第46話 チート娘の負けられない戦い~疾駆・そして完勝
私は、ドアのすぐ側に取り立てて人の気配がない事を改めて確認し、一気にドアを開けて廊下へ飛び出した。上手くいきますように!
『こっちこっち! 精霊の花はこっちだよ!』
「はいはい、ちゃんとついてくから案内よろしく!」
はしゃいだ声を上げながら宙を飛ぶ光の玉に、適当な相槌を打って走り出してすぐ、近くを通りかかった兵士数名に見咎められた。
でも、想定内の事だから、別に構わない。
「――あっ!? こら! 有事でもないのに廊下を走るな!」
「いや待て! 貴様、城勤めの人間ではないな!?」
「なんだと!? どこから入った!?」
やいのやいのと騒ぐ声を背中に聞きながら、私はあまり厚みのないワインレッドの絨毯の上を、文字通り滑走する。
どうやって滑走しているのかって?
そりゃあ勿論、強欲さんで出したローラーブレードを履いて、だ。
ヒュー! 久々に履いたけど、なかなかに爽快!
どうせなら室内じゃなくて、外を思い切り滑りたいもんだよ。
今そんな事言ったってしゃーないけど。
「待てぇっ! 待たんか貴様!」
「何をやっている! 早く取り押さえろ!」
「おい! 侵入者だ! 手を貸してくれ!」
ちら、と肩越しに背後を見てみれば、追いかけて来る兵士の数が地味に増えていた。
そりゃそうか。侵入者を見付けて追いかけて、でもなかなかとっ捕まえられないとなれば、普通に応援呼ぶよね。
こっちとしては、数が増えてくれた方が好都合だけど。
絨毯の上だからか、普通の道を滑走する時より速度がやや落ちているが、ここの絨毯は室内に敷かれたものよりずっと毛足が短いから、ローラーに毛が絡む事もないし、低下した滑走速度は、床を蹴り出す脚力で幾らでもカバーできる。
ついでに言うなら、私を追いかけてきてる連中も、鎧兜を身に付けてるせいか、走る速度は平均よりも遅めな模様。
そもそも並の人間の足の速さじゃ、ローラーブレード履いてる人間とっ捕まえるのは無理ってものだが。
私を捕まえたけりゃウサ○ン・ボ○トでも呼んで来い。
廊下を滑って進んでいると、すぐ目の前で私を先導してくれてる小さな光の玉が高度を下げ、スッと視界から消えた。
律儀な事に、私に合わせて階段に沿うように飛んでくれているようだ。
でも、ローラーブレード履いてる私は階段下りられないんだよねえ。どうやって下りっかな。
足とローラーブレードを魔力で保護し、階段を無視して1階まで飛び下りるか。
それとも、脇に設置されている手すりを滑って下りながら階下を目指すか。
簡単なのは飛び下りる方だけど――
ちょっとばかり思案していた間に、階段が眼前に迫る。
うんよし。ここはより安牌な方を選ぶか。
てな訳で、階段の一歩手前で方向転換。
私は思い切り床を蹴り、大きく跳躍して空中に身を躍らせた。
ひょえー! 自分でやっといてなんだけど、3階からの紐なしバンジーってこんな感じなんだ!
身体強化しとけばちゃんと着地できるって分かってても、結構怖いなこれ!
いや、落ち着け。冷静に着地の為の準備をするんだ、私。
私は自分を落ち着かせる為、空中で何度か深呼吸するが、滞空時の無防備になる瞬間を狙う奴が出て来た。
多分、とっさの判断だったんだろうが、手に持ったショートソードを、こちら目がけて投げ付けてきた奴がいたのだ。
しかも、反射的にそいつの行動を真似して、手にした剣やら槍やらを何人もの兵士が投擲してくる。
ちょっ……! うおおおい! 殺す気か!
私は舌打ちしながら一層手足へ魔力を込め、最初に肉薄してきたショートソードを裏拳で弾き飛ばしたのち、空中で強引に身体を捻って槍を避けた。
しかし、着地の為の態勢が大きく崩れる。
ヤバい。ローラーブレードを履いてる状態じゃ、空中で崩れた態勢を立て直して着地するのはまず無理だ。足元が不安定過ぎる。
ついでに言うなら、受け身を取って転がるってのも、今はちょっと無理。
手足に思い切り魔力を集中させてる今の状態からじゃ、他の箇所への魔力強化が追い付かない。
という訳で、階下で着地に失敗してすっ転び、腕や肩を痛めるような事態を避けるべく、両手で着地を行いつつ、追撃の形で上から投げ下ろされたロングソードを、倒立したまま放った回し蹴りで叩き落とし、へし折った。
そこから勢いでバク宙して両足で着地し、何度か床をゴロゴロ転がって、追加で降り注いできた剣と槍を完全回避。
ここまで移動すれば、上の階から何を投げ付けたとて、私の所にゃ届くまい。
ホッと安堵の息を吐きつつ、追っ手を撒かないよう数秒その場に留まってから、案内役の精霊の後に続いて滑走を再開する。
はー、あっぶねー! 死ぬかと思った!
