第273話 腕を組もう

 開場時刻まであと五分程度。

 しばらく手を繋ぐ二人を眺めていた蕾華が良いことを思いついた、というように目を光らせた。


「ねえサーヤ。カップルっだって言うんなら、せっかくならもっと別の手の繋ぎ方をしようよ」


「え? 別の繋ぎ方?」


 蕾華の言葉に首を傾げてオウム返しに問いかける桜彩。

 怜も気になったのか蕾華の方へと顔を向ける。

 そんな二人に蕾華はニヤニヤとした表情を向けて


「うん。ほら、せっかくカップルだって言うんならさ、いつもとは別の手の繋ぎ方をしても良いでしょ?」


 と説得する。


「あ、う、うん。確かにそうだね」


「まあ一理あるか」


 蕾華の説明に納得して首を縦に振る怜と桜彩。


(……まあ、普通はカップルでもないのに年頃の異性と普通に手を繋ぐとかありえないんだけど)


(……だよなあ。手を繋いでる時点でもうカップル確定なんだよなあ)


 そんなことを思う蕾華と陸翔。

 まあこの恋愛音痴である親友二人にはその程度の説明で何とか丸め込めたので良しとする。


「それで、どうするの?」


「うん。まずはアタシが実際にやってみるね。それじゃありっくん」


「ああ」


 陸翔が右腕を差し出すと、それに蕾華が自らの腕を搦める。

 手を繋ぐというよりは腕組みだ。

 そしてそのまま体を陸翔の方へと預けていく。


「ほらほら、こんな感じ。サーヤ、れーくんにやってみて!」


 そうお手本を見せながら桜彩に同じようにするように勧める。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「え……ええっ!?」


 これには桜彩もさすがに驚いたようだ。

 怜の方も言葉には出さないが驚きの表情で二人を見つめる。


(こ……これはさすがに……)


(て……ていうか、これはカップルはカップルでもバカップルじゃないのか?)


 さすがに人前でここまで仲良さそうにするのは抵抗がある。

 むしろこの親友二人は何故恥ずかしいと思わないのか。


「ほら、れーくん。サーヤに腕を差し出して!」


「い、いや……さすがに恥ずかしいっていうか」


 すると蕾華が両頬をぷくっと膨らませる。

 隣の陸翔も文句のありそうな表情で怜を見る。


「なに? れーくん、サーヤと腕を組むのが恥ずかしいの?」


「おいおい怜。何馬鹿な事言ってんだよ」


「え!?」


 蕾華と陸翔の指摘に桜彩が驚きの声を上げる。

 そして不安そうな表情で怜を見つめてくる。


「あ、あの……怜は私と腕を組むのって……嫌……?」


 その視線を受けて怜は顔を真っ赤にして口ごもる。

 むろん、桜彩と腕を組むのが嫌というわけではない。

 嫌だと言ったのは桜彩と腕を組むことではなく、このような人込みでは恥ずかしいというだけのことだ。

 もちろん蕾華も陸翔も当然それは分かってはいるのだが、これ幸いと桜彩を煽るネタとして利用する。

 このような場合、怜を理屈や屁理屈で納得させるよりも、桜彩を暴走させて怜に断れないようにお願いさせる方が手っ取り早いということをこれまでの経験で充分すぎるほどに学んでいる。


