第4話 早々のピンチと大罪系スキル
山の天気は変わりやすい。
しとしとと降り注ぐ雨が、あちらこちらに密集するように生え並ぶ木々と、下生えで覆い尽くされた地面を濡らしている。
山中で偶然見つけた洞窟の中、私とリトスは2人並んで三角座りしながら、その光景をぼんやりと見つめていた。
いきなり朝も早よから牢の外に引っ張り出されたかと思うと、今度は城下町まで連行され、あれよあれよという間に適当なボロ服に着替えさせられ、幌もない荷車に乗せられた挙句、城下町の往来で晒し物にされながら王都を出る事数時間。
尻どころか、全身が余すところなく痛くなってきた頃、私達は国境に近い山のふもとに、粗大ごみよろしく放り出された。
そんな中、雨が降り出す前に、多少なりとも身を落ち着けられる場所を発見できたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
つーかさ。
城下町にお住いになっている平民の皆々様に、是非とも申し上げたい事があるんですけど、いいですか。
私とリトスが追放される理由もろくに分かってないくせに投石すんな。
このクソッタレ共。
ホントもう、荷車に乗せられる直前に偶然聞いた、道端でダベってるおっさん達の会話とか、マジで酷かったもんな。
「なあおい、なんか知らねえが、こんな扱いされてるって事はあのガキ共罪人だろ?」
「ああ。あんなチビがなにやったんだか知らねえが、国外追放だとよ」
「国外追放? ンな沙汰を喰らうなんざ、よっぽどの重罪人だな。ロクなもんじゃねえ」
「お触れを出した役人が言うには、あのガキ共は不幸を撒き散らす悪魔なんだとよ」
「悪魔ぁ? あんなガキンチョがかぁ?」
「眉唾だよなあ。でもまあ、悪魔だろうがなんだろうが、罪人を庇い立てする事もねえか」
「だな。ってか、どうせだから石でも投げてやろうぜ。あれ、お貴族様のガキなんだってよ」
「そりゃあいい。毎度毎度貴族にゃロクな目に遭わされてねえし、いいストレス解消になりそうだ」
「んじゃあ、目抜き通りの連中にも声かけて来ようぜ。みんなで鬱憤晴らしと洒落込もうや」
正直、速攻荷車から飛び降りて、あいつらぶん殴りに行けばよかったと後悔してる。
だってその後私達、あいつらのお陰で大通りに出た後、道の左右に居並んだ大勢の人達に石投げ付けられまくったから。
ていうかさ! そん時の石がこめかみにぶち当たって怪我したんですけど! 私! 大した怪我じゃなくても痛いモンは痛いんだよ! リトスに怪我がなかったのはよかったと思うけど!
ていうか、あそこで咄嗟にリトスを庇わなかったら、リトスのこのご尊顔に傷がついていた可能性が高い。
そう思うと、それだけで心中穏やかじゃなくなってくるがな!
ああもう! 思い出すだけでムカつく!
あの王侯貴族にしてこの平民アリだな!
マジで滅びちまえ! あんなクズしかいねえ国!
私が色々思い出して、脳内ムカチャッカファイヤー(これもう死語になってるってホント?)状態でいると、隣で黙って三角座りしていたリトスが、おずおず声をかけてきた。
「プリム……。頭の怪我、大丈夫?」
「え? ああ、平気平気。もう血も止まってるし、そんな酷い怪我じゃないから」
「で、でも、血が顔まで垂れてたのに……!」
「だから平気だってば。頭の怪我って、大した傷じゃなくても結構血が出るモノなのよ。それより、リトスの方こそ平気? 寒くない?」
「う、うん、平気! このくらいなんとも……っくしゅっ!」
「…………。ホントは寒いんでしょ」
「ちちっ、違うよ! なんともないよ!」
「そんな強がらなくたっていいのに」
「違うったら!」
どうやら、虚勢を張った直後にボロが出たのが恥ずかしいらしく、リトスが真っ赤な顔で言い募ってくる。
やっぱ、8歳でも男の子は男の子だなあ。ちょっと微笑ましいぞ、リトス。
状況的に、自分がしっかりしなくちゃ、とか、だらしない所を見せちゃいけない、とかって意識が、強く働いてるのかも知れないけど。
あとは、大変なのは自分だけじゃないんだから、甘えちゃだめだ、とかかな。
うん。分かる分かる。気遣い屋の優しい子だもんね、あんたは。
仕方ない。ここはお姉さんが助け舟を出してあげましょう。
「はいはい、分かりました。ていうかむしろ、私の方がちょっと寒いんだけど」
「……えっ!? さ、寒いの!? どどっ、どうしよう!?」
「慌てなくても大丈夫。本で読んだんだけど、こういう時には体温を逃がさないように、お互いくっついてるのがいいのよ。そうい訳だから、ちょっとこっち来て」
「ふぇっ!? ……あ、あの、く、くっつくの? 僕が、プリムに?」
私の発言を聞いた途端、リトスの顔がほんのり赤くなる。
ああもう! なんだよその可愛い顔は!
