第257話 美都の疑念① ~怜への応援~

(今、光瀬先輩と渡良瀬先輩…………)


 陸翔へと渡ったボールから怜の方へと目を戻す美都。

 しかし、その怜の視線は陸翔の方へは向いていなかった。

 怜の視線は自分の隣――勘違いでなければ桜彩の方へと向いている。

 そして怜が口を軽く動かして笑みを浮かべると、隣の桜彩の方も笑みを浮かべていた。

 これまで一度も見たことの無い種類の桜彩の笑顔。

 それが怜に向けられており、怜の方も美都がこれまで一度も見たことの無い表情を桜彩へと向けている。


(先輩、もしかして…………)


 美都の頭にとある考えが浮かんでしまう。

 先日告白した時の怜の言葉を思い出す。


『あ、もしかして、誰か好きな方が?』


『い、いや、それはいない、と、思う、けど……』


 自分の質問に、怜は好きな人はいないと言っていた。

 怜がそういったことで嘘を吐くような人ではないことは美都も良く分かっている。

 とはいえ、あの時の戸惑ったような怜の返事。

 加えて何か戸惑うように泳いだ視線。

 今にして思えば、それは本人も気が付かないうちに気になっている相手がいるのではないか。

 そして、その相手とは――


「――ちん。美都ちん。どうかした?」


 気が付けば、隣で由奈が不思議そうな表情でこちらの顔を覗き込んでいた。


「え……? えっと、なんでもないよ……」


 慌ててそう言葉を返すが、声の調子がいつもとは違うことは自分でも良く分かる。

 当然それは先ほど浮かんだ考えのせいだ。


「そう? もしかして具合悪い?」


 由奈も美都の様子がおかしいことが分かったのか、心配そうに問いかけてくる。


「ううん、大丈夫。ちょっと考え事しちゃって」


「本当に大丈夫ですか?」


 由奈の逆側から聞こえてきた声に顔を向けると、桜彩と蕾華、奏も心配そうな顔でこちらのことを見ている。


「あ、はい。大丈夫です。体調が悪いとか、そういうわけではないですから」


「そっか。なら良かった」


「はい。ですが無理はしないで下さいね」


「ありがとございます」


 そう言ってにっこりと笑うと、それに安心したのか皆がほっとしたような顔をする。

 再び皆でテニスコートへと目を向けると、ちょうど怜と陸翔のペアがマッチポイントを迎えていた。

 相手の緩いサーブを怜がコートの隅へと返す。

 そのボールは相手のラケットに触れることなくバウンドした後フェンスへと当たった。

 当然結果は怜と陸翔ペアの勝利である。


「りっくん、れーくん、ナイス!」


「オッケオッケ! 二人共、良かったよーっ!」


 勝利を喜ぶ怜と陸翔へ蕾華と奏が声援を送る。

 隣の桜彩の方はパチパチと控えめに手を叩いているだけだ。

 しかし怜が桜彩の方へと目を向けると、桜彩の表情が一瞬嬉しそうなものに変わる。

 それだけなら怜に片想いをしているだけだとも考えられるのだが、怜の方へと目を向けると怜も桜彩に向けて笑みを浮かべているのが分かる。


(……やっぱり、光瀬先輩も…………)


 今の二人のやり取りを考えれば、それはつまり――

 顔を伏せて再び考え込んでしまう美都。


「先輩、おめでとうございます!」


 そんなことを考えていたら隣から由奈の声が聞こえてくる。

 顔を上げると怜と陸翔が自分達の方へと戻って来ていた。


「ナイス勝利、二人共!」


「サンキュー」


「ありがと」


 蕾華が軽く握った右手を怜と陸翔へと向けると、二人も同じように拳を握って軽く当てる。


「うんうん。二人共良かったよー!」


「はい。おめでとうございます」


 同じようにニコニコとしながらも拳を差し出す奏。

 いつもと同じようなクールモードで拳を差し出す桜彩。

 怜と陸翔は二人にも同じように拳を軽く当てていく。

 当然怜と桜彩も拳を当てることになるが、その際に一瞬だけ桜彩の表情が和らいだように感じた。


(…………)


 こうしてみると、怜と桜彩の一挙手一投足が気になってしまう。


「ほらほら、美都ちんも!」


「え? あ……」


 由奈に言われるがままに美都も片手を軽く握って前に差し出すと、陸翔と怜がそれに軽く拳を当ててくる。


「あ、おめでとうございます、先輩」


「ああ、ありがとな、応援してくれて」


「は、はいっ!」


 思わず美都の声が上ずってしまう。


(う、うんっ! ま、まだそうだって決まったわけじゃないし……)


 単に怜と桜彩が、見かけよりも仲の良い友人同士という可能性もある。

 というか、美都としてはそうであってほしい。


「さて、それじゃあ次はアタシ達だね」


「うん」


 桜彩と蕾華がラケットを持ってコートへと歩き出す。


「頑張れよ、二人共」


「ああ。頑張ってな、蕾華、渡良瀬」


「うんうん。蕾華もクーちゃんも頑張ってね!」


 同じクラスに所属する怜達三人が蕾華と桜彩へとエールを送る。


「佐伯と藤田もな」


「え?」


 コートへ入ろうとした際に怜に掛けられた言葉に美都が驚く。


「そりゃもちろん勝ってほしいのは蕾華と渡良瀬のペアだけどな。でも二人にも頑張ってほしいってのは嘘じゃないぞ」


「そ、そうですか。あ、ありがとうございます……」


 顔を赤くしながら照れる美都。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 美都へも応援の言葉を掛ける怜に桜彩が少しばかり不満げに頬を膨らませる。


(むぅ……。そ、そりゃあ、怜が佐伯さん達にも頑張ってほしいって思うのは分かるけど……)


 とはいえ怜と美都が友人同士だということは桜彩も良く知っている。

 立場上敵のクラスである美都(と由奈)を応援することが出来るのも怜の良いところだ。

 それは分かるのだがどうにも釈然としない。

 一方で隣の蕾華は美都と由奈に笑って声を掛けている。


「それじゃあ美都ちゃん、由奈ちゃん。よろしくね!」


「はい、よろしくお願いします」


「お願いしまーす」


「あ……お願いします」


 少しばかり遅れて返事をする桜彩。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そんな桜彩に対して美都は


「渡良瀬先輩、負けませんからね!」


 と少しばかりライバル心を出してアピールする。

 怜と桜彩の関係がどうであれ、ここで多少なりとも怜に良いところを見せたい。

 相手がもしかしたら怜が気にしている女子というのならなおさらだ。


「え? あ、はい。私も負けませんよ!」


 一瞬呆気にとられた物の、桜彩もそう返事を返してきた。

 当然桜彩としても美都には負けたくないという思いが強い。

 そして二組がそれぞれのコートへと入って試合が開始された。




【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

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