第271話 ダブルデート開始前の一コマ
「それじゃあ怜。私もう着替えてきちゃうね」
怜の十七歳の誕生日、つまり遊園地でのダブルデートの当日の朝、二人はいつも通りの時間に起きていつも通りにジョギングをして、いつも通りに朝食を食べて、いつも通りに朝食の片付けを終える。
いつもとは違うのはその後、普段なら怜の部屋で一緒に勉強したり動画を観たりするのだが、今日に限っては桜彩が一度自室へと戻ろうとする。
さすがにダブルデートということもあって、それなりに準備が必要ということか。
「あれ、もうか?」
とはいえ怜が時計を確認すると、陸翔と蕾華がこちらを訪れるまであと一時間ほどある。
女性の支度に時間が掛かることは充分に理解しているが、それでもこれでは早すぎではないだろうか。
「うん。ほら、もしなにかトラブルとかあったら嫌だからさ。だからもう準備しちゃって、二人が来るまでは怜の部屋でゆっくり過ごそうかなって。ダメ……?」
顔の前で両手を合わせて上目遣いで問いかける桜彩。
当然怜の返事は決まっている。
「駄目なわけないって。そうだな。それじゃあ俺も準備しちゃうか」
「うん。終わったらすぐにまたこっちに来るからね」
「分かった。鍵は開けておくからそのまま入って来てくれ」
「うんっ」
「ああ、その後も鍵は閉めないでも良いから」
親友二人もその後でここを訪れる予定なので、わざわざ鍵を掛ける必要は無いだろう。
「分かった。すぐに戻るから。それじゃあね、怜」
そう言って桜彩が一度自室へと戻っていく。
怜の方も陸翔と蕾華に玄関のカギは開いているとメッセージを送った後で外出の準備を整える。
といっても事前にある程度の準備は出来ている為さほど時間は掛からない。
アイボリーのスラックスと白のシャツ、それに薄手のジャケットという派手ではないが清潔感のある服装。
昨日の内にアイロンがけまで終わらせたそれを着用し、後は小物を入れたボディバッグを持てばすぐにでも出発出来る。
そして当然胸元には初デートの時に贈り合ったネックレス。
普段の学生生活では他の人にバレないように服の中に隠して着用しているそれだが、今日は大手を振って着用出来る。
一通り準備を終えて桜彩を待っていると、玄関の開く音がしてそれから数秒後に桜彩がリビングへと現れた。
ドクン
その姿を見た怜の心臓が大きく跳ねる。
「え、えっと…………怜、その、どう、かな…………?」
初デートの時と同じくおずおずと、それでいて期待に満ちた目を向けて上目遣いで聞いてくる。
「こ、この格好、へ、変じゃない、かな…………?」
そう返事をする桜彩は白のワンピースに同じく白のアウターを羽織っている。
当然ながら部屋着ではなく完全にお出かけ、デート用のコーディネートだ。
ダブルデートを意識してか蕾華に相談したと言っていたが、蕾華を褒め称えたい気持ちでいっぱいだ。
当然桜彩の胸元にも初デートの時に贈り合ったネックレスがキラリと光っている。
いや、予想はしていた。
初デートの時も桜彩はとても素敵なコーディネートに身を包んでいた。
おそらく今回もそういった感じで来るのだろうとは思っていたのだが、こうして目の当たりにするとその姿に目を奪われる。
「うん……。凄く、素敵だと思う……」
「う、うん……。あ、ありがとね……」
怜の言葉に頬を赤く染めて照れる桜彩。
そんな姿に怜も顔もさらに赤くなる。
「れ、怜にそう言ってもらえて凄く嬉しい……」
「ほ、本当に素敵だと思う。もちろん普段の桜彩も、その、素敵だと思うけど、でも今の桜彩は普段とは違う魅力っていうか。初デートの時とはまた違った新しい桜彩の魅力を見つけることが出来たっていうか……」
考えるでもなく口から素直な感想が漏れてしまう。
その一言一言に桜彩は嬉しそうに微笑を浮かべる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ふふっ。怜に褒められちゃったっ! いつも私のことを褒めてくれるけど、でもやっぱり凄く嬉しい。頑張って良かったあ……)
先日、蕾華と一緒に時間を掛けて選んだかいがあったというものだ。
