第258話 美都の疑念② ~桜彩への応援~
桜彩、蕾華ペアと美都、由奈ペアの試合はかなり拮抗した展開となっている。
これまで全試合で圧勝してきた桜彩と蕾華だが、今回の相手は経験者の由奈と運動神経が良い美都。
更に作戦としても桜彩達と同じく経験者の由奈が後衛、美都が前衛でチャンスボールを決めるという役割のようだ。
今も蕾華と由奈の間では激しいラリーが続いている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ!」
無理な体勢から蕾華が打ち上げたボールが勢い弱くネット際に上がる。
当然それを見逃す美都ではない。
「えいっ!」
思い切りラケットを振ってチャンスボールをコートへと叩きつける。
それにはネット際にいた桜彩も反応は出来ず、体勢を崩した蕾華の逆側へと見事に決まった。
これでスコアは6‐5、美都と由奈のペアのマッチポイントとなる。
「やった! 美都ちんナイスショット!」
「ううん。由奈が粘ってくれたからだよ」
嬉しそうにお互いを褒め称える美都と由奈。
どうやらこちらの二人も良い関係を気付けているようだ。
「ごめん、蕾華さん」
「ううん、気にしないで。今のはしょうがないって。むしろアタシがチャンスボール上げちゃったし」
「それこそ気にしないで。むしろ蕾華さんは良く粘ってくれていますよ」
「オッケー。それじゃあ次は決めよう!」
「うんっ!」
もちろん桜彩と蕾華の方もそこは負けてはいない。
ポイントを奪られた悔しさはもちろんあるものの、とはいえこうしてテニス自体を楽しんでいる。
「おーい、渡良瀬!」
「あ、はーい」
怜が足下に転がって来たボールを拾ってサーバーの桜彩へと投げて渡す。
その際に口を少し動かして
『が・ん・ば・れ』
と声を出さずに桜彩へと伝える。
桜彩もそれに気が付いたのか、小さくコクリと頷きを返してくれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(今の、光瀬先輩見ててくれたよね……?)
自分のスマッシュでポイントを獲った美都がそんな期待を胸に抱く。
もちろん由奈が粘ってくれたことも大きいのだが、それでも少しは格好良いところを見せることが出来たのかもしれない。
そう思ってふと怜の方へと視線を向けると、ちょうど怜が転がっていたボールを桜彩へと渡したところだった。
(え…………?)
その際、怜が桜彩の方へ口を動かして何かを伝えていた。
この距離で美都にだけ聞こえないということはないだろう。
つまり先ほどと同じように、口の動きだけで桜彩に何かメッセージを伝えたということだ。
視線を動かして桜彩の方を見ると、桜彩も怜に対してにっこりと笑っている。
(やっぱり、光瀬先輩と渡良瀬先輩…………)
それを見た美都の胸がズキリと痛んでしまう。
「ちょっと美都ちん、どうかした?」
気が付けば由奈が心配そうにこちらを見ていた。
「ううん、大丈夫だよ」
「そう? さっきから何度か上の空みたいになってない?」
「ごめんね、心配かけて。でも大丈夫だから」
「うーん、美都ちんがそう言うんなら良いけどさ。でも体調悪かったらちゃんと言ってよ。別に不戦敗とかでも怒らないから」
「うん。でも本当に大丈夫だから」
そう言って美都は所定のポジションに移動する。
今は由奈とダブルスを組んでいる為、自分自身の問題で迷惑を掛けるわけにもいかない。
(うん、頑張らないと!)
そう思って相手コートにいる恋敵(かもしれない)桜彩へと視線を向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
桜彩の方も相手二人がポジションに着いたことを確認してサーブのモーションに入る。
これを決められなければ自分達の負け。
「サーヤ、落ち着いていこ」
前にいる蕾華が振り向いて笑みを向け、そんな言葉を掛けてくれる。
とはいえ緊張するのは止められない。
いつもよりもカチカチになってボールを上に投げサーブを打つが、ボールはネットに当たってしまった。
「あっ……」
フォルト。
それを見た桜彩の顔が青くなる。
次に同じことをすれば相手のポイント、すなわちこちらの敗北だ。
「――――」
先ほどと同じく前で蕾華が言っているのは分かるが、何と言っているのか頭に入ってこない。
震える手で返球されたボールを拾う。
「渡良瀬!」
そんな時、コートの外からその声が届いた。
(怜……!)
そちらを見れば、怜が笑顔でこちらを向いている。
隣にいる陸翔や奏も桜彩に向けて声を上げているのだが、桜彩の目に入るのは怜の姿だけ、桜彩の耳に届くのは怜の声だけ。
「気にするな! 頑張れ!」
大切な相手が自分の応援してくれている。
それが分かるとそれだけで力が湧いてくる。
「クーさん! 落ち着けーっ!」
「クーちゃん! 切り替えてーっ!」
一度深呼吸をすれば、怜の隣でぼやけていた陸翔や奏の姿が目に映り、その声までちゃんと耳に届く。
「サーヤ! リラックスリラックス!」
前にいる蕾華のこともちゃんと分かるようになる。
「うんっ!」
それら全てに頷いた桜彩の顔からは悲壮感はまるで感じられなかった。
憑き物が落ちたかのような笑みを浮かべて再びサーブを打つ。
今度はネットに当たることなく、見事に相手のコートへと入っていく。
「くっ!」
何とかそれを返す由奈。
しかしその先には蕾華が待ち構えている。
ネット際に上がったボールを完璧に捉えると、それは相手に反応を許さずコートへと突き刺さった。
「よおおおっし!」
思わずガッツポーズをする蕾華。
そして桜彩の方へと振り向いてハイタッチを求めてくる。
桜彩もその手に自らの手をパチンと合わせると、蕾華がバンバンと背中を叩いてくる。
「ナイスサーヤ! これで同点! ここから一気に行こっ!」
「うんっ!」
怜の声を聞いてから一気に心が軽くなった桜彩。
由奈が投げてきたボールを受け取ると、再びサーブポジションへと戻って行く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(光瀬先輩……)
今の一連のやり取り。
以前ならばただ単に同じクラスメイトを応援していたように感じていただろうが、今の美都にはそれがはっきりと分かる。
今、桜彩は明らかに怜の言葉で気持ちが切り替わった。
「ごめん、美都ちん!」
しばらく呆然と眺めていたが、由奈の声で現実へと戻される。
「ごめんね、あたしが返球ミスっちゃって」
「う、ううん。仕方ないって」
慌てて首を横に振る。
これはダブルスであり、決して由奈だけの責任ではない。
「こっちも切り替えていこ!」
「うん! 頼むよ、美都ちん!」
次のサーブのリターンは美都の順番だ。
その為リターンポジションへと移動しながら相手のサーバーである桜彩の方を見る。
相変わらずコートの横からは怜達三人が桜彩と蕾華へと声援を送っており、桜彩の方も一見いつものクールモードではあるものの、うっすらと笑みが浮かんでいるのが分かる。
(やっぱり…………)
先ほどから目にする光景に胸を痛めながら、美都は返球の為に構えをとった。
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