第256話 秘密の応援

「二人はいつから試合?」


「午後の第三試合です」


「えっ、そうなの?」


 雑談がてら奏が後輩二人の予定を聞いたのだが、桜彩達と同じ第三試合ということらしい。

 二年生の五人が揃って驚く。


「どうかしたのですか?」


「あ、うん。アタシ達も第三試合なんだよね」


「そうなのですね。もし当たったらよろしくお願いします」


「うん。こっちこそよろしくね」


 テニスコートは複数面ある為に、第三試合同士だとしてもここで直接当たるかは分からない。

 まあ両者ともに勝ち進んでいけばいずれは当たることになるのだが。


「もしかして美都ちゃん達ってテニス経験者?」


 対戦は全てトーナメント形式である為に、ここまで勝ち進んでいるということはその可能性もあるかもしれない。

 まあ球技大会の種目が多い為、対戦予定の相手が同じ時刻に行われる他競技に出場することになり不戦勝となった可能性もあるのだが。


「あ、いえ。私は中学の時に授業でしか経験はないのですが、由奈の方は中学時代に部活でやっていました」


「はいっ! 三年の時の最後の大会を最後に本格的にやることからは足を洗うことにしたんですが」


「そうなの?」


「はい。地区予選での敗退で。もうやり切ったって感じですね」


 最初の勢いはどこへやら、恥ずかしそうに由奈がそう告げる。


「でもテニス自体は好きですから、こうして遊ぶことが出来るのは楽しいです。それに美都ちんって結構運動神経良いんで、だったら一緒にやってみようかなって。それで昨日一昨日とアミューズメントパークで軽く練習したら、予想以上に上手で驚いちゃいました」


「ありがとね」


 由奈に褒められて嬉しそうに美都が微笑む。


「そうなのか。蕾華達と似てるよな」


「そうだな」


 一方でそれを聞いた陸翔と怜は少しばかり驚いた。


「どうかしたのですか?」


「ううん。実はアタシ達の方も似たようなきっかけだったんだ。アタシはテニス部だったわけじゃないけどりっくんやれーくんと趣味で結構やってたし、それで仲の良いサーヤに一緒にやらないかって誘ったんだ。そしたらサーヤ、すぐにコツを掴んじゃったみたいで」


「あ、ありがと……」


 こちらも蕾華に褒められた桜彩が照れたように微笑む。


「そうなんですね。ってことは竜崎先輩も渡良瀬先輩も経験者ってわけじゃないのに凄いですねー」


 感心したように由奈が目を丸くする。


「凄いなんてもんじゃないよー。特に蕾華なんか、去年は元テニス部の子と組んで一年生ながら優勝しちゃってるからね」


 補足するように奏が告げると、それを聞いた一年生二人が驚きに目を丸くする。


「それは凄いですね」


「はい。もし当たったら胸をお借りしますね」


 とはいえ悲観するでもなく、むしろ楽しそうな目を向ける二人。

 あくまでもこれはレクリエーションの一環として楽しめればそれで良いというスタンスだ。


「うん。といっても去年は運に恵まれた部分もあるしね」


「それに私は経験者じゃありませんから。だからむしろお二人の方が優勢かもしれません」


 一年生二人の言葉に謙遜する蕾華と桜彩。

 とはいえ一応本心でもある。

 普通に考えれば元テニス部と組んだ昨年より、未経験者の桜彩と組んだ今年の方が実力は落ちるだろう。


「まあまだ当たるって決まったわけじゃないし、それに他にも強いペアはいるだろうしね」


「はい。まずは目の前の一戦一戦ですね」


 確かに目の前の相手と試合するのは楽しそうではある。

 とはいえそこにだけ目が行って、次の試合に上の空で臨むのは良くないだろう。

 そんなことを話しながら歩いていると、じきにテニスコートに到着した。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あっ!」


 テニスコートに貼られていたトーナメント表を確認した怜が声を上げる。

 予想はしていたが、次の相手は美都と由奈のペアだった。

 少し遅れて桜彩達もそれに気が付き、戦うことになった四人が驚いて顔を見合わせてしまう。


「次の試合で当たっちゃうね」


「はい。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします」


「お願いしまーす」


 とはいえやはりギスギスとした雰囲気にはならず、和気藹々と挨拶を交わす。

 そうこうしている内に第一試合が終わったので怜は陸翔と準備を始める。


「まあとりあえずは俺達の方だな」


「ああ。それじゃあ行こうぜ、怜」


「おう」


 そう言って楽しそうに軽く右拳をぶつけあう。


「がんばってね、二人共」


「頑張って下さい」


「うんうん。応援してるよー」


 同クラス三人からの声援が掛けられる。

 こうして応援してくれる相手がいるというのは嬉しい。

 陸翔も怜と同じように嬉しく思っているのか、蕾華に向けて手を振っている。


「先輩、頑張って下さい」


「応援してますよー」


 加えて美都と由奈からも応援の言葉を貰う。

 クラスは違うが仲の良い先輩後輩として応援してくれるらしい。


「おう。行って来る」


「ありがとな」


 そんな五人の応援を背に、怜は陸翔とコートへと入って行った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「フッ!!」


