第259話 美都の疑念③ ~試合後のハプニング~

「渡良瀬、蕾華、頑張れーっ!」


「同点だぞ、同点ーっ!」


「ここでリード奪っちゃえーっ!」


 コート上の二人へと声援を送る怜達三人。

 それを受けて桜彩と蕾華は嬉しく思いつつも試合へと集中して臨む。

 既に両者六ポイントずつ奪っている為に、ここから二ポイント差を付ければ勝利が確定する。

 その一方で、コート上では一人だけ集中が切れかかっている相手がいた。

 先ほどからの一連の流れが美都の心を苦しめる。

 そんな美都に対して桜彩がサーブを打ちこむ。


「あっ……」


 美都も何とかラケットに当てることは出来たものの、そのボールはネットへと当たってしまった。

 つまりは桜彩と蕾華ペアの得点だ。

 これで桜彩と蕾華のペアはマッチポイントを迎え、コート外の三人と共ににわかに盛り上がっていく。


「渡良瀬、ナイスサーブ!」


「いーぞ、クーさん!」


「後一点だよーっ!」


 そんな声を受けて、桜彩と蕾華の二人は三人の方へ向き軽く頷く。


「ドンマイドンマイ! しょーがないって」


 返球に失敗した美都を勇気づけるように肩を叩く由奈。


「あ、うん」


「そんなに気にしないでもいいって。リラックスリラックス!」


「う、うん……」


 次にサーブを打つのは美都だ。

 そんな美都にボールを渡しながら由奈が笑いかける。


「もし負けたからって何があるってわけでもないしさ。気楽に行こっ、気楽に」


「わ、分かった……!」


 ゆっくりと頷いて美都がサーブを打つ。

 しかしそれは先ほどの桜彩と同じくネットへと掛かってしまった。

 フォルト。

 つまりもうサーブミスすら許されない。

 先ほどの桜彩と同じ状態だ。


(光瀬先輩……)


 先ほど、どん底状態だった桜彩は怜の応援を受けて一気に力を取り戻した。


(私にも……)


 そう思って怜の方へとチラリと視線を向けるが、当然というべきか怜の視線は桜彩の方を向いている。


(そう、だよね……)


 同じクラスメイトのペアを応援するのは当たり前のことだ。

 しかし、もし桜彩と蕾華が、いや、桜彩が別クラスだった場合、怜は桜彩のことを応援しなかったのだろうか。


(きっと、応援してるよね……)


 今のように表立っての応援は難しいかもしれない。

 しかしそれでも、先ほど見せたようにこっそりと桜彩のことを応援しているだろう。

 そんな光景が頭の中に浮かんでしまう。


「美都ちーん!」


 前にポジションを取っている由奈の声が耳に届く。


(……そうだよね。今は試合に集中しないと)


 少なくともペアを組んでいる由奈にとって、美都の恋路は関係のないことだ(一応、由奈も美都の友人として気に掛けてはいるのだが)。

 そう強引に気持ちを切り替えてサーブを打つ。

 今度はネットに当たることなく相手のコートへと入ったが、勢いのないボールは楽々と蕾華に返球される。


「くっ!」


 それを何とかラケットに当てる由奈。

 しかし高く上がったそれは相手のチャンスボールとなってしまう。

 落下点にて待ち構えているのは桜彩。

 そのボールに向けて勢いよくラケットを振ると、そこから打ち出されたボールは美都の方へと飛んで来る。

 反射的にそれに向けてラケットを振る美都。

 しかしラケットにボールが当たることはなく、コート内でバウンドして後ろのフェンスへと当たり桜彩と蕾華のペアへと得点が入る。

 つまり桜彩と蕾華ペアの勝利、美都と由奈ペアの敗北である。


「やったあ! サーヤ、ナイスショット!」


「ありがとう、蕾華さん!」


 再びハイタッチで喜び合う二人。

 コートの外では怜達三人も桜彩と蕾華の勝利を喜んでいる。


(負け、ちゃった……)