いっちょ前に照れおってからに! このおませさんめ!
私が小さな男の子にやましい感情覚えるような、ショタコン姉さんじゃない事を天に感謝しろよ!
「他に誰がいるっていうの。ほら、分かったら早く来る!」
私は頬が緩みそうになるのを我慢しつつ、少し強めの声を出して手招きした。
実際ここは山の中で、平地と比べて気温が低い。
そして更に言うなら、現在の季節は秋なのだ。今は雨降ってるからよく分からんけど、陽が落ちて周りが暗くなるにつれ、外気温も容赦なく下がっていくだろう。
下手すりゃもう今晩中に、2人揃って凍死エンドを迎える羽目にもなりかねない。
そういう危険な状況に置かれているのですよ。私達は。
王族に生まれた男児として、「常に女性とは一定の距離を保ちなさい、女性にみだりに触れてはいけません」、とかいう教育を受けていたであろうリトスには、結構ハードルの高い行いだと分かっている。
だが、もう今は変に照れたり、気を遣ったりしてる場合じゃないのだ。
やがて、私が本当に真剣に言っているのだと理解したのか、リトスは意を決したような顔で「分かった」とうなづくと、私との距離を一層詰めて、私を横からぎゅっと抱き締めてくる。結構思い切りがいい。
うん。自分で言い出しといてなんだけど、ちょっとびっくりした。
儚げな見た目に反して、だいぶ肝が据わってるな、友よ。
――なんて。呑気な事を思っていられたのは、最初のうちだけだった。
雨は一応止んだけど、今度は日没を待たずして、気温がガンガン下がり始めたのだ。
うわあああ! 寒い寒い寒い!
あまりの寒さに歯の根が合わなくなり、口からガチガチという音が絶えず漏れ続ける中、私とリトスは、もはや恥も外聞も全てかなぐり捨て、お互いの身体に必死の思いでしがみ付いていた。
ヤバイ。秋の山の中ってここまで冷えるのか。
くそぅ、舐めてた。山舐めてたわ……!
私は内心で歯噛みする。
このままじゃ本当に凍え死ぬかも知れない。そんなの嫌だ。
享年10歳&8歳とか、どんだけ悲惨な話だよ。あり得ないだろ。ふざけんな。
ていうか、ンな事になったらリトスが可哀想過ぎるだろうが!
ああ、せめて毛布があれば! 毛布が欲しい! 誰か毛布を! 毛布をくれ!! も~う~ふ~~っ!!
そんな事念じた所でなんの意味もない、と分かっていたが、念じずにはいられないほど寒いんだから仕方ない。
我ながらしょうもないよな、と自嘲じみた笑みを浮かべた瞬間。
すぐ後ろから、ポン、という、何だか微妙に間の抜けた音が聞こえてくる。
「……?」
「な、なに、今の音……」
私達が恐る恐る背後を振り返ると、なぜか私の背中のすぐ側に、綺麗に畳まれた厚手の毛布が置かれていた。
正直な話、周りに自分と友達の2人しかいない状況であるにも関わらず、自分のすぐ側で、誰が置いたんだか分からない毛布が見付かったりしたら、普通は訝しむだろうし、不安に思ったりもするもんだろう。
おまけに、どっからどう見ても新品だし。これ。
だが――残念ながら今の私に、それ以上毛布を観察している余裕はなかった。
だって寒いんだもん!
「毛布だーーっ!」
私は歓声を上げながら、自分の背中側に畳んで置いてある毛布を引っ掴み、いそいそと広げて自分とリトスを包み込む。リトスも何も言わずに毛布に包まってるので、多分私と同じく、毛布の出所に疑問を感じる余裕はないのだと思われた。
そりゃそうだ。
洒落でも冗談でもなく、現在進行形で命の危機に瀕してるんだから。毛布の出所なんて、二の次どころか三の次以下だろ。もう。
そうして2人で身を寄せ合い、一緒に毛布に包まっていると、だんだんお互いの体温で毛布の内側がいい感じにあったまってくる。
はぁ、あったかい……!
