくる。

 はあやれやれ、ようやくクロロホルムが効いたか。


 ったく、ヤリチンクズの分際で手間取らせやがって。

 ていうか、先にシャワーの音が聞こえなくなったから、すわ失敗かと思ってヒヤヒヤしたじゃねーか。気絶するならするでとっととその場にぶっ倒れておけっての。


 さて。それじゃあそろそろ、気を取り直して行きましょうかね。

 1対大多数でのリアル鬼ごっこ開幕だ。

 いや、今時のTV番組を意識するなら、逃走中って言うべき?

 ま、どっちでもいいか。


 なんにしても、目的地が現在位置とかけ離れた場所にある以上、まずは部屋の外に出ないと何も始まらない。

 だが、部屋から出た途端とっ捕まったんじゃ話にならないんで、ここはひとまず、見張りがいるのかどうかの確認を含め、魔力探知を併用して室外の様子を探る。


 ……。ふむ。誰もいないな。

 つか、曲がりなりにも王様の部屋なのに、扉の前に警備ついてないんだ。

 普通なら、主の意向で人払いしたとしても、室外には有事に備えて、兵士か騎士が待機してるもんなんじゃないの?


 確か、私がまだ公爵令嬢だった時分、王太子妃教育受けてますって建前を維持する為に、王城にチョイチョイ顔出してた頃は、王家の人間が滞在してる部屋の前には必ず、2人くらい護衛が立ってた、と記憶してるんだけど……。


 もしかして、兵士や騎士がそういう仕事を嫌がって職務放棄して、挙句周囲もそれを黙認するほど、今の王様は人望がないって事なんだろうか。

 だとしたら、現状この城では、綱紀もへったくれもない環境が常態化してるって事になるな。

 国家の中枢グダグダかよ。


(……ひょっとしたらこの国は、2代前の国王が即位した時から、問題抱えた船頭据えて、泥船よろしく沈んで消える運命だったのかも知れない……)


 内心でそんな事を思いながら、私はスキルで出したブツを装着すべく、その場で静かにしゃがみ込む。


 先々代は自分の事しか考えてない能無しで、先代は血も涙も良心もないサイコパス。んで、当代は倫理観ゼロのヤリチン野郎。

 どう考えてももうダメだろ、この国。

 典型的なオワコン国家だよ。


 いち平民にしか過ぎない私が、何をどう考えた所で詮ない事だが、先行き不安だよなあ……。

 私は小さくため息をつきつつ立ち上がり、室外へ繋がるドアノブに手をかける。

 いや。今は何も考えずに行こう。


 何が何でも目の前の問題を解決しなければ、この国の先行きに思いを馳せるどころか、自分の身さえ危ぶまれる状況なのだから。

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