 果たして美都がそう思ったのはテニスの結果だけなのか。

 それは自分でも分からない。


「ごめんね、由奈」


「なーに謝ってるの! 別に美都ちんのせいで負けたなんて思ってないって」


 敗戦の悔しさなど一切感じさせず、笑顔で美都の背を叩く由奈。


「ほらほら、挨拶しよっ!」


「う、うん……」


「そんな沈まないでも良いって。そりゃああたしだって勝ちたかったけど、でもやっぱり楽しかったもん」


「う、うん。私も楽しかったよ」


 それはそれで間違いでは無い。

 こうして由奈と共にダブルスをするのは本当に楽しかった。

 だが、やはり勝ちたかった。

 ただそれは、単に勝利というものを求めていたのか、それとも『桜彩に対して』勝利を求めていたのか。


「「「「ありがとうございました」」」」


 四人揃ってそう言いながらコートの外に出て、怜達三人の方へと向かって行く。


「よっしゃ! ナイス、二人共」


「おめでと」


「二人共おつかれー」


 三人が桜彩と蕾華へとねぎらいの言葉を掛ける。

 それを受けて嬉しそうにする二人(桜彩はあまり表情が変わらないが)。


「佐伯と藤田もお疲れ様」


「えっ……あ、はい。ありがとうございます」


「ありがとうございまーす」


 いきなり怜に言葉を掛けられて驚く美都と、普通に返事を返す由奈。


「うんうん。美都ちゃんも由奈ちゃんも凄かったよねー」


「ああ。見てていい試合だったぞ」


 奏と陸翔も怜の言葉に同意する。

 美都としてもそう言ってもらえるのは嬉しいのだが、しかしそれ以上に悔しさが勝ってしまう。


「あはは、ありがとうございます。負けちゃったのは悔しいですけど、それでもなんかやり切ったなーっ、て充実感ありますね」


「……はい。渡良瀬先輩、竜崎先輩。次の試合、頑張って下さいね」


「うん。ありがとね」


「ありがとうございます」


 勝者となった二人へとエールを送る美都。

 この二人のことは嫌いではない、というか人としては好きだ。

 家庭科部の活動や勉強会で気にかけてくれたりと色々と世話にもなっている。

 故に怜に対する感情どうこうは抜きにして、この二人に頑張ってもらいたいというのは嘘ではない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はいはーい。とりあえずそろそろ移動してもらえるかなー?」


 ふと聞こえてきた声の方へと目を向ければ、そこには家庭科部部長の立川がラケットを持って立っていた。

 どうやら次の試合は立川達の出番ということらしい。


「あ、部長。お疲れ様です」


 そう怜が言ったのを皮切りに皆で部長へと挨拶をする。


「みんなもお疲れー。最後の方見てたけどいい試合だったよ。でも次が詰まってるからそろそろ場所開けてもらえるとありがたいかな」


「あ、すみません。それじゃあ移動しよう」 


 そう言って皆でコートの隅へと行き場所を開ける。


「アタシとサーヤの次の試合まではまだ時間あるしどうしよっかな? りっくんとれーくんはそろそろだっけ?」


「そうだな。オレらのフットサルはもうすぐだ」


「まあどうするにせよ一旦ここから離れるか」


 コートへと目を向けると既に第三試合が始まろうとしている。

 さして広くはないコートの隅でいつまでも話していては邪魔になるだろう。

 怜の提案に頷いて皆で一旦移動する。

 先ほどの試合の感想等の雑談しながら歩いていると、すぐに次の試合が始まった。

 その時、相手のサーブを返球しようと立川の振ったラケットが手からすっぽ抜けて七人の方に、それも桜彩の方へと飛んできた。


「あっ!」


 コートの方から飛んで来る声。

 それに対して桜彩は反応することが出来ない――


「桜彩ッ!」


 ラケットが桜彩へとぶつかりそうになった瞬間、何とか反応した怜が桜彩の前へと左手を出して飛んできたラケットから桜彩をかばう。


 ガンッ


 直後、腕にラケットが当たり地面へと落ちた。


「み、光瀬さん!?」


「怜!」


「れーくん!」


 慌てて怜の心配をする三人。

 美都も奏も由奈も怜を心配そうに見つめる。


「ご、ごめん!」


 すると慌ててラケットを手放した張本人である立川が青い顔をしてこちらの方へと向かって来た。


「きょーかん、だ、大丈夫!?」


「はい、大丈夫ですよ」


 当てた張本人でもある立川に対し、怜は怒るでもなく普通に返事を返す。

 そして大丈夫だということをアピールするように当たった右腕をひらひらと振る。

 いきなりのことで驚いたが、そもそもラケットはそんなに重くはないし、フレームが固すぎるということもない。

 多少痛くはあったのだが、それでも少しすれば痛みも引くだろう。


「ほ、本当にごめんね!」


「だから大丈夫ですって。それより次からは気を付けて下さいね」


「あ、うん。本当にごめん……」


 怜が本当に問題なさそうなので、立川の方も一安心してコートへと戻って行く。

 その一方で、今度こそ怜達はテニスコートを後にした。


「怜、一応聞くけど本当に大丈夫か?」


「大丈夫だっての。あの程度じゃそんなに威力はないって陸翔だって知ってるだろ?」


「まあな」


 さすがにラケットでフルスイングされれば大怪我もするだろうが、遠距離から飛んできたくらいでは早々怪我もしない。

 冷静に考えれば、あの程度大した問題でないことは陸翔にも分かる。


「やせ我慢をしているわけじゃなさそうだし、本当に大丈夫そうだな」


「光瀬さん、ありがとうございます」


「気にしないで良いって。別に渡良瀬が悪いわけじゃないんだし、それにもう痛みも引いてきたからな」


「は、はい……」


 怜が笑いながら言うと、桜彩も安堵したように胸を撫で下ろす。

 そもそも先ほどの出来事に関して言うのであれば、桜彩が気に病む必要は全くない。


「いやー、本当に大したことなくて良かったね」


「まあもっと気を付けて欲しいけど」


 蕾華としては親友が怪我をするところだったのでまだ少し不満気に奏に愚痴を吐いていた。

 とはいえ立川がわざとやったわけでは無いことは分かっているだろうが。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんな二年生組の少し後ろをついて歩く美都と由奈。


「でも光瀬先輩も渡良瀬先輩も怪我が無くて良かったですよ。ねえ美都ちん?」


「え? あ、うん。本当に良かったです……」


「ありがとな」


 振り返った怜がお礼を言ってくれる。

 しかしそれを聞きながら美都は先ほどの件を思い出す。


(あの時の光瀬先輩、渡良瀬先輩のことを『桜彩』って…………)

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