第262話 怜と奏① ~奏との出会い~

 桜彩が美都と共にどこかへと向かった少し後。

 怜は桜彩へとメッセージを送ったスマホをポケットへと仕舞って教室を後にする。

 この後は部活があるわけでもないし、後はスーパーへと寄ってこのまま帰宅するだけだ。

 桜彩と二人の数日分の食材程度であれば、桜彩がいなくとも一人で持つことが出来る。


(とはいえ、佐伯が桜彩にいったい何の用だろうな)


 最近、桜彩と美都の接点は増えてきている。

 桜彩自身は家庭科部の部員ではないものの怜が所属するボランティア部の面々が家庭科分活動へ参加することも多い為、必然的に桜彩も家庭科部の活動へと参加することが多くなる。

 先日のぬいぐるみ作りやテスト勉強等で美都と会話することも何度かあった。

 仲が悪いとは言わないが、とはいえ怜や奏が相手ならともかくわざわざ美都が尋ねて来るくらいの関係まで発展しているとは思えない。

 怜の知らないところで仲が進んでいる、というのも考えにくいだろう。


(まあ、考えても分からないか)


 今のところ情報が少なすぎて、美都が桜彩に何の用事が有ったのかは分からない。

 とはいえ相手があの美都ならば特に心配する人用はないだろう。


「じゃあ怜、久しぶりに途中まで一緒に帰るか」


「そうだね。行こっ、れーくん!」


 そんなことを考えていると、今の桜彩と美都のやり取りを見ていた親友二人からそのような提案が持ち上がる。

 いつもは(途中から)桜彩と帰っている為に、たまにはこの二人と一緒に帰るのも良いだろう。

 よってその問いに肯定の返事を返そうとした怜だが、その背中に今度は別の声が掛けられる。


「あっ、きょーかん、ちょっといい?」


 振り向くといつも通りの笑みを浮かべた奏がそこにいた。


「ん? なんだ?」


「悪いんだけどさ、今からちょっと時間ある?」


「時間?」


 この後はスーパーに寄る以外の予定など無い。

 だからこそ陸翔と蕾華の誘いに頷きかけたのだ。

 そう思って、先に誘いをかけて来た二人の方へと視線を向けると、二人はゆっくりと頷いてくれる。


「まあオレらは構わないって」


「うんうん。奏の用件を聞いてあげて」


「分かった」


 親友二人がこう言うのならば良いだろう。

 二人と一緒に帰れないことは多少なりとも残念だが、だからといって奏も怜にとっては大切な友人であることに変わりはない。


「ありがとね、きょーかん。それと二人もごめんね」


 一緒に帰る誘いを不意にしてしまったことについて、軽く手を挙げながら謝る奏。


「だからきょーかんはやめろ」


「あははー。今更今更」


 怜の抗議を笑って受け流してくる。

 まあある意味いつも通りの光景なので、怜としてもこれはもう諦めている。


「それで用件ってなんだ?」


「あ、うん。悪いんだけどさ、ちょっと家庭科室まで来てもらって良いかな?」


「家庭科室? まあ構わないけど、今日は部活なかったよな?」


「うん。まあちょっとね」


「分かった。それじゃあ行くか。それじゃあな、二人共」


「それじゃあなー」


「じゃねーっ」


 親友二人に声を掛けてまず職員室へと足を向ける。


「二人ともさよならー」


 奏も二人に挨拶をしつつ、怜の横に並んで共に向かって行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「失礼しました」