「怜…………」


 親とはぐれて迷子になってしまった小さな子供を思い起こさせる不安げな表情。

 もうこうなっては怜の答えは蕾華と陸翔が誘導した一つだけ。


「嫌なんてことはないって」


 そうい言ってそっと右腕を差し出すと、それを見て桜彩の不安そうな表情がぱあっと和らぐ。

 そしてゆっくりと自分の腕を差し出して怜の腕へと絡めた。


「えへ……えへへ…………」


「ふふっ……」


 搦めた腕を見ながらにへらっと表情を緩ませる桜彩。

 そんな桜彩を見て怜の表情も緩む。

 いつもとは違う繋ぎ方。

 しかしなぜかこれがしっくりくる。

 視線を繋いだ腕から桜彩の方へと向けると、その緩んだ顔のまま桜彩がこちらを見上げて微笑んでくれる。

 それに対して怜も微笑を返すと、自分の手に絡む桜彩の手の力が少しばかり強くなったように感じる。

 二人を見る陸翔と蕾華の顔にも微笑ましい笑みが浮かんでいるが、蕾華の攻勢はまだ終わらない。


「ほらサーヤ。まだ終わりじゃないでしょ? もっとれーくんの方にくっついて!」


 言いながら桜彩の体を怜の方へと蕾華が押す。

 それに伴いより怜の体に桜彩が密着することとなる。


「ほらほら! もっとれーくんに抱きつくようにさ!」


「え、う、うん……。怜、大丈夫?」


「ああ、大丈夫だって……」


 照れて顔を真っ赤にしながら答える怜。

 というか、先ほど腕を組まれた時点で感じていた桜彩の柔らかな感触がよりダイレクトに伝わってくる。

 年頃の男として嬉しいという気持ちはもちろんあるのだが、とはいえそれを隠すので精いっぱいだ。


「ふふっ。怜、顔真っ赤」


 もっとも桜彩の方も、怜の顔が真っ赤になっている理由については自らの胸のふくらみだという認識は一切なく、単に腕を組まれて照れているだけだと勘違いしているようだ。

 もちろん訂正すると再び桜彩が暴走し面倒になることは間違いないので、そのつもりは一切ない。


「っていうかさ、顔が赤いのは桜彩の方もだぞ」


「えっ、そ、そうかな……。う、うん、そうかも……」


 納得したように頷く桜彩。

 照れていないわけもなくもちろん恥ずかしいという思いも持っているようだ。


「だけどさ、これ、今みたいに立ってるだけなら良いんだけど歩くとなると辛くないか?」


「あ、そ、そうかも……」


 立っている間はこうして桜彩に寄りかかられても問題は無いのだが、このままではさすがに歩きにくい。

 さすがに歩くときは先ほどのように普通に手を繋いだ方が良さそうだ。


「でもさ、まだ開場時刻まで少しあるよね。その間はこうしていても良いかな……?」


「ああ、もちろん」


「ふふふっ。これが、カップルの気分ってやつなのかな?」


「そうかもしれないな。陸翔、蕾華、どう思う?」


 先ほど『カップルのように楽しむ』ことを決意したのだが、これもカップルの楽しみ方の一つなのだろう。

 そう思って本物のカップルである親友二人に問いかける。


「そうだな。カップルみたい見えるって」


「うん。めっちゃカップルしてるよ、二人共」


「ふふっ、ありがと」


「良かったな、桜彩」


「うん!」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 カップルとして楽しめているとのお墨付きを貰え、顔を合わせて嬉しがる二人。

 そんな二人を親友二人は


「…………うん。いつも通り恋人同士だよね」


「…………いや、いつも以上じゃねえか?」


 そう嬉しく思いながらも半ば呆れながら眺めている。


「まあとにかくこうやって二人をもっと意識させていかないとね!」


「そうだな。…………普通はここまでやれば意識するどころかもう完全に恋人同士なんだけど」


「それは言いっこなしだって」


 ため息を吐く二人。

 加えて周囲を見回すと、家族連れや他のカップルが微笑ましそうに怜と桜彩のことを眺めている。

 例えば大学生ほどのカップルが


「なあ、見てみろあの二人。付き合い始めの恋人同士かな?」


「腕なんて組んじゃってかーわいい!」


 とか。

 子供連れの身なりの良い中年夫婦が


「楽しそうねえ、あなた」


「そうだなあ。俺達にもあんな感じの時があったよなあ」


「あらそうでした? もっと抑えていたように覚えていますけど」


 とか。

 他にも二人を指差してクスクスと笑っている四人組の女性客や、妬ましい視線を向けている男性客達など。

 本人達はそれに全く気が付かずに自分達の世界に入ってしまっているが。


「てかさあ、アタシ達、れーくんにバカップルとかよく言われてたけどさ、やっぱりれーくんの方がバカップルの素質あるよね」


「同感。あいつ、オレ達のことを周囲の目の毒とか言ってたけどよ、今の二人の方が目に毒だろ」


「むしろアタシ達の方見てる人なんていないしね」


「なんかオレまで恥ずかしくなってきた」


 と親友二人は怜と桜彩の中の良さを嬉しく思いつつも、呆れながらため息を吐いた。



【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

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