第275話 ジェットコースターを楽しもう
ジェットコースターが発車位置へと戻って来ると、前回同様に前のお客が恐怖でひきつった顔で降りてくる。
いよいよ次は怜達四人の乗る番だ。
「うぅ……。い、いよいよだね……!」
「ああ……」
恐怖と緊張からか、手を握ってくる桜彩の手の強さがより一段と強くなった気がする。
「うん……。楽しみだけどさ、なんていうかこう、この時はやっぱり緊張するよね……」
「だよな……。もう心臓がバクバクしてるっていうか……」
「あれ、二人はこういうの好きなんだよな? それにしては怖がってないか?」
後ろの二人に目を向けると、こうした絶叫系が大好きだと豪語するわりに陸翔も蕾華も緊張しているように見える。
「好きだけどよ。それとこれとは話が別って言うかな。まあ乗る直前ってのはやっぱドキドキするってもんだろ」
「うん、スリルってか恐怖を味わうのを含めて好きなんだよね。だかられーくんの言う通り怖いのは怖いよ。まあそれでも一度乗っちゃえば結構平気なんだけどさ」
絶叫系が好きとは言っても怖い者は怖いらしい。
とはいえ実際に二人共顔に恐怖を浮かべてはいるが、それでもこれからの期待にワクワクしているのが見て取れる。
本人達が言う通り、一度乗ってしまえばもう楽しむだけなのだろう。
「なるほどな……」
「ってか怜とさやっちの方こそ大丈夫かよ?」
「ま、まあな……」
「う、うん……」
先ほど二人でスキンシップをとっていた時は落ち着いていたのだが、こうして実際に直前になると恐怖が蘇ってきたようだ。
「次の方、どうぞー」
前に乗っていた客が全て戻って行った為、係員がそう声を掛けてくる。
マシンに乗る為に乗車位置へと歩き出した怜だが、隣の桜彩の足取りは恐怖でがくがくと震えている。
嫌なことに向かって行く時の心境として『死刑台へと向かう死刑囚の気持ち』という例えが用いられるのだが、今の桜彩はまさしくそうなのかもしれない。
とはいえここで立ち止まるわけのもいかないので足をとめずに前へと進むと、とうとうマシンの手前に到着してしまった。
(いよいよか……)
これからの体験を想像し、緊張からおもわずごくりと唾を飲み込む。
隣の桜彩へと視線を移せば今日一番の青い顔だ。
「それじゃあれーくん、サーヤ。早く乗ろっ!」
後ろから蕾華が陽気な声でそうせかしてくる。
現在、怜と桜彩の前に他の客はいない。
つまり、偶然にもジェットコースターの恐怖を一番感じられる最前列が二人に割り当てられた席順だ。
「え、えっと……これ、一番前ってことだよね……?」
「そ、そうだな……」
さすがにこれは事前に予想はしていなかった。
より恐怖を感じてしまい、後ろの二人へと目を向ける。
「え、えっと……最前列は二人に……」
「はいはい。後ろ詰まってるから早く乗れよーっ」
陸翔と蕾華に最前列を差し出そうとしたのだが、それを陸翔が楽しそうな声でやんわりと諭してくる。
とはいえここでごねていては陸翔の言う通り他の客にも迷惑を掛ける事だろう。
「そ、それじゃあ桜彩……」
「う、うん……」
桜彩もそれを分かっているのか怜の言葉に頷く。
そして観念して二人でマシンへと乗り込んでいく。
「それではバーを倒しますね」
係員の手により降ろされた安全装置であるバーが目の前を通過して体の前に来た。
この細いバーが自分達の命綱ということか。
セットしてくれた安全装置に手を当てて、本当に動かないか軽く揺らしてみる。
「れ、怜……。も、もう、発車するんだよね……」
「あ、ああ……もう発車しちゃうな……」
「そ、その……手……お願い…………」
そう言って差し出された桜彩の手はブルブルと震えている。
それを少しでも和らげることが出来ればと、自らの恐怖を何とかかき消しながら桜彩の手を握る。
「あ……」
それだけで効果があったのか、桜彩の顔に少しばかりの安心が浮かぶ。
とはいえこれはあくまでも気休めであり、完全に恐怖は消えたわけではない。
「それでは発射しまーす!」
ジリリリリリリリリリリリリリ
係員の声と共に発射を告げるベルの大きな音が鳴り響く。
いよいよスタートだ。