よかった。これなら今夜を無事に越せる。命の心配をしなくても大丈夫だ。
しかし、そうやってある程度身体が温まって精神的余裕が生まれると、今度は別の欲求が湧いてくる。
岩盤に直座りしてる尻が冷たくて痛いんだよな、とか、ちょっと横になれる場所があったらいいのにな、とか、ぶっちゃけお腹減ったんだよな、とか。
まだ日没までには時間がありそうな明るさの、雨上がりの洞窟の外をぼんやり眺めながら、私は脳内であれこれ妄想し始めた。
そうだなぁ。もしこの洞窟の中で休むんだとしたら、まずはデカめの
それから簀子の上にレジャーシートを敷いて、更にその上から敷布団を敷いたら、なんちゃって簀子ベッドの完成だ。んで、そこに掛け布団があったら完璧だよね。
本音を言うなら、電気ヒーターみたいな暖房器具も欲しい所だけど、流石にそれは高望みし過ぎか。ここは大人しく、大判のホッカイロを所望すべきだろう。
あと、簡易的なものでいいから照明も欲しいかな。夜の間だけとは言え、一寸先も見えない暗闇の中で、ただじっと身を寄せ合い続けるのは結構しんどい。
私は前世でOLやってた頃に一度、震災による長期の停電を経験した事がある。
だから、夜間室内にちょっとした灯りがあるだけで、精神的にだいぶ違うんだって事をよーく知ってるのだ。
あと、大事なのはご飯だよね。
こういう所で食べるものとくれば、やっぱおにぎりでしょ。
定番の梅干しや昆布、あとは鮭とかツナマヨとか、色んな具が入ったおにぎりもいいけど、時々シンプルな塩むすびが食べたくなるのは、私だけじゃないはず。
勿論、サンドイッチやハンバーガー、ラップサンドなんかも悪くない。いや、悪くないどころか素晴らしい。どれも挟む具に気を配れば、栄養バランスが取りやすい魅力的で素敵なご飯になる。
だけど、やはり日本人ならまずは米! 米一択でファイナルアンサーだ!
まあ単純に、私自身がお米大好きなだけだけど!
そういう訳で、まずは塩むすびと麦茶をプリーズ!
……なーんて、こんな妄想だけで全てが手に入るなら、誰も苦労なんざしやしない。
ちゃんと現実を見ようぜ、私。
そんな風に、自分の行き過ぎた妄想を鼻で笑った直後。
今度は洞窟の奥まった所から、ぼふん、という、割と大きめな音が聞こえてきた。すぐ隣にいるリトスも今の音にはだいぶ驚いたようで、肩をビクッと震わせている。
ってか、ホントになんだ今の音!?
まさか、山の獣がどこかの横穴から転がり落ちてきたとか、そういうオチじゃないだろな!?
音の正体を確認すべくその場から立ち上がると、リトスも一緒に立ち上がった。
私は一瞬口から出かかった、「ここで待ってなさい」という言葉を直前で飲み込む。
正直、何が起きてるんだか分からない状況で、リトスを一緒に洞窟の奥へ連れてくのはリスキーな気もするが、よく考えたら、ここも完全な安全地帯って訳じゃない。
今まで考えないようにしてたけど、森の中には熊や狼だっているんだし。
結局どこにいても身の危険が付きまとうなら、2人で一緒にいた方がマシだろう。
改めて腹を括り、リトスと手を繋ぎながら洞窟の奥へ足を向けるが、そう奥まで進まずとも事足りた。
外からの光がろくに入らず、薄暗い洞窟の中央付近。
そこに、さっき私が妄想していた、簀子やらレジャーシートやら布団一式やらが、デンと積んで置いてあったから。
ていうか、積み上げられた荷の一番上にちょこんと乗ってるのって、コンビニのビニール袋?
