第261話 桜彩と美都② ~美都からの忠告~
(私は怜のことを、どう思っているんだろう……。そもそも私と怜はどういう関係なんだろう……)
友人や親友という言葉には当てはまるが決してそれだけではない。
かつて怜が言ったように、家族のような関係になりたいとも思っているが、とはいえ家族とも違う。
『言葉で定義出来ない自分達だけの特別な関係』
もう何度も繰り返したその言葉。
それ以上の説明をする方法が思い浮かばない。
そんな思い悩む桜彩の姿を見て、美都はふっ、と達観したような笑みを浮かべる。
「好きなんですね、光瀬先輩のこと」
断言された言葉に慌てて美都の方を見る。
「えっ……。えっと、それは……」
「好きじゃないんですか?」
不思議そうな表情で問い返す美都。
そう問い返されて、再び黙り込んでしまう。
出会ってからこれまで、怜とは色々な思い出を作って来た。
最初はただのお隣さんとして出会って、偶然同じ学校の同じクラスの隣の席に座って。
ナンパから助けてくれて、一緒にケーキを食べて。
ご飯を食べさせてくれて、そして一人暮らしの手伝いをしてくれて。
一緒に勉強したり、一緒に遊んだり。
そしてお互いにトラウマを解決して。
そしてつい先日はデートまでしてしまった。
それらの思い出を一つ一つ思い出しながら、今の美都の言葉を考える。
「あの、佐伯さん……」
「はい」
「好きって、どういう感情なんでしょうか?」
「…………え?」
桜彩の言葉に今度は美都がポカンとした顔をしてしまう。
何を言っているのかと桜彩の方へと向き直るが、桜彩はいたって真剣だ。
「今の佐伯さんの『好き』という質問が、人としての『好き』ではなく恋愛感情としての『好き』だということは私にも分かります。ですが私には、その恋愛感情というものが良く分からないんです」
「え…………」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
恋愛感情というものが分からない。
桜彩の言葉に美都は先日の怜の言葉を思い出す。
『俺は誰かと恋人になりたいって気持ちが分からない。端的に言うと恋愛感情ってものが分からないんだ』
怜に告白した時に、そう返事を返された。
(…………そんなところまで似ないでも良いのにな)
つい苦笑してしまう。
そんな美都に対して桜彩は真剣な目を向けて口を開く。
「光瀬さんは、その、私にとっては大切な人です。出会ってからこれまで、たくさん私を助けてくれて……。そんな光瀬さんに対して他の方とは特別な想いを抱いていることは事実です。ですが、それが恋愛感情としての『好き』かどうかは分からないんです」
(そっか。そういったところは私と一緒なんだ)
それは美都もそうだ。
桜彩がどれだけ怜に助けられたかは分からないが、少なくとも自分と同じように色々と怜に助けられてきたことは分かった。
その結果、桜彩が『自分と同じような想い』を怜に抱いていることも。
美都は怜に対するその想いの名前を知っている。
しかし桜彩はそれを知らない。
ただそれだけの違いなんだと。
(……ううん、それだけじゃない、か。だって光瀬先輩は……)
自分達二人が怜に向ける想いは同じかもしれない。
しかし怜が自分達二人に向けている想いはきっと違うだろう。
それは今日はっきりと分かった。
「ごめんなさい、はっきりと言葉に出来なくて」
「いいえ、良く分かりました」
申し訳なさそうに謝る桜彩に、美都はふふっ、と笑って答える。
そんな美都の態度に疑問符を浮かべる桜彩。
(本当に、自分達の想いに気が付いてないんだなあ)
思わず苦笑してしまう。
これでは最初から勝ち目など無かったのではないか。
「ありがとございます、先輩」
「え、ええっと、ど、どうも……?」
今の答えで何故お礼を言われるのか桜彩には分からない。
故に美都の返答に慌ててしまう。
そんな桜彩に対して美都はクスリと笑って
「でも先輩、早くその想いが何なのか、気付いた方が良いですよ」
「え……?」
美都にとって桜彩は恋敵であると同時に大切な先輩でもある。
美都にとって怜は片想いの相手であると同時に大切な先輩でもある。
そんな二人にとって、これは先輩を大切にする後輩からの心からの忠告。
同じ人を好きになった相手に対する心からの忠告。
「気が付いた時にはもう手遅れになっても知りませんからね」
そう言って桜彩の横を歩いて空き教室の出口へと向かう。
そして扉に手をかけてそれを開くと最後に桜彩へと向き直る。
「あの、佐伯さん……」
慌てて桜彩が言葉を掛けるが、何と言って良いか分からない。
そんな桜彩に美都は振り返って軽く笑みを浮かべて答える。
「私はまだ諦めたわけじゃありませんから。先輩がもたつくようなら一気に行きますからね」
「え、えっと……」
「それでは失礼いたします」
桜彩の返事を聞くより早く頭を下げて、美都はその場を立ち去った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
空き教室に一人残された桜彩。
今の美都の言葉を今一度考えてみる。
(私が、怜のことをどう想っているか……)
先日のデート以降、何度も感じる胸の高鳴り。
言葉では言い表せない特別な感情。
(好き……。もしかして、これが、好きっていう気持ち……? でも……)
自分が怜に対してい抱いている特別な気持ち。
恋愛感情というものが分からない桜彩にとって、はたしてそれが本当にそうなのかは分からない。
これまでたくさん助けてくれた相手。
それら全てに対する恩や感謝の気持ちを『好き』という一言でまとめてしまっても良いのだろうか。
『気が付いた時にはもう手遅れになっても知りませんからね』
先ほどの美都の忠告が頭に思い起こされる。
この気持ちが『好き』とか『恋』だと決まったわけではない。
しかし胸が苦しくなってしまう。
「怜……。私の、この、気持ちは…………」
自分自身で『恋』と呼べないこの気持ちを抱えたまま、桜彩は胸の前でぎゅっと手を握った。
【後書き】
次回投稿は月曜日を予定しています
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます