第270話 ダブルデートの裏話

 桜彩からダイエットについて相談を受けた翌日の昼のこと。

 美玖から話があるので陸翔と都合のつく時間を教えてくれとメッセージのあった蕾華は、自室で陸翔と共に美玖からの連絡を待っていた。


『あ、もしもし蕾華ちゃん?』


「はい。りっくんもこっちにいますよ」


『そう。こっちも葉月がここにいるわ』


『久しぶりね、二人共』


 通話口の向こうから美玖だけではなく葉月の声も響いて来る。

 当然だが葉月が陸翔と蕾華の二人と顔見知りであることは美玖も聞いている。


「お久しぶりです、葉月さん」


「お久しぶりでーす」


 フランクに返答する蕾華と陸翔。

 そんな二人に美玖と葉月は電話口の向こうでゆっくりと頷いてから本題を切り出す。


『それで、早速聞きたいんだけど、最近の二人はどう?』


「良い意味でも悪い意味でもいつも通りっすね」


「はい。もう早く付き合ってくれって感じなんですけど。ていうか、何で付き合ってないんだって感じなんですけど。相変わらず」


『他に変わったことはなかった?』


「そうですね。テストに関してはいつも通りれーくんが学年トップ。それにサーヤが二位でした」


 その報告にシスターズがうんうんと頷く。

 恋愛事情も気になるが、それはそれとして勉学の方も順調ということで何よりだ。


「あ、それとテスト後に怜が後輩に告られてましたよ」


『そうなの。でもそれこそいつも通りじゃないの?』


 陸翔の報告に対して美玖は特に驚くこともなく答えてくる。

 そもそも美玖は自分の弟がモテることも、昨年度も何回も告白を受けたことは知っていることだ。

 確かにそれだけでは今更目新しいことではないだろう。

 その反応に陸翔は少し苦笑して


「いや、それが相手の方がいつもとは違ったんですよね。ちゃんと怜のことを好きになってたっていうか……」


 やれ顔が良い、頭が良い、等と外面のスペックだけを見て好きになった相手ではない。

 怜の内面を知った上で好きになった相手ということだ。


『そうなのね。でも怜は断ったんでしょ?』


 当然よね、と言った感じで美玖が聞いてくる。

 何しろあれだけ仲の良い桜彩がいるのだ。

 本人達が気が付いていないとはいえ、二人は完全に両想い。

 それゆえに怜が告白を受け入れるということはまずありえないと断言される。


「そうなんですけどね。まあそれで怜もさやっちも多少なりとも思うところがあったみたいで」


「サーヤ、れーくんが告白されるって知ってから、ずっと心配そうにしてましたからね。それでれーくんが告白を断ったって知ったら凄く嬉しそうでした」


『なるほどねえ。危機感ってことかしらね』


 二人の説明に電話の向こうで葉月が考え込んでいるようだ。


『あ、ちなみに桜彩ちゃんの方は告白とかされたりしてないの?』


 美玖がそう疑問を伝えてくる。

 それも当然と言えば当然だろう。

 陸翔と蕾華から見てもなにしろあれだけの美少女だ。

 とっつきにくいとはいえ、ダメ元で告白して来る男子の一人や二人いてもおかしくないと思われるのは当然だ。


「オレの知る限りそう言うのは無いですね」


「まあそういうことをしようとする相手にはアタシが牽制入れてるんで安心して下さい」


 実際にその外見から桜彩に気があるようなことを言っている男子がいると耳にすることもある。

 とはいえそう言った相手が桜彩に近づこうとするのを蕾華も陸翔も出来る限り自然に阻止していた。


『そうなの、ありがとうね』


 蕾華の返答に電話口から葉月の安心した声が聞こえてくる。

 なにしろ桜彩はトラウマもあり人付き合いがあまり上手ではない。

 そんな桜彩が上手に告白を断ることが出来るのか姉としてはハラハラとしていたのだろう。


『まあ話を戻すと、あの二人は相変わらず仲は良いけれど付き合うまでには至ってないってことよね』


「はい。美玖さんの言う通りですね。いや、繰り返し言いますけどもう完全に付き合ってるようなもんなんですけど」


「っすね。恋人以上に仲良いんですけど、でも恋人同士になる為になぜかデカい壁があるんですよね」


『はあ……。何でなのかしらねえ』


『ホントにねえ……』


 電話口の向こうで呆れるシスターズ。

 まあ呆れているのは陸翔と蕾華もそうなのだが。


『……あっ、そうだ。二人共、来週の土曜日の予定はもう立ててるの?』


 しばしの沈黙の後、美玖からそう問いかけが来る。

 来週の土曜日と言えば、言わずもがな怜の誕生日だ。


「いや、まだですよ。怜の誕生日ってことで、まあさやっちを含めて四人で遊ぼうとは思ってますけど」


「はい。あ、サーヤにはもうれーくんの誕生日だってことだけは伝えてありますよ」


 何しろ桜彩は怜から誕生日プレゼントにエプロンを貰っている。