心臓めっちゃバクバクしてるんですけど!
ローラーブレードで滑りながら、思わず心臓の上に手を当てて大きく息を吐く。
でも、思ってたより身体がきちんと動いてよかった。
私って、自分で思ってた以上にやればできる子なんだな。
正直、自分でもちょっとびっくりしてる。
『あはははっ、さっきの凄かったねえ! ひゅーんって来たのをバシッて飛ばして、くるんって回ってバキッだもん! かっこよかったぁ~!』
一方小さな精霊は、今にも手を叩かんばかりに大はしゃぎの大喜び。
喜んでもらえて嬉しいけど、表現にオノマトペが多いね、君。
なんか、話聞いてるだけで脱力しそうになるんですが。
「ねえ、精霊の花がある場所ってまだなの?」
『もう少しだよ! ホラ、目の前に壁があるでしょ? あそこを通り抜けた先の部屋に、い~っぱい置いてあるの!』
「はい!? 目の前の壁を抜けた先!? ドアとかないけど!?」
『うん、ないよ~。だって王様、隠し部屋だって言ってたし』
「隠し部屋ぁ!? じゃ、じゃあ入り口は!?」
『ん~、わたしいつも、壁すり抜けて入ってたから、分かんなぁい』
「分かんないのかよ!」
この期に及んで呑気な事をのたまう精霊に、私は思わず頭を抱える。辿り着いたのは行き止まりで、どこをどう観察しても隠し通路もなにも見付からない。
あああ、背後から何十人単位にまで膨れ上がった追っ手の皆さんの姿がぁ!
「ああもう! こうなったらしょうがない! この壁ブチ破ってやるッ!」
私は泣きたくなるのを必死に堪え、右手に魔力を集中させた。
「でぇりゃああああああッ!!」
120%の力と魔力を集め、ヤケクソで放った正拳突きもどきは、正面に立ち塞がるレンガ造りの壁面を割と容易く粉砕し、風穴を開けてくれる。
やったね、ラッキー! 想定より脆くてよかった!
私はスキルを使ってカンテラを出し、大急ぎで壁に開いた大穴を潜り抜けて進む。壁を抜けた先にあったのは、がらんどうの小部屋と、取ってつけたような粗末な木製のドアが1枚。
ドアには、小生意気にも錠前が取り付けられていたが、もうそんなもん知った事か!
今度は履いていたローラーブレードをスキルで消して、勢い聞かせに木製のドアを蹴り破り、更に奥へ。
そこは殺風景な小部屋で、一抱えはありそうな大きさの、数個の木箱が壁際に置いてある。
蓋もされていない木箱の中には、溢れんばかりの精霊の花が詰め込まれ、手元にあるカンテラの光を受けて、控えめながらも美しい輝きを放っていた。
◆
間一髪駆け込んだ小部屋の壁際、デカい木箱の中にガッツリ詰め込まれた精霊の花。
その側に近付き、てんこ盛りになった精霊の花を観察する。
カンテラの光を反射して神秘的な輝きを放っている、子供の握り拳程度の大きさの精霊の花は、どれもきちんと形状が整っており、素人目にも価値を感じさせた。
しかし、希少なはずの精霊の花を、よくもまあここまで大量に搔き集めたな。
これぞまさしく、間違った権力の使い方、その典型と言えそうだ。
どっちかというと、驚きよりも呆れの感情の方が勝る思いで佇んでいると、ようやっと追っ手の皆さんが追い付いて、小部屋の中に駆け込んで来た。
問答無用で取り押さえられるのを避ける為、身体を横にずらし、精霊の花が見えるようにしてやると、追っ手の皆さんは精霊の花を目にした途端、驚き動揺して動きを止め、口々に騒ぎ始める。
そりゃあ大騒ぎにもなるだろうよ。
精霊の花は、その美しさと希少性から宝飾品としての価値が高いが、細かく粉砕して幾つかの薬草と混ぜ合わせる事で、多種多様な麻薬に化けるという、大変危険な側面を持つ代物でもある。
しかも、精霊の花を元に作られた薬物はどれも非常に依存性が高く、中にはたった一度の服用で廃人になるブツさえあるとなれば、禁制品に指定されるのも当然の事だろう。
「こっ……これは……! 精霊の花だと!?」
「精霊の花!? ちょっと待って下さい! それ、禁制品じゃないですか!」
「バカな……なぜこのようなものがこんな所に!」
「見て下さい、この木箱のラベル! レカニス王室の
「はっ!? 玉璽!? どうして禁制品を詰めた木箱のラベルにそんなものが!」
案の定、狭い小部屋は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
え、玉璽印? 玉璽ってあれでしょ? 王様だけしか使用できないゴツい印鑑みたいなブツで、重要な書類の決裁をする時や、王命を書類に記載する形で出す時とかに、書類の目立つ所にポンと捺すやつの事……だよね?