後日お礼にケーキでもおごってあげても良いかもしれない。
「うん……。ありがとうね、怜……。それに怜も素敵だよ。」
「え……そ、そうかな……? 大したものじゃないと思うんだけど……」
「うん。本当に素敵だって」
「あ、ありがと……」
(ふふっ。照れる怜も本当に可愛いんだよね)
頬を掻きながら照れる怜の姿を見て、先ほど褒められた時とは別の笑みが桜彩の顔に浮かぶ。
普段は見せないそんな姿を自分に見せてくれることが嬉しくてクスッと笑みが浮かんでしまう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(素敵、か……。桜彩にそう言われるのはやっぱり嬉しいな……)
とはいえあくまでも清潔感を重視した、決して地味とまではいわないが桜彩のような華やかな服装ではないと思うのだが。
そんな怜の考えていることが分かったのか、桜彩はクスッと笑って
「うん。とっても素敵。確かに派手なんかじゃないけど、でもむしろ普段の落ち着いた怜に良く似合ってるっていうか。うん。とっても素敵だからね」
「そ、そっか。あ、ありがと……」
「うん……」
互いに照れて顔を真っ赤にしたまま視線を逸らす。
そして再びお互いの顔を見て、一拍置いて二人の顔に笑みが浮かぶ。
「ふふっ。ダブルデート、楽しみだね」
「ああ。楽しみだな」
そんなことを言いながら時計を見ると、陸翔と蕾華が訪れる予定時刻の三十分前。
さすがにまだ来ないだろうな、と思いながら玄関の方向、つまるところリビングの内扉へと視線を向けるとそこには怜と桜彩の良く見知った美男美女の二人組。
両者共にこちらの方へとスマホを向けている。
「って二人共、来てたのか!?」
「え……ええっ!?」
慌てて怜がそう声を上げると、そこで桜彩も二人の存在に気が付いたのかその表情が驚きに染まる。
「ふ、二人共、い、いつから……?」
「あ、気にしないで。それより続きをどうぞ」
混乱する怜に対しニヤニヤとしながらあっけらかんと言い放つ蕾華。
その言葉に先ほどまでとは別の意味で怜と桜彩の顔が赤くなる。
「……いったいいつからここにいた?」
「え? エレベーターがこの階に到着して出た瞬間、サーヤがれーくんの部屋に入っていくのが見えたんだけど」
「そうそう。それに怜から部屋の鍵が開いてるってメッセ入ってたから、オレ達もそのまま入って来た」
「…………」
それはつまり、桜彩がこの部屋に入ってからほとんどずっと見ていたということではないのだろうか。
というか、約束の時間まであと三十分もある。
いくらなんでも到着するのが早すぎるだろう。
せめて十五分程度前なら分かるのだが。
「…………エントランスは?」
「あ、ちょうどアパートの住人が出るところだったからそれに便乗して入って来た」
「タイミング良かったよねー。うんうん、おかげで二人の褒め合う姿も見ることが出来たし満足満足」
ニコニコ、いや、ニマニマとした笑みを浮かべながら蕾華が頷く。
アパートのエントランスの扉は常時施錠されており、アパートの各部屋の鍵か各部屋に付いているモニター付きのインターホンで解錠操作をするしかない。
しかしちょうど他の住人が出入りするのであればそれに乗じて入ることが出来る。
というか、瑠華にしろ葉月にしろ、ここ最近はそうやって入ってくることが多すぎだろう。
もう少しセキュリティーはなんとかならないものだろうか。
ニヤニヤとする親友二人とは対照的に、怜も桜彩も顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「さて、それじゃあ続きをどうぞ。あ、アタシ達は気にしないで良いからね。背景みたいなもんだと思って」
再びスマホを構えながら続きを促してくる蕾華。
「続きって何だあ!」
「まあまあそう大声出すなって」
「うぅ……」
桜彩の方も両手で顔を覆ってうめき声しか出てこない。
とりあえずこの場を収集する為に、ひとまず怜はコーヒーを淹れにキッチンへと向かった。
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