 怜としては気にしないだろうが、もしプレゼントのお返しが出来なかったら桜彩としては大いに気にするだろう。

 そう考えて少し前に蕾華が桜彩へと伝えたのだ。


『ふむ……。そうね、それじゃあ二人共、その日にダブルデートするように仕向けてもらえるかしら?』


「ダブルデート?」


『ええ。せっかくだから非日常的なイベントとして二人をもっと意識させてほしいのよ』


「それはアタシ達もそうしたいって思ってますけど……」


 むしろ日頃からそう思って色々と行動している。

 一応、二人共多少なりとも意識は変わって入るのだが、それでも決定打に大きく欠けている。

 恋人同士というステップに進まないまま、更にイチャイチャとしているだけだ。


『ええ。だからね、遊園地にでも行ってこない? キサラギパークあたりの』


「えっ?」


 美玖からの提案に驚く蕾華。

 確かに遊園地であれば普段とは大きく違った体験をすることが出来るだろう。

 アトラクションも含めて二人を接近させることも。

 とはいえそれには一つ問題がある。


「でも、土曜日のキサラギパークって激込みですよね?」


「そうそう。ジェットコースターとか数時間待ちが当たり前って聞いたことありますよ」


 陸翔も蕾華もキサラギパークへは訪れたことがないが、その程度は知っている。

 昨年のクラスメイトにもキサラギパークでデートしようとして待ち時間の長さで大失敗という話をしていた者がいた。

 そんな二人の反応を予想していたのか、電話口から美玖の勝ち誇った声が聞こえてくる。


『そこは気にしないで良いわよ。優先券なら大して時間はかからないから』


 確かに優先券ならば列を後回しにして(他に優先券を持っている人は別だが)各種アトラクションを優先的に楽しむことが出来る。

 しかしそれはそれで大問題がある。

 なにしろ人気遊園地の優先券ともなれば、かなりの金額が必要だ。

 そんなことを考えていると、更に美玖が続きを告げてくる。


『ああ、チケットのことは気にしないで良いわ。ちゃんとこっちで準備するから。もちろん四人分ね』


「「ええっ!?」」


 美玖の提案に驚く二人。

 キサラギパークの優先券、それも自分達の分までも。


「そ、そんな、受け取れないですよ」


「そ、そうっすよ。怜やさやっちの分は良いにしてもさすがにオレ達の分まで……」


 弟妹へのプレゼントならば問題は無い。

 しかしいくら仲の良い相手とはいえ、陸翔と蕾華は美玖と葉月とは他人であり、そのような高額な物を貰うわけにはいかない。

 そんな二人の態度に電話口の向こうのシスターズは苦笑して


『本当に気にしないで良いわ。だってこれは怜と桜彩ちゃんの為の物なんだから』


『ええそうね。これはあくまでも私達の妹と弟をくっつける為。あなた達にチケットを贈るのは、その必要経費だと思ってちょうだい』


「で、でも……」


『それにね、よく考えてみて。あの二人だけで遊園地に行ったところで、関係が変わると思う?』


「そ、それは……」


「まあワンチャン変わるかもしれないっすけど、多分……」


 蕾華と陸翔が言葉に詰まる。

 これまでの親友二人のことを考えて見ると、単に普通に楽しんで終わりそうだ。

 いや、正確に考えるならば、単に普通にイチャイチャとしながら終わりそうだ。

 おそらく二人共無意識に恋人同然のスキンシップをするのは目に見えている。

 そして、決して恋愛のステップを進まないことも。


『だからね、二人の恋をサポートしてあげて欲しいのよ』


『ええ。なんでこれは私達からあなた達へのお願いね。二人共、あの二人と一緒に遊園地に行ってサポートしてくれないかしら?』


「…………はい、わかりました。ありがとうございます」


「ええ。そう言われちゃあ断れないっすよ。ありがとうございます」


 シスターズの説得についに蕾華と陸翔は首を縦に振る。

 もちろんこの二人の言っていることは嘘ではないのだろうが、それでも陸翔と蕾華にも楽しんでほしいと思ってくれていることは良く分かる。


『お礼を言うのはこっちなんだけどね。それじゃあチケットの方はこっちで手配しとくから』


『ええ。それじゃあよろしくね。あ、そうそう。あの二人について、もっと聞かせてくれる?』


 ひとまず遊園地の件はこれでひとまず終了となり、後はあの二人の近況報告だ。

 怜が桜彩にぬいぐるみを作ってプレゼントしたとか、桜彩が太ったと大騒ぎした挙句、それが体重計が壊れているだけだったとか。

 そんな雑談をしながら四人の時間は過ぎて行った。

 つまるところ、陸翔と蕾華にはあらかじめ話が通っていたということである。

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