第272話 カップルとして楽しもう

「つうかさ、普通に声を掛けるべきだと思うんだよ」


 四人でコーヒーを飲んでいる最中、怜が親友二人に対して先ほど声を掛けずに覗いていたことに対しての愚痴を言う。

 隣の桜彩もまだ顔を赤くしており、先ほどのやり取りを見られたことがまだ恥ずかしそうだ。


「よし分かった! それじゃあやり直すね! 行こっ、りっくん!」


「そうだな。オレ達も怜に誕生日おめでとうって言うタイミング逃しちゃったしな」


「うん! それじゃあれーくん、サーヤ! 登場シーンからやり直すね! テイクツ―、スタート!」


 別にやらなくても良い、という台詞を怜が言う前に蕾華と陸翔は共に玄関の方へと向かって行く。

 それから数秒後、怜の部屋のインターフォンが鳴った。


『あ、れーくん。今来たよーっ!』


 受話器を取るとそこから聞こえてくるのは当然ながら蕾華の声。


「ああ、玄関は開いているから入って来てくれ」


『うん、分かった!』


 そして通話が切れた瞬間、玄関のドアが開く音がして数秒後に蕾華と陸翔がリビングへと入ってくる。


「れーくん、ハピバーッ!!」


「ハッピーバースデーッ!!」


 親友二人が満面の笑みを浮かべ、ハイテンションのまま開口一番にそう声を上げる。


「おはよう、二人共。ありがとな」


「おはようございます」


 既に怜の部屋にいた桜彩も怜と共に朝の挨拶を二人に返す。


(…………何だこの茶番)


 親友二人が自分達のことを隠れて眺めていたことに文句を言ったら、なぜか登場シーンからやり直すこととなってしまった。

 そんなことをしても二人、特に桜彩の方の恥ずかしさは消えないのだが。

 まあ怜としても誕生日を祝ってくれるのは嬉しい。

 別にやり直す必要は無かったとは思うが。

 先ほどの登場シーンを無かったことにして親友二人が改めて怜の部屋を訪れる。

 そんな茶番をしている内に、時計を見るとそろそろ出発しても良い時間になっていた。


「さあさあさあさあ、準備は良いよね!?」


 身を乗り出してそう問いかけてくる蕾華に対し、気を取り直して怜と桜彩は頷きを返す。


「そりゃもちろん。すぐにでも出られるぞ」


「うんっ。私も大丈夫だよ」


 蕾華の言葉に二人で頷く。

 すると蕾華もうんうんと頷いて


「よーし、それじゃあダブルデートにしゅっぱーつ!!」


 そう右手を握って天高くに掲げた。


「しゅっぱーつっ!!」


 当然陸翔もそれに同調して右拳を高く掲げて怜の部屋を出る。


「それじゃあ行こうか」


「うんっ!」


 超ハイテンションではしゃぐ蕾華と陸翔に続いて怜と桜彩も玄関を出る。


「それじゃあ桜彩」


「うん」


 怜が右手を差し出すと、桜彩がはにかみながらそっと左手を重ねてくれる。

 いつも通り、手を繋いで通路を歩いて行く。

 当然ながら二人の顔には笑みが浮かび、少し前を歩いている陸翔と蕾華も振り返ってにっこりと微笑む。

 怜の誕生日を口実とした初のダブルデート。

 バーベキューをはじめとしてこれまでに四人で集まることは何度かあったのだが、最初からダブルデートと銘打っての行動はこれが初めてだ。

 ここ数年、何度もダブルデートを誘ってきた陸翔と蕾華としては夢にまで見た怜(と桜彩)とのダブルデートということなのだろう。

 よって怜の知る限り、これまでで最高とも言えるハイテンションとなっている。

 もちろん怜と桜彩もテンションは高い。

 二人の登場により出鼻をくじかれた感はあったのだが、とりあえずもういつも通りの空気へと戻っている。

 そのまま四人で公共交通機関を乗り継いで、ついにキサラギパークへと辿り着いた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「うわあ……ここがキサラギパークかあ……!」