……。ええと。
流石にこれはさっきの毛布みたいに、「やったラッキー! いいモン手に入ったぜ!」…なんて言葉で済ませて、なんも考えずに飛び付くのは……ちょっとどころかだいぶ問題のような気がする。
古式ゆかしい純和風の簀子の上に畳まれた布団一式が乗っかってて、更にその上にコンビニの袋が鎮座してるとか、世界観バグり過ぎだろ。どう考えても。
ああ、あまりの事にリトスもポカンとしちゃってるよ……。
「……これ……なんなんだろうね……」
「さあ……。よく分かんない……。確かに今私、こういうものがあったらなぁ、なんて頭の中で考えてたけど……」
「そうなの?」
「うん。身体があったまって余裕出てきたら、こう、ついね……」
「……。ねえ、もしかしたらこれ……プリムがスキルを使って出したのかも知れないよ」
「へ? わ、私が?」
リトスがいきなりとんでもない仮説を言い出して、私は目を丸くした。ちょっと、声が引っくり返りそうになる。
「うん。僕はそう思う。だってホラ、プリムが持ってる大罪系スキルって、確か『暴食』と『強欲』だったよね? 僕、本で読んで知ってるんだ。『強欲』っていうのは、あれもこれも色んな物が欲しいって気持ちが、とっても強い事を言うんでしょ?
だったらプリムが持ってる『強欲』のスキルに、欲しいと思った物を出す力があっても、おかしくないんじゃないかなって。それに、今プリムも言ったじゃない。「こういうものがあったらな、って考えてた」って」
「う、うーーん……。そう、なのかなあ……」
私は思わず唸りながら腕組みした。
ちょっとどころかだいぶ強引な理屈だと思うけど……でも、確かに目の前にあるブツはどれもこれも、私が妄想の中で欲しいと思った物ばっかなんだよなあ……。
……。うんよし。分かった。
とりま、そういう事にして全部受け入れてしまおう。
だって、ぶっちゃけ疲れたしお腹空いたし、色んな意味でヘトヘトだ。その辺の問題が解決するんなら、もうそれでいいような気がしてきた。
私がここにある物を、『スキル』を使って出したのかどうかは、ご飯を食べて身体休めて、人心地ついたら改めて考えよう。
そんで、出来たら実際に確認してみればいい。
よし! そうと決めたら早速実行だ!
私はリトスの手を借りて、モタクサしながらもどうにか簀子ベッドを完成させた。
身体が小さいと、こういう作業も地味に大変なんだな、と思い知りつつ、尻についた汚れをパッパと払い、靴を脱いでベッドに上がる。
ふおおお! や、柔らか~~い! これならゆっくり休めるぞ!
完成させた簀子ベッドの柔らかな座り心地に感激しつつ、ドキワクしながらコンビニ袋の中身を確認してみると、中には4個の塩むすびと、600ミリサイズのペットボトルに入った麦茶のお姿が!
おまけに大判ホッカイロも2つ入ってんじゃん! いやっほぅ!
速攻塩むすびを開封してかぶり付きたくなるのを我慢して、リトスに塩むすびのパッケージとペットボトルの開け方を丁寧に教え、ついでに塩むすびの美味しい食べ方もレクチャーする。
一度にたくさん頬張らないようにして、ゆっくりじっくり噛んで食べるといいよ、と。
リトスが開封した塩むすびをまじまじ見つめている姿(口に合うといいなぁ)に苦笑しつつ、私も自分の塩むすびを開封し、早速一口。
……。うん。美味しい。物凄く美味しい。
シンプルだけど滋味深い、懐かしい故郷の味だ。
なんだかちょっと泣けてくる。
でも、流石にここでマジ泣きする訳にはいかない。リトスに、なんだコイツと思われてしまう。
気合を入れて涙を堪えつつ、チラリとリトスを横目に見てみると、リトスは小さい口で塩むすびを齧りながら、ポロポロ涙を零していた。
「えっ!? な、なに、どうしたのリトス! 美味しくなかった!?」
「……ううん。そんな事ないよ。すごく美味しい。……不思議だね、この『シオムスビ』って食べ物。最初はちょっぴりしょっぱいのに、よく噛んでるうちにほんのり甘くなってくる……」
リトスは涙を流しながら、綺麗な顔をへにゃりと緩ませて笑う。
「……ぐすっ。……えへへ、美味しいね。ホントに美味しい。誰かと一緒に食べるご飯って、こんなに美味しいんだ……」
「……。うん。そうだね。分かる分かる。誰かと一緒にご飯を食べると、とっても美味しいよね」
そんな事を呟きながら、ゆっくり味わうように塩むすびを口に運ぶリトスの頭を、私は明るく笑って優しく撫でた。
なんだかもらい泣きしそうになるのを我慢しながら。
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