「失礼しましたー」


 一度職員室へと寄って家庭科室の鍵を借り、目的地である家庭科室へと向かう。


「ってかさー、一々職員室まで取り行くの面倒だよねー」


「まあな。しかもウチの教室からだと方向逆だし」


「そーそー。もういっそ合鍵作りたいよねー」


 などと雑談しながら歩いて行くと、家庭科室が見えてくる。

 扉の鍵を開けて中に入ると、続いて入って来た奏が鍵を掛けた。

 とはいえ先に入った怜はそんな奏の行動に気付いていない。


「それで、用件って何なんだ?」


「んーっとね……」


 早速用件を聞くが、奏はそれに答えるでもなく家庭科室の中央へと歩いて行く。

 その行動に疑問符を浮かべる怜だが、そこで奏は一つの調理台へと腰を預けて口を開く。


「ね、きょーかん。ウチらが初めて会った時の事、覚えてる?」


「初めて会った時?」


「そ。初めて会った時」


 怜の問いに、奏はいつも通りに顔に笑みを浮かべながら頷く。

 怜としては用事が有るとここまで連れてこられた割に、そんな話題が出てきたことに少し驚く。

 だが別に急いでいるわけでもないので、その問いに過去のことを思い出す。


「まあ、なんとなくはな」


 怜もこの一年で様々な相手と出会っている。

 奏と出会ったのもこの領峰学園に入ってからだったし、その他にも別の中学から入って来たクラスメイトも多かった。

 故にその一つ一つを正確に覚えているわけではない。

 とはいえ奏の場合は怜にとって、他の同級生や先輩よりも付き合いは深い。

 親友である蕾華を介して知り合った為に、その辺りのことはなんとなく覚えてる。


「確か昼休みだったよな。蕾華が俺のクラスで弁当を食べて、そして陸翔を含めた三人で一緒にクラスの外に出た所で偶然会ったんだよな。そこでそのまま四人で盛り上がって」


「うん。正解」


 一年の時は別クラスだった蕾華だが、入学早々にしてすぐに怜と陸翔のクラスで弁当を食べることが多かった。

 そもそも蕾華のコミュ力は怜から見ても異常なほど高いし、気付いた時には怜のクラスの女子達ともすぐに仲良くなっていた。

 昼食後に怜や陸翔と話した後自分のクラスへと戻る際に廊下に出た時、当時蕾華のクラスメイトだった奏が偶然通りかかったのだ。

 その際、自動販売機を目指して蕾華と共に教室を出た怜と陸翔とも顔を合わせることとなった。

 その流れで怜や陸翔も奏と仲良くなっていったのだ。


「いやー、ウチのクラスでも蕾華って目立ってたんよね。そんな蕾華の彼氏ってことでミカも結構話題になってたし、それにきょーかんのことも随分と自慢してたからねー」


 それを聞いて怜は苦笑する。

 怜としては恥ずかしくもあるのだが、あの蕾華ならそういうことを胸を張って言っていても驚かない。


「そんでさ、話を聞いてるうちにウチもきょーかんにきょーみが出てきたんよ。んでばったり会ったんでいい機会だからなーって話しかけてさ」


 奏も蕾華と同様にコミュ力が高い為、見ず知らずの怜や陸翔を相手に臆することなく絡んでいった。

 初対面の相手との人付き合いが苦手な怜からすれば、そういったことの出来る奏は多少なりとも羨ましい。


「それできょーかんが家庭科部に入ったって聞いてちょっと見に行こっかなー、って思ってそのまま家庭科部に入ってさ」


「そんなノリで入って来たのかよ」


 苦笑する怜。

 行き当たりばったりというか、ノリに任せて行動するというか。

 まあ別にそれが悪いわけでもないし、現にそれがあったからこそ今こうして奏と友人として上手に付き合うことが出来ている。


「うんうん。それでさ、去年一年家庭科部でも色々とあったよねー」


「まあな。例えば俺をきょーかんと呼び出して、それが瞬く間に家庭科部の部員全員に広まったりとか」


 む、という表情を作って奏を軽く睨む。

 とはいえこれは軽口の範囲であり、怜も本気で怒っているわけではない。

 まあ普通に呼んでほしいとは思っているが。


「あははー。まあいーじゃん」


 ケラケラと笑う奏。


「それで、結局用事って何だ?」


 元々、ここに来たのは奏の用件を聞く為だ。

 まさかこんな雑談が用件だということはないだろう。

 その言葉に奏は一瞬真剣な表情になって、次の言葉を口にする。


「いやいや、これも大事な用事の一つだって。それでさ、去年の文化祭のアレも覚えてる?」

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