 陸翔が強烈なサーブを相手のコートに叩きつける。

 それを相手は何とかラケットに当てると、ふらふらと高く上がったボールが怜のコートへと戻って来る。


「よしっ!」


 そのチャンスボール目掛けて今度は怜が勢いよくラケットを振る。

 相手のコートへと強烈に叩きつけられたボールは、当然ながら相手は反応すら出来ない。

 コート内でワンバウンドした後、そのままフェンスへと到達する。


「ナイス怜!」


「サンキュ! ナイスサーブ、陸翔」


 ハイタッチを交わす二人。

 ここまでポイントは4‐0と圧倒している。

 テニス部ではなかったとはいえ運動神経が良く、加えて趣味でかなりの回数を行っている怜と陸翔のペアにここまで相手は全く対応出来ていない。

 とはいえ相手の方もここまで勝ち残っただけのことはあり、ここまでの数試合でサーブを返球されたのはこれが初めてだ。


「りっくーん、れーくーん! ナイスナイス!」


「きょーかーん、ナイススマッシュ!」


 第三試合を待っている蕾華と応援に来た奏がコートの外から怜達を応援する声を飛ばす。

 一方で桜彩の方は、他人の目がある為に遠慮がちにパチパチと手を叩く程度にとどめている。


(……私も怜や陸翔さんを応援したいんだけどなあ)


 蕾華や奏のように、素直に怜に声援を送りたい。

 とはいえ桜彩はここまで二人とはそこまで仲の良さを見せてはいない為、いきなりそのような事は出来ない。

 それがとてももどかしい。

 加えて――


「先輩、頑張って下さい!」


「せんぱーい! がんばってーっ!」


 隣で美都(と由奈)が怜のことを応援しているのだからなおさらだ。

 陸翔も最近では家庭科部の活動に参加することも多かったので、美都や由奈とは顔見知りである。

 その為美都としては厳密には怜だけを応援しているわけではないのだが、それでも美都が一番応援したいであろう相手は怜であることは明白だ。

 現に陸翔がポイントを獲ったときよりも、怜がポイントを獲った時の方が声に力が入っている。


(うぅ……私も怜に頑張ってって言いたいなあ……)


 そんなことを思いながら、隣で声を上げている美都へと羨ましそうな目を向けてしまう桜彩。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「いやー、モテるなあ」


 ネットを挟んで相手からボールを受け取る際に、怜にそんな言葉が掛けられる。


「そう言われてもな……」


 一方でそれを聞いた怜は苦笑してしまう。

 相手も二年生である為に、怜と美都に関してのあれこれは耳に入っている。

 とはいえ怜は相手の二人とは一年生の時に同クラスでそこそこ仲が良かったし、決して妬まれているわけではなく単なる軽口程度ではあることは分かるのだが。

 むろん相手としては女子五人に応援され、加えてその他にもチラチラと見学がてら熱い視線を送られている怜に対して多少なりとも羨ましいという気持ちも多少はあったりはする。


「陸翔」


 相手から受け取ったボールをサーバーの陸翔へと軽く投げると、陸翔はそれを危なげなくラケットで受け取る。

 ふと怜がコートの脇へと目を向けると、他の皆がボールにつられて陸翔の方へと目を向けている中、桜彩だけがこちらを見ているのに気が付く。

 すると桜彩がくすりと笑みを向けてくれる。

 それに対して怜もふっ、と笑みを返す。

 わずかながらに出来た二人だけの時間。

 時間にして数秒のその間に視線だけでやり取りを行う。

 すると桜彩がそっと口を動かした。


『が・ん・ば・っ・て』


 声には出さないが、口の動きから桜彩がそう言ってくれているのが分かる。

 それだけでより体中に力が漲ってくるように感じる。


『あ・り・が・と』


 怜も声に出さず口の動きだけで桜彩に返事を返すと、再び桜彩がクスリと笑みを浮かべる。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 他の皆の目を盗んで怜へとメッセージを送る桜彩。

 頑張ってと伝えると、怜からもありがとうと返事が返って来た。

 例え声に出せずとも、二人共その思いは伝わっている。

 当然桜彩にもそれが分かり、先ほどまでの嫉妬心はすぐにどこかへと消えて行った。


(ふふっ。うん、声に出すことは出来なくても、こうやって怜のことを応援出来るよね)


 自分だけが出来る秘密の応援。

 それがとても心地好く感じた。

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