 キサラギパーク前、というその名の通りのバス停にてバスを降りる。

 やはりというか、バス車内の乗客は怜達と同じくここで降りる者が大半だ。


「パパ、ママ! 早く早くーっ!」


「今日はいーっぱい楽しもうね!」


 バスから降りて一息つく怜達の横を、早く行こうと両親の手を引いて行く子供やデートで訪れたカップル等、様々な人がパークを目指し歩いて(走って)行く。

 彼らの目指す先を見ると、キサラギパークのシンボルである城が奥に聳え立っているのが目に映る。

 少し視線を動かせば巨大なジェットコースターのレール。

 日本屈指のコースターを誇る、このパークのメインアトラクションだ。


「凄い人の数……。私、こういった場所はあんまり詳しくないんだけど、それでもこんなに人がいるとは思わなかったよ……」


 早速目を輝かせていた桜彩だが、次第に別の意味での驚きが押し寄せてくる。

 開場時間直前にたどり着いたのだが、土曜日ということもあってか既に正門前には人が列を作っていた。

 呆気にとられたように呟いている。


「でもまあガラッガラの遊園地ってのもそれはそれで寂しくない?」


「だな。まあ込みすぎるのはオレも嫌だけど」


 蕾華と陸翔が桜彩の言葉にツッコミを入れる。

 もちろん込みすぎているのは嫌なのだが、遊園地の楽しさはある意味この人込みも関係しているというのは間違ってはいないだろう。


「でもあの列に並ばないといけないんだよね……」


 入場待機列を眺めながら桜彩が呟く。

 しかし今日に限ってはその心配は必要ない。


「いや、あれは通常の待機列だな。俺達はあっち側だ」


 そう言って怜が指差す先には多少なりとも列は出来ているものの、それでも今しがた目にした列よりは遥かに短い。

 これならばすぐに入場することが可能だろう。


「え、そうなの? じゃああっちの列は何?」


「ああ、あれは一般の入場待機列みたいだな。だけどさ、俺達にはこれがあるから」


 そう言って、怜がバッグからパスケースを取り出す。

 そこに入っているのはシスターズから貰ったこの遊園地の優先券。

 入場ゲートも通常とは違い専用ゲートからの入場が可能となっている。


「そうなんだ。ふふっ、美玖さんと葉月に感謝だね」


「そうだな。本当に良い物を貰ったよ」


 そう言ってにっこりと笑い合う。

 入場するだけでも時間が掛かるこのパークの優先券。

 これがあるだけでずいぶんと効率よく回ることが出来るだろう。


「それじゃあさっそく列の方に行こうぜ!」


「うんっ! れーくん、サーヤ! 早く早く!」


 そう言ってせかすように陸翔と蕾華が優先待機列の方へと足を向ける。

 怜と桜彩もそれに異論が無い為、二人に続いて列の方へと向かって行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ほどなくして待機列の最後尾に並び一息つく。

 通常の入場待機列に比べてこちらは遥かに並んでいる者が少ない。

 これならばすぐには入れるだろう。

「ねえ、怜……」


 ひとまず列の後ろについて周囲をきょろきょろと見回していた桜彩がおずおずと問いかけてくる。


「どうかしたのか?」


「えっと、うん……。さっきも言ったけど、私ってこういった所は詳しくなくて……。その、周りもカップルばかりだよね……」


 驚きの声を上げる桜彩の言葉に怜も周囲を見回してみれば、確かに男女のカップルが多いように思える。


「まあ、そうだな」


「やっぱりこういった所ってカップルで来るのが定番なのかな……?」


「だろうな。もちろんカップルで来なきゃいけないってわけじゃないし、友達同士や家族連れも多いけど。でも遊園地でデートってのはある意味定番だし」


 もちろん怜の言う通り小さな子供を連れた家族連れや同性の友人同士とみられるグループも多数存在するのだが、やはりカップル率は高いだろう。

 とはいえそれは別に驚くことでも無い。


「それにさ、今の俺達だって、周りから見ればそっち側って思われてるだろうし」


「え? あ、う、うん……。そ、そうだよね……。こ、恋人同士って思われてるかもね……」


「ま、まあな……。男女二組ずつだしな……」


「そ、そうだよね……。っていうか、私達、今日はここにダブルデートしに来たんだもんね……!」


「ま、まあ郷に入っては郷に従え。お、俺達も今日はさ、最初から、その、カップルみたいにた、楽しんでみるか……?」


「う、うん、そ、そうだよね……! う、うん! わ、私達もか、カップルとして、で、デートしよっか!」


 せっかくのダブルデートだ。

 ならば充分に満喫しようと二人で新たに決意をする。


「それじゃあまずは、はい」


「うん……」


 そう言って怜がそっと右手を差し出すと、おずおずと桜彩がそこに自らの左手を重ねる。

 そして赤く染まった顔を合わせて微笑み合った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんな二人の会話を真後ろで聞いている親友二人。


「…………カップルみたいに楽しむだって」


「…………それ、つまりはいつも通りってことじゃね?」


「だよね。今更だよね」


「今更だよなあ。本人達に自覚が無いの含めて」


 第三者から見れば、普段の怜と桜彩の行動はそこらのカップルよりもよほどカップルらしい。

 親友二人は何を今更、というような視線で見つめていた。

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