第274話 ジェットコースターに乗ろう
開場時刻となり、並んでいた順に園内へと入っていく。
優先券のおかげもあり、怜達も割と早く園内に入ることが出来た。
ちなみに腕組みしたままだと歩きにくい為、今は腕組みではなく手を繋いだ状態だ。
「さー、それじゃあ早速乗って行こーっ!」
「まずはどれから乗るかだな!」
早速蕾華と陸翔が周囲を見回しながら目を輝かせてパンフレットを開く。
先日調べて分かっていたことだが、改めてパンフレットに描かれている園内の全体図はかなり広く、全てのアトラクションを一日で体験するのは不可能だろう。
移動にも時間が掛かる為、効率的に乗っていきたい。
だが幸いなことにシスターズからのプレゼントである優先券のおかげで順番待ちをすることがないのは救いだ。
「どれから乗る?」
「そりゃあもちろんアレだろ!」
そう言って陸翔が指差した先には大型のジェットコースターが聳えていた。
このキサラギパークは多くの絶叫系のマシンがあることで有名だが、その中でも一番の人気を誇るのがこのコースター『ZEKKYOU』だ。
時速百キロを軽く超える高スピードで大きな高低差、連続カーブ、宙返り、ひねり等々。
その人気はすさまじく、海外からもこれ目当てで訪れる人もいるらしい。
「俺は賛成。桜彩も大丈夫って言ってたけど良いか?」
「う、うん……!」
先日このパークのホームページを見ていた際に桜彩へと絶叫系が大丈夫かという確認をしたところ、『うん。こういったのは経験ないけど高所恐怖症とかじゃないし、多分大丈夫だと思う』と言っていた。
一応、写真や動画ではなく現物を目にした状態で確認して見たのだが、本人の言葉を信じることにする。
ちなみに陸翔と蕾華はもちろん絶叫系は大好物。
一方で怜も桜彩と同様にこの年まで絶叫系は未経験だが、一度乗りたいとは思っていた。
「それじゃあレッツゴー!」
「レッツゴー!」
そう言って歩きだす陸翔と蕾華に怜と桜彩も心を躍らせて付いて行く。
「ふふっ。楽しみだね!」
「ああ。いったいどんな感じなのか胸が躍るよ」
手を繋いで歩きながら満面の笑みで話しかけてくる桜彩に怜も笑顔でそう答える。
初めてのジェットコースター。
それも桜彩と一緒なら絶対に楽しいことになるだろう。
コースターへと向かっている最中、ふと周囲に目を向けると怜達の方へと視線を向ける者が何人かいる。
特に顕著なのは年頃の男性陣で、足を止めて桜彩や蕾華へと魅了されたような視線を注いでいる。
次いで隣にいる怜と陸翔へと羨ましさや妬ましさといった感情のこもった視線に変化する。
そして残念そうにしたり、中には睨むように一瞥して再び歩き出していく。
(そう思う気持ちは分からんでもないけどな)
なにしろ桜彩(と蕾華)は本当に目を引くような美少女だ。
客観的に見て、怜(と陸翔)が男としての幸せを味わっているというのは理解出来る。
(まあ、俺も陸翔も見た目だけを見ているわけじゃないけど)
とはいえ怜が桜彩と一緒にいて楽しいのは、その外面よりもむしろ内面の方だ。
女性の容姿のみを見て羨ましがるような気持ちは理解は出来るとはいえ一切共感は出来ない。
とはいえもちろん桜彩の容姿にも心が動かされないかと言えばそうでもない。
桜彩が自分にだけ見せてくれる特別な笑顔。
それがとても嬉しいし、他の誰にも譲りたくはない。
「怜? どうかした?」
「いや、なんでもないって」
桜彩の言葉で少しばかり変なことを考えてしまっていたことに気付き苦笑する。
「そっか。でも……」
そう言って桜彩は少し不満げな顔をして周囲の方を見る。
「どうかしたのか?」
「ううん。なんでもないよ。ほら、早く行こっ!」
すると繋がれた手にこれまで以上にぎゅっと力が込められる。
そのまま少しばかり早歩きでコースターの方へと向かって行く。
そんな桜彩を少し不思議に思いながらも、怜もコースターへと向かう足を少しばかり速めた。
