第260話 桜彩と美都① ~美都からの問い~
その後、球技大会は問題なく進行し、全ての競技を終えることとなった。
最終的に怜と陸翔はテニスとフットサル(決勝はサッカーになったが)で優勝した。
蕾華と桜彩もテニスでは優勝、それに加えて蕾華はバスケットでも準優勝(これも決勝はスリーオンスリーではなく五人制の普通の競技になっていた)を勝ち取っていた。
加えて他のクラスメイト達も他の種目でそこそこの成績を収めていた為に、怜のクラスは総合優勝を勝ち取ることが出来た。
昼食後は帰宅が認められいた為、途中で帰宅したクラスメイトも多かったものの、それでも半数程度の者が最後の競技が終わるまで帰宅せずに残っている。
そして各競技の片付けを終えた後、教室へと集まって打ち上げを行うこととなった。
「それじゃあ、かんぱーい!」
そんな奏の声と共に、皆でペットボトルを掲げて優勝を祝い合う。
各競技の敗戦(または優勝)後にそれぞれ配られたお菓子を広げて勝利の余韻を味わっていく。
「いやー、クーちゃん凄かったよねーっ!」
「うんうん! 運動神経良いのは知ってたけどさー」
「い、いえ……。蕾華さんのおかげですよ」
口々に告げられる賞賛に恥ずかしそうに謙遜する桜彩。
決勝戦ともなれば他のクラスメイトも時間の余裕が出来ていた為に桜彩と蕾華の応援に駆け付けていた。
そこで見せた桜彩のプレーは充分に凄いものだった。
「何言ってるの! サーヤもちゃんと活躍してたって!」
「うんうん。蕾華と息ぴったりだったしね!」
謙遜する桜彩に対して蕾華をはじめとした周囲の女子はニコニコしながら口々に褒め称える。
「ほらほら。クーちゃんこれ食べなって! 美味しいよ!」
「あ、これも食べる?」
すっかり人気者になって、かわるがわるお菓子を差し出されている。
もうクラスの女子達の中でも食いしん坊キャラとして定着してきているようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「すみません。渡良瀬先輩、少しお時間よろしいでしょうか?」
打ち上げも終わり片付けを終えて帰ろうと教室を出た桜彩にそんな声が掛けられた。
そちらの方を振り向くと、美都が何か思いつめたような、真剣な表情で桜彩を見上げている。
「えっと……」
この後、桜彩は怜とスーパーで待ち合せている。
ただでさえ打ち上げで遅くなった為、あまり時間があるとは言い難い。
ヴヴヴ
どう返答しようかと悩んでいると、不意にポケットにしまっていたスマホが震えた。
「あ、ごめんなさい」
「いえ。どうぞ確認して下さい」
美都にそう促されて桜彩がスマホを確認すると、怜からメッセージがあったと表示されている。
それをタップして確認すると
『買い物はこっちでやっておくよ』
と表示されていた。
どうやら今の美都との会話を聞かれていたらしい。
心の中で『ありがとう』と伝えてスマホをポケットへと仕舞い、美都の方へと視線を戻す。
「ごめんなさい。それで、お話がある、ということでしょうか?」
「はい。申し訳ありません」
「いいえ、構わないですよ」
「ありがとうございます。申し訳ありませんが場所の移動をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「はい。構いませんよ」
「ありがとうございます。それでは」
そう言って歩き出した美都の後に続いて桜彩は歩を進めていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
美都が訪れたのは、少し離れた所に位置する空き教室。
この時間であればこの辺りを訪れる生徒は少ないだろう。
後に続いては言った桜彩が扉を閉めると、美都は窓から差し込む夕焼けに背を向けて話を切り出す。
「ありがとうございます、渡良瀬先輩」
「いいえ、気にしないで下さい。ですが光瀬さんや宮前さんにではなく私に用件なのですか?」
こう言っては何だが、桜彩としては自分に対して美都が用事があるようには思えない。
それこそ用事があるとしたら怜か、もしくは同じ部活の奏だろう。
そんな桜彩の言葉に美都はゆっくりと首を横に振る。
「はい。渡良瀬先輩にお伺いしたいことがあります」
「えっと、はい……」
戸惑いながらも頷く桜彩。
「単刀直入にお聞きしますね。光瀬先輩とお付き合いしているのでしょうか?」
「えっ……!?」
美都の口から出てきた言葉に桜彩が驚く。
まさかそんなことを聞か刈れるとは思ってもみなかった。
いつものクールフェイスとはかけ離れた驚いた顔を美都に向ける。
「え、えっと……そ、それはどういう……」
「言葉通りの意味です。渡良瀬先輩は光瀬先輩と、その、恋人関係なのでしょうか?」
再び桜彩の思考が停止する。
これまで桜彩は学内で怜とは大きく関わらないようにしていた。
もちろん席は隣同士だしボランティア部や(入部していないとはいえ)家庭科部で共に活動したこともある。
最近ではクラスの中でも以前に比べて雑談することも増えてきた。
とはいえ、人目のないボランティア部の部室以外ではことさら仲良くはしていない。
「お弁当作りの時にも思ったのですが、渡良瀬先輩はなんだか光瀬先輩と実はかなり仲が良いように思いまして」
先日、美都が弁当を作りたいと怜に頼んだ時の事を思い出す。
あの時は少し気を抜いていた為に、お互いに『あーん』で食べさせ合ったり、普段から一緒に食事をしていると匂わせるようなことを言ってしまった。
蕾華や陸翔のフォローでごまかすことが出来たと思ってはいたのだが、実はそうではなかったのか。
「それで、どうなのでしょうか?」
美都が真剣な瞳を向けてくる。
「え、えっと……私は光瀬さんとお付き合いはしていません。もちろん、恋人という関係でも……」
戸惑いながらもそう答える桜彩。
とはいえこれは事実である。
ズキン
(…………え?)
美都に告げたとたん、桜彩の胸に少しばかりの痛みが走った。
思わず慌てて自分の胸に手を当てるが、その痛みの理由は分からない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんな桜彩の様子を見て、二人が恋人同士でないことを美都は確信する。
とはいえこれはなんとなく予想はついていた。
美都から見て怜は信用に値する先輩だ。
先日、怜に告白した時に怜は『恋愛感情が分からない』と答えた。
そんな怜が自分に対してそのような嘘を吐くような人でないことは充分に理解している。
だからこれは美都にとってはただの確認である。
ここまでは。
「それでは、渡良瀬先輩は光瀬先輩のことが好きなのですか?」
眼前の桜彩に対して真剣な顔でそう問いかけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「え……?」
その質問に桜彩は目を丸くする。
『好き』
たったの二文字。
その『好き』という単語にはいくつもの意味があるが、美都が言いたいのはもちろん恋愛としての『好き』ということだろう。
それを受けて桜彩は言葉に詰まってしまう。
人として『好き』かと問われれば、悩むことなく『好き』だと即答することが出来るだろう。
しかし恋愛としての意味で『好き』かと問われれば、『はい』とも『いいえ』とも即答することが出来ない。
逃げるように美都から視線を外し、自らの両手を当てている胸へと落とす。
(私は怜のことを、どう思っているんだろう……。そもそも私と怜はどういう関係なんだろう……)
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