第263話 怜と奏② ~文化祭での出来事~
奏の言うところの去年の文化祭の『アレ』。
昨年の文化祭ではいくつか思い出に残る出来事があった。
怜と陸翔がミスターコンテストでダブル優勝をしたり、蕾華がミスコンで単独優勝をしたり、家庭科部がダントツの売り上げを叩きだしたり。
とはいえ奏が言いたいのはそれではないだろう。
以前、テスト勉強の合間に美都達一年生にも軽く話した事件。
奏が質の悪いナンパに絡まれた時の出来事。
夏も終わり、秋も中盤の肌寒くなる季節、そんな寒さを感じさせない良く晴れた日の事だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昨年の文化祭、家庭科部は模擬店にてケバブの出店に加え、クッキーなどの焼き菓子を持って売り歩くということもやっていた。
領峰学園の文化祭は外部の者も出入り可能でかなり盛況となっている。
そして奏は充分に美人の部類に入るし、ノリも良く基本的にいつも元気だ。
当日もいつものテンションで売り子をやっていたところ、声を掛けやすかったのか質の悪い来場者に絡まれるということがあった。
「ちょっ、やめて下さい!」
「えー、いーじゃんちょっとくらい」
「そうそう。ちょっと付き合ってよ」
「俺らお金持ってるしおごるからさあ」
家庭科部で作ったクッキーを持ってノリ良く来場者に売り子として声を掛けていたところ、奏の容姿に引かれた四人組に絡まれた奏。
奏本人が嫌がっていることは相手だけではなく周囲の皆も分かっているだろうが、それでも自ら助けようという人はいない。
いや、一応どこにいるかも分からない教師を呼びに行った者はいたようだが。
まあ間違いなく面倒ごとになることが分かっているし、加えて四人共そこそこ体格が良い。
下手に手を出して怪我をしたくないというのもあるだろう。
「なあ、行こうって」
業を煮やしたのか、男の一人がイライラとしながら無造作に奏の手首を掴む。
「や、やめてっ!」
反射的に奏はその手を振り払ったが、その行為が更に相手を苛立たせることとなった。
「は?」
明らかに不機嫌そうに威圧しながら奏へと一歩踏み出す。
その行動に震えてしまった奏は全く動くことが出来ない。
恐怖で目を瞑ってしまったその瞬間、奏の耳に聞き慣れた声が届いた。
「おい」
同時に自分の体の前に誰かが割って入って来たのを感じる。
おそるおそる目を開けてみると、その光景に驚いて目を見開く。
怜がいつもの優しい雰囲気など全く感じさせない本気で怒った顔で、男達から自分をかばうように割って入っていた。
「きょ、きょーかん……?」
安堵からか口から言葉が漏れてしまう。
しかしそんな自分の方へと視線を向けず、怜は相手と向き合っている。
「え? なにお前?」
男の一人が怜を睨みながら詰め寄っていく。
だがそんな相手に怜は一歩も引くことなく逆に
「ボランティアのお掃除お兄さんだ。ここにゴミが四つも落ちてるから片付けようと思ってな」
相手一人一人を指差しながらそう挑発した。
「は……?」
あからさまに挑発する怜の言葉に相手の顔が歪む。
「おいテメエ、今なんつった!?」
「相手が嫌がってんのが分かってねえのかよ」
「きょーかん……」
これまでの付き合いでは全く見せることの無かった怜の姿。
それがとても頼もしく思えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(さて……割って入ったはいいがどうするかな……)
自由時間を終えて出店の方の手伝いへと戻って来た怜だが、そこで奏が絡まれているのを見つけた。
単にナンパであれば問題は無かったのだが、どうやら相手のガラが非常に悪そうである。