ちなみに先ほどの桜彩の視線の先には、怜(と陸翔)の方をチラチラと見ながら少しばかり顔を赤くしていた女性達がいたのだが。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さあ、とうちゃーく!」
やがてジェットコースターの待機列へと到着する。
さすがに一番人気といったところか、開場直後にもかかわらずそこには既に長蛇の列が出来つつあった。
もちろんこの列は時間と共に長くなることはあっても短くなることはないだろう。
そんな一般の待機列をよそに、怜達四人は優先入場口の方へと向かって行く。
一般の方とは違い、既に並んでいるのはごく僅か。
これならば待ち時間無しですぐに乗れそうだ。
優先券をくれた美玖と葉月には本当に感謝だ。
「桜彩。一応荷物とかこっちにちょうだい」
「あ、うん。ありがとね」
桜彩からポケットの中のスマホや財布を受け取って、自分の物と一緒にボディバッグへと詰めていく。
それに加えて二人が着けているネックレスもだ。
外したくはないのだが落下する可能性を考えると外しておいた方がいいだろう。
それこそコースターから落下してしまったらもう目も当てられない。
準備を終えると荷物の詰まったボディバッグを陸翔のバッグ(蕾華の物も入っている)と一緒にロッカーへと預ける。
すると前回の客がちょうど降りて来た所だった。
それと入れ替わるようにして、次の回の客が乗り場へと案内されている。
降りた客達が預けていた荷物を受け取りに来たのだが、その表情は様々だ。
楽しかったと笑みを浮かべている者もいるのだが、それよりはむしろ恐怖でガタガタと震えている者の方が多いかもしれない。
「あーっ、怖かったあ……!」
「もう私、二度と乗らないから!」
「乗る前の自分を殴りたい……」
「いきなり地面が迫ってくるの、怖かったよねー」
などという恐怖の感想が怜達の耳に届く。
「怜……」
それを見た桜彩がここに来て少しばかり不安そうな表情に変わり、怜の腕をぎゅっと掴んでくる。
その腕から桜彩が少しばかり恐怖に震えているのが怜にも伝わってくる。
「どうする? 今ならまだやめられるけど」
なにも無理をしてまで乗る物でもない。
しかし怜の提案に桜彩は首を横に振る。
「う、ううん! ジェットコースターってこういうものだって分かってたし……! だ、だから大丈夫!」
確かにジェットコースターとはスリルや恐怖を楽しむ為の物だ。
むしろスリルの無いジェット―コースターに存在意義は無いと言っても過言ではない。
とはいえ
「そ、そっか。でも無理はしないようにな」
「う、うん! それは大丈夫だよ。だって怜も一緒に乗るんだからさ。怜が隣にいるんだから無理なんかじゃないって」
「あ、ああ……」
そこまで信頼されていることに嬉しく感じ、照れくささから頬を掻いてしまう。
そんな怜を見て桜彩がクスっと笑う。
「ふふっ。怜、照れてるの?」
「うっせ」
「あははっ。怜、可愛い」
そう言って怜の腕を掴んでいない方の手で怜の頬をぷにぷにと押してくる。
「むっ。やったな」
怜も開いている手で桜彩の頬をぷにぷにと押し返す。
指に伝わる感触がなんとも心地好い。
「あっ……負けないんだから!」
「こっちだって負けないっての!」
そうして腕を組んだまま相手の頬をつつき合う。
どうやらもう恐怖は消えたようだ。
おそらく一時的に過ぎないだろうが。
そんな二人のスキンシップを親友二人は呆れたように微笑ましく眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ちなみにこの場所は次の回に乗る客の待機列であり、四人の他の客も存在する。
そんな他の客からは羨ましいやら妬ましいやら微笑ましいやら様々な視線が向けられていた。
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