第264話 怜と奏③ ~奏からの問いかけ~

(え……………………)


『ウチ、きょーかんのことが、好き』


 その予想外の言葉を聞いた怜が固まってしまう。

 もちろん『好き』という言葉には大きく分けて二つの『好き』が存在する。

 親友や友人、家族として、親愛としての『好き』。

 もう一つは異性として、恋愛としての『好き』。

 そして、今このシチュエーションにて奏の口から語られた『好き』がどちらの意味であるかは想像に難しくない。


『光瀬怜先輩。――好きです、異性として。私とお付き合いして下さい』


 先日、美都にそう告白された時は、その前からなんとなくそうされるであろうことは予想はしていた。

 しかし今、奏の口からそれを聞かされるというのは完全に予想外だ。

 これまで怜は、奏と出会ってからこれまでずっと友人として付き合ってきた。

 そんな友人からの予想外の告白に戸惑ってしまう。


「やっぱ分かって無かったよね。ウチがきょーかんのこと好きだって」


「あ、ああ……」


 それしか言葉が出てこない。

 なにしろ怜は蕾華曰く『友達としては最高、結婚相手としては優良物件だけど今時の女子高生の彼氏としては刺激が足りない』との評価であり、多少自惚れかもしれないが自分自身でもそれを自覚している。

 怜と仲の良い女子、特に家庭科部の皆についてもそれを良く分かっており、価値観の違いから怜のことを異性として魅力的だとは認識してはいても、彼女になりたいと思う者は少ない。

 唯一の例外は怜と同じような価値観を持っている美都だけだ。

 そう思っていた。

 そんなわけで、怜としても奏が自分のことを好きだとは夢にも思っていなかった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



(まあ、そうだよね……)


 予想外の告白を受け戸惑う怜を見て奏が苦笑を浮かべる。


「最初はさ、ふつーに友達としてだったんよ」


 最初は蕾華友達の親友として。

 それから徐々に絡むことが多くなり、友達として好きになっていった。

 話したり、遊んだり、部活をしたり、からかったり。

 性別の違いなど感じずに、そうやって一緒に過ごすことが楽しかった。


「でもさ、去年の文化祭の時、それが変わったんだ」


 大の男四人に絡まれた時、側にいた男子の中で怜だけが助けに来てくれた。

 かつて自分に告白してきた男子はわが身の可愛さからか見ているだけにすぎなかった。

 そんな中、怜だけが自分の危険を顧みずに、ひるむことなく四人を相手にかばってくれた。


「それがきっかけ。それからきょーかんと接していくうちに、どんどん好きになっていった」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「…………」


「でもさ、その時点できょーかんがウチに対して女としてきょーみが無いってことも分かってた」


 奏の言う通りだ。

 怜としても奏のことは好きではある。

 だがそれはあくまでも友人として。

 異性としてということではない。

 怜としても当然ながら、奏が同年代の女子だということは理解してはいる。

 それもかなり美人の。

 しかし決してそれだけで恋愛感情が生まれるわけではない。

 むろん奏は美人だし、その仕草にドキッとさせられることはある。

 だがそれでも奏に向ける想いはあくまでも友人として。

 それ以上の感情は持っていない、とまでは言いきれないが、少なくとも自覚はしていない。


「それでさ、それ以来少しでもきょーかんに意識してもらえるようにちょっとずつアピってたんだ。後ろから抱き着いたり胸を当てたり、ちょっとでもウチのことを女として意識してもらえるように」


 言われて怜もそれに気が付く。

 文化祭以降、抱きつかれたり胸を当てられたり、誘惑に近いことをされたことが多くなった。

 そして、言われてみれば誰にでもノリが良い奏が怜以外の男子に対してそれをやっている所は見たことがない。


「ちょっとずつ意識させてやろうって。幸いウチは家庭科部で絡む機会も多かったし、それ以外でもきょーかんの親友の蕾華とも仲良かったからクラスが別でも色々と絡む機会は多く作れたしね。あ、でも一応言っとくけど蕾華のことはふつーに友達として好きだかんね」


「まあ、それは疑ってはいない」


 奏の性格上、蕾華をそのように都合よく使うということはないだろう。

 あくまでも蕾華とは仲の良い友人であり、その流れで怜と絡む機会を増やしていったということだ。

 そんな怜の返答を聞いて奏はふふっ、と笑って話を続ける。


「それでさ、徐々にきょーかんの反応も変わって来たのが分かったんだ。体を当てても最初はそっけなかったのがさ、だんだん照れるようになって来たり。きょーかん本人は気付いてなかったかもしんないけどさ」


「まあ、な……」


 その変化には自分でも気が付かなかったのだが、確かに言われてみればそうかもしれない。

 怜とて(これでも)年頃の男子だ。

 特に奏のような美人に抱きつかれて、あまつさえ胸を押し付けられればドキドキもするようになる。


「それでさ、一年が終わる頃には結構仲良くなれたと思ってたんよ。それこそきょーかんにとっては女子の中では蕾華の次に仲良いくらいに」


 確かにそうだろう。

 一年生が終わる頃、怜にとって一番仲の良い相手は異性に限定せずとも蕾華と陸翔の二人であり、それに次いで仲の良い相手は奏だったと言っても良い。

 そう、あくまでも『桜彩と出会っていない』一年末の時点では。


「二年生になってクラス替えを見て嬉しかったんだ。きょーかんと同じクラスになれたって。これで一年の時よりももっともっときょーかんにアピることが出来るって。実際に一年の時よりもきょーかんとの絡みは増えた、ってか増やしてったしね」


 授業間の短い休みや昼食時、奏と話すことも多かった。 

 授業で分からないところを聞かれたり、他愛もない馬鹿話で笑ったり。


「このままいけば、きょーかんもウチのことをちゃんと女だって意識してくれて、それで徐々に好きになってもらえたらなって。ウチのことをそう思ってもらえるようになったら告白しようって思ってたんだけどね」


 そこで奏は一つ息を吐いて苦笑を浮かべる。


『ウチのことをそう思ってもらえるようになったら告白しようって思ってたんだけどね』


 だが、今はそのタイミングではない。

 それは奏にだって分かっているだろう。

 ではなぜ奏は今、このタイミングで告白しようと思ったのか。


「本当はさ、あれから一年。今年の文化祭で告白しようと思ってたんだ。ウチがきょーかんのことを好きになったあのイベントで。でもね、どうしてもそこまで待てなかったんだ。今告白しないと、もうずっと出来ないと思ったから」


 それは――


「美都ちゃんが告白するって知った時は落ち着いてたんだ。美都ちゃんには悪いけどさ、多分きょーかんは断ると思ってたから。でもね、今はもう無理」


「それって――」


「きょーかん」


 どういうことなんだ、問おうとするがそれより先に奏が口を開く。


「きょーかんはさ、クーちゃんのこと、好き?」

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