ガコン
一瞬遅れてついにマシンが前へと動き出す。
「怜……」
震えるような表情で桜彩が怜の顔を見てくる。
「もうこうなったら楽しもう! 大丈夫だって! こういうのはちゃんと安全を考えて作られてるんだし!」
「そ、そうだよね! うん! た、楽しもう!」
まあ年に何件かは世界のどこかで事故が起きているようだが、さすがにそれを言うことはしない。
恐怖を振り払うように二人で大声を張り上げる。
そうこうしている内にマシンは発着場を完全に出てしまう。
「れ、怜……。じ、地面が見えるよ……」
「そ、そうだな……。下で遊んでる人達があんなに小さい……」
ふと足下へと目を向けると、レールの下はもう遠い地面だ。
地面を歩いている来園客はもう豆粒ほどの大きさにしか見えない。
しかしこのコースターの最高点はこの先だ。
目の前のレールに目を向けると、ここから更に上へと傾斜が付いている。
ゆっくりと動くコースターが徐々にその最高点へと向かって行く。
角度が急になるにつれて、背もたれに当たる背中にどんどん体重が掛かってくる。
いっそのこと早く到達してくれと思うのだが、こうしてゆっくりと昇っていくのも恐怖を煽る一因となっているのだろう。
後ろの方からも、まだ序盤ですらないのに他の客の恐怖の声が聞こえてくる。
「わーっ、上がってく上がってく! りっくん、ほらほら!」
「もうすぐてっぺんだぞ! そこから一気に降下だ!」
「うんうん! もうちょっとだね!」
中には恐怖よりもこれからの期待に胸を膨らませている乗客もいるようだが。
そうこうしている内に、ついにマシンが最高到達点へと到着し停止する。
風は冷たく七月上旬の暖かさなど全く感じられない。
そんな風がびゅうびゅうと吹き付けてきて容赦なく頬を打つ。
もう地上からもかなりの高さとなっており、もはや下を見ても人影など良く分からない。
というか、下を見るのが本当に怖い。
隣の桜彩も同様のことを感じているのか、青ざめた顔で怜の方を見る。
「こ、怖いね……」
握られている手によりいっそう力が込められたのが分かる。
「あ、安心してくれ。俺はずっと隣にいるから」
「う、うん……。手、離しちゃ駄目だよ……?」
「も、もちろん! 絶対に離さないから!」
「うん……!」
そしてついにが停止していたマシンが動き出した。
最高点からゆっくりとその高度を下げていくのが分かる。
そう思ったのも一瞬の事、マシンはすぐさま加速していきもの凄い勢いで地面に向かって走っていく。
それを一番感じられる最前列に位置している怜と桜彩。
見る見るうちに地面が眼前へと迫ってくる。
「わあああああああああああ!!」
「いやああああああああああ!!」
口から恐怖の悲鳴が飛び出してしまう。
握る手によりいっそう力が込められる。
ぶつかる――
そう思った直後、マシンは再び急上昇してみるみるうちに地上から離れて行った。
徐々に速度が緩やかになっていく。
「ふう……」
「こ、怖かったあ……」
思わず胸に手を当てて安堵する二人。
お互いの方を向き、目が合うとクスリと笑い合う。
だがもちろんこれで終わったわけではない。
これはむしろ序章、ただの前座にすぎない。
安堵する二人をあざ笑うかのようにマシンは再び加速し車速を上げていく。
スピードが上がったところで待ち構えるのは宙返り。
「ぎゃああああああああああああっ!!」
「もうやだあああ!! 降ろしてえええええええっ!!」
上も下も、右も左も、前も後ろももはやもうどうなっているのか分からない。
体に感じるの恐怖を繋がれた手から伝わる相手の感触のみを支えにして何とか振り払おうと努力する。
その一方で
「いやっほおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「さいっっっっこおーっ!!」
後ろの二人からはこのスリルを満喫している声が響いて来る。
もっとも怜も桜彩もそんな声に耳を傾ける余裕はこれっぽっちも無かったわけだが。
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