そんな相手に奏が腕を掴まれていたことに加え他の女子生徒が意を決して奏を助ける為に動こうとしていたので、次のことを考えずにすぐに奏をかばうように割って入った。
(四人か……ちょっと面倒だな……)
一人二人ならよほどのことがなければ問題は無いのだが四人は数が多い。
時間に余裕があれば棒か何かを用意することも出来たのだが、あの状況ではそんなものを悠長に探している暇は無かった。
(最悪、俺がボコされても宮前が被害を受けないようにしないとな)
優先すべきは奏の身の安全。
怜がやられた後に再び奏が被害を受けるようなことになれば話にならない。
(……仕方ない、こういう輩は馬鹿にされればそれだけでそれ以外のことは考えられなくなるからな。とりあえず挑発してこいつらの注意を宮前から逸らしておくか)
どうなろうが奏だけは守ってみせる。
そう決意を固めた怜に対して相手はあざ笑う様なニヤニヤとした笑みを浮かべて
「おいおい、別に嫌だなんて言ってないだろ?」
と怜の後ろに隠れるような形になっている奏に声を掛ける。
そんな相手から怜は奏を守るように立ち位置を変える。
「言葉に出さなきゃ相手が嫌がってるのが分からねえのか? だからお前らは馬鹿なんだよ。つかそのツラで良くコイツをナンパ出来たな。その豚のようなツラじゃあ明らかに釣り合ってねえじゃねえか。身の程ってもんを知って出直して来いよ馬鹿」
「なっ……!!」
相手は怜の暴言に顔を真っ赤にして口ごもってしまう。
一方で周囲の皆は、四人を相手にした状態でのそんな物言いをした怜の姿を見て呆気にとられている。
「サカってんじゃねえよ、豚野郎。ナンパしたいなら養豚場にでも行ってこい。お似合いの雌豚がたくさんいるかもよ。いや、もしかしたら雌豚の方からお断りかもしれないけどな。おいどうした? 何か言いたいことがあるなら言ってみろよ。ああそうか豚は人語をしゃべれなかったな」
「テメッ……!」
「つーわけでほら、早く失せろ馬鹿。あ、それともあれか? 自分達が馬鹿だってことが理解出来てねえのか? それほどお前ら馬鹿なのか? ったく自分が馬鹿だと自覚してねえ馬鹿ってのはホント救いようがねえよなあ。馬鹿は死ななきゃ治らねえってか? それじゃあ今すぐ死ねバーカ」
「ぶっ殺すぞテメエ!」
「やってみろ豚野郎。ケツから串刺しにして火炙りにしてテメエをケバブにしてやろうか? そっちのイモ野郎は叩き潰して付け合わせのマッシュポテトってことで良いんだな? つかもういい。黙れ。口を開くな呼吸をするな、馬鹿の空気をまき散らすな。きゃー、馬鹿が
その言葉に相手がキレて(少し前からキレていたが)怜に殴りかかってくる。
怜は誰かをからかうことはあっても馬鹿にしたりすることは嫌っている。
故に挑発や暴言の類は普段から言い慣れていなかったのだが、どうやら無事に相手の注意を奏から逸らすことには成功したようだ。
同時にそれを躱してカウンター気味に顎を殴り返す。
これでも昔取った杵柄というか、怜は喧嘩慣れしているし護身術も学んでいた。
一対一であればそう簡単に負けはしない。
そう、『一対一』であれば。
「お、おいっ……!」
あっという間に一人倒されて残りの三人が慌てる。
(さて、後は三人か……。大丈夫かな……)
とりあえず一人は何とかしたが、残りはまだ三人いる。
数を頼りに一斉にかかってこられては流石にキツい。
とそこに更に別の影が割り込んだ。
「何してんだテメェらあ!」
「ぶっ……!」
次の瞬間、相手の一人が横に吹っ飛んで倒れた。
騒ぎを聞きつけてきた陸翔が、それだけである程度事態を理解して怜に加勢する。
さりげなく蕾華も怜に変わって奏を連れて離れている。
(陸翔、蕾華! ありがたい!)