……あ、よく見たら木箱の端っこにくっついてるラベルに、赤いインクでなんか捺してあるわ。
一辺が5センチはありそうな真四角の中に、簡略化された花と古代文字を混ぜて作ったようなクッソ細かい文様が、詰め込むような形で収まっている。極めて精緻で複雑な印章だ。
へーえ、これが玉璽印か。初めて見た。
こんな細かい文様をハンコにして、よく捺印時に潰れないな。これがいわゆる『匠の技』ってものなんだろうか。
ていうか、今さっき兵士さんの1人も言ってたけど、なんでそんなもんが禁制品のラベルに捺してあるんだよ。意味が分からん。
あと、さっきから私、蚊帳の外にされる勢いで放置喰らってるんですけど、どうしたらいいですかね。
もう用がないなら、帰ってもいいですか?
その後、やっぱり帰してもらえなかった私は、身元の確認を兼ねて簡単な聴取を受ける事になった。
別に後ろ暗い事もやましい事もなかったので、ザルツ村の出身であり、精霊が見えて話ができる事含め、素直に聴取に応じて色々な事を話しましたよ。
行方不明になった村人を探しに王都へ来て、訳も分からないまま捕まった事や、捕まった先に、探していた村人だけでなく、へリング筆頭公爵夫人がいた事。
閉じ込められた牢屋に、ちっさいおっさ……もとい、ウーデン公爵が来た事。そのウーデン公爵に連れ出されて、綺麗で大きな部屋の中に放り込まれた事。
そして、放り込まれた部屋の中、身の危険を感じて逃げようとした時、小さな精霊から精霊の花の話を聞いた事……などなど。
上記のような私の証言が認められ、即時捜査が開始された事で、地下の牢屋に捕まっていたシエラ達や、別の収監施設に囚われていたシエルも、無事五体満足で救出されたそうだ。よかったよかった。
ただ、私は事件に関する聴取が終わっていない事と、今回の犯罪に関わった、国王派の貴族の捕縛が完了してない事を理由に、未だに貴賓室の一角を流用した部屋で待機させられてるから、まだシエラ達にもシエルにも、リトス達にも全然会えてなかったりする。寂しい。
でもそれも仕方がない事だ。
国王の犯罪に加担した連中がまだ捕まり切っていない中、ノコノコ外を出歩いたりした日には、どこぞで逆恨みによる被害を被る危険性も十分考えられるから。
ちなみに、ウーデン公爵に連れ出された際、不安と緊張のあまり公爵の話をほとんど聞いておらず、状況をよく理解していなかった事にして、放り込まれた部屋の主が誰だったのかは、知らなかった事にしました。
だってほら、なんにも知らなかった事にしておけば、ヤリチンクズをクロロホルムで昏倒させた件に関して、情状酌量の余地を見出してもらえるのでは、と思って。
不敬罪に問われる可能性は少しでも減らしたいじゃん?
でも、その辺の心配は要らなかったみたいだ。
現国王ウルグスは、国家禁制品所持、王侯貴族拉致監禁罪、臣民に対する不当拘束罪、などなどの罪状により、裁判開始前から有罪がほぼ確定、バスルームにフルチンで倒れていた所を引っ立てられ、そのまま貴族牢へぶち込まれたそうな。
臣民への不当拘束罪はうやむやにされる危険性が残るが、筆頭公爵夫人という証人がいる王侯貴族拉致監禁罪と、精霊の花を詰め込んだ木箱に玉璽印が捺してあった、という、どっからどう見ても言い逃れできない状況証拠がある。
国家禁制品所持での有罪は、ほぼ確定したも同然と見ていいだろう。
特に、精霊の花の件に関してウルグス王は、「誤解だ」とか「嵌められた」とか言って騒いでるらしいが、寝言もいい所だ。
聴取の時、騎士さんから教えてもらった話によると、玉璽の保管場所を知ってるのは国王と、玉座を継ぐ事が確定した、王位継承間近の王太子だけなんだってさ。
玉璽と玉璽専用のインクも、到底偽装できるようなブツじゃないらしい。
玉璽は建国時から使用されている、超絶技巧を持った職人による芸術作品でもあるし、玉璽専用のインクも、とある特殊な効果があるものを使ってるんだそうだ。それじゃあ偽装なんてできる訳ないよね。
そんなオンリーワンなハンコが、禁制品のラベルにポンと捺されてる時点で誤解もクソもないってのを、あのヤリチンクズは理解できないんだろうか。
まあ、できないんだろうな。
それから、今回の事件のせいで玉座がガラ空きになった事を理由に、へリング筆頭公爵が臨時の国主代理として立ったので、近いうちに筆頭公爵夫人誘拐・監禁のかども併せて立件されるだろう。
完璧に終わったな。ヤリチンクズ乙。
ああ、早く残りのバカが全部捕まらないかな。
そうじゃないと、いつまで経っても村に帰れないよ。私達。
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