これで形勢は二人対二人。
数の上では互角になったことに加え、相手は既に二人が倒れており戦意は既に失われている。
「ヤバそうなんで加勢したけど良いんだよな?」
「ああ、サンキュ」
横に並んだ陸翔に目配せをしなが礼を告げる。
正直一人で三人を相手にするのは自信が無かった。
「で、どうするんだ?」
「やるんなら相手するぞ。やらねえんだったらそいつら連れて失せな」
倒れている二人を指差しながら陸翔が睨みながらそう言う。
怜としても大きな実害がなかった為、これ以上事を荒立てるつもりはない。
するとと残った二人は倒れた仲間と共にすごすごと立ち去って行った。
それを確認して怜は蕾華に寄って無事に避難した奏の方へと振り向く。
「大丈夫か、宮前」
「う、うん。ありがと……。ごめん、迷惑かけて」
「お前が謝ることじゃないだろ。悪いのはあいつらだ。さてと、ここからどうするかだよなあ…………」
周囲を眺めてため息を吐く怜。
今の一部始終は衆人環視の真っただ中で行われており、完全に視線を集めてしまっている。
さすがに文化祭の浮かれた空気が変わってしまった。
「はいそこーっ! どうしたのーっ!?」
そうしていると、遅れて瑠華をはじめとした何人かの教師が到着する。
「ちょっと、いったいどうしたの!?」
「せ、先生! きょーかんは悪くは……」
「いいって宮前」
かばってくれようとした奏を怜が制止する。
瑠華はこれで話の分かる相手だし、一方的に怒ったりなどはしない。
加えて今の状況は目撃者も多い為、皆がフォローもしてくれるはずだ。
「はい、とりあえず四人共こっち来て。ちゃんと話は聞くから」
そして怜達四人は瑠華に続いて校舎内の空き教室へと向かって行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――だろ?」
当時のことを思い出しつつ奏に確認する怜。
そんな怜に奏は首を縦に振って肯定する。
「うん。あの時はありがとね、きょーかん」
「気にするなっての。別に怒られたわけでもないしな」
あの後、瑠華をはじめとした教師陣に事情を話したところ、怜と陸翔の行動はおとがめなしとなった。
現場にいなかったのに『もっと良い方法があったのでは?』などと安全地帯から無責任なことを言ってくる相手もいなかった為、十五分程度で四人共解放されて再び文化祭へと戻ることが出来た。
「まあ、あれで俺がミスターコンテスト一位を獲ったのは困ったけどな」
そう言いながらくすりと笑う。
怜と陸翔はあの時領峰学園のミスターコンテストに出場していた(怜も陸翔も半強制的に出場させられた)のだが、奏を守ったことを好意的に受け止められたのか、その後の投票で怜は一位の座を獲得した。
奇跡的に陸翔と同じ票数で。
怜としてはあの件が無ければ陸翔が単独優勝したと思っており、ミスコンで優勝した蕾華(こちらも半強制的に出場させられた)と陸翔のダブル受賞に結果的に割り込んでしまった形だ。
三人同時優勝も良い思い出と言えばそうなのだが、出来る事なら陸翔と蕾華の二人だけが並んだ絵が欲しかった。
とはいえ、あの場でああしたことについて一切の後悔は無いが。
「――きょーかんだけだよ。大勢いた男子の中で、あの時ウチを助けてくれたのは」
その場にいた他の男子達は、関わり合いになることを恐れて目を背けた。
むしろ奏と仲の良かった女子の方が勇気を出して割って入ろうとしていた(割って入る直前に怜に止められたのだが)。
「蕾華から聞いたよ。あの時のきょーかん、勝てる見込みも無いのにウチを助けようとしてくれたって」
「む…………」
一人対四人だった為に、あの時の怜は袋叩きにされることを覚悟して割って入った。
別に口止めしていたわけではないが、そのような事は別に言わなくても良いのではないのか。
いやまあ蕾華のことだから、親友の良いところについて話したかったのかもしれないが。
「それからだよ。ウチがきょーかんに対して、特別な思いを抱いたのは」
「え…………」
怜が奏を見ると、顔に笑みを浮かべてはいるのだがいつもの飄々とした笑みではなく、笑いながらも真剣さが混じっていて――
「ウチ、きょーかんのことが、好き」
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