第255話 美都との再会
「みんな、お疲れーっ」
ボランティア部の部室で昼食を食べた後、教室へ戻る四人にそんな言葉が掛けられた。
飲み物を買っていたのか、封の開いていないペットボトルを持った奏が四人の方へと手を挙げて歩いて来る。
「奏もお疲れー。でも残念だったよね」
「んー、まあしょうがないっしょ。クーちゃんもありがとね」
「いえ、構いませんよ。それに負けてしまいましたし……」
奏の参加していたハンドボールは残念ながら一点差で敗退してしまった。
まあハンドボールに出場予定だった者が何人か多種目と被ってしまった以上仕方がない。
ちなみにその穴埋めとして、急遽桜彩も出場することになったのだが。
「でもクーちゃん凄かったよねー。ホント運動神経良いよねー」
桜彩へと顔を向けてうんうんと頷く奏。
怜や陸翔もその時間は暇だったので応援に顔を出していたのだが、実際に奏の言う通り桜彩の活躍は目を見張るものがあった。
「え、あ、ありがとうございます……」
照れながらそう言葉を返す桜彩。
「やっぱ運動系の部活とかって行かないん?」
「はい。今の私はボランティア部だけで充分充実していますので」
そんな桜彩の言葉が耳に届き、怜は表情を緩ませる。
そう言ってくれるのはやはり嬉しい。
「うんうん、そっかそっか。でも蕾華といいクーちゃんといい凄いよねー」
二人を見ながらうんうんと頷く奏。
そこで奏はふと何かに気が付いたように怜たち四人の顔を次々に眺める。
「あれ、てか四人でお昼食べてたの?」
怜たち四人がボランティア部に所属しているのは皆の知るところだ。
とはいえ表向き桜彩は怜や陸翔とまだ壁がある為、奏が疑問に思うのも無理はない。
「うん。午後からの作戦会議」
「あ、そゆことね」
桜彩と蕾華はダブルスのペアだし、怜と陸翔も同じくテニスで出場している為に奏もそうかと納得する。
「それで? きょーかんとミカは優勝候補だって勝手に思ってるんだけど、蕾華とクーちゃんはどうなん?」
「うん。もちろんアタシ達も優勝目指してるって。まあ相手が経験者のダブルスだとちょっと難しいかもだけど」
「ごめんね。私のせいで……」
蕾華の言葉に桜彩が頭を下げる。
実際に蕾華は昨年優勝しているし、それこそ元テニス部に比べて遜色のない動きをしている。
もし負けた場合、敗因になるとしたら桜彩の方だろう。
その桜彩の言葉に蕾華は慌てて首を横に振る。
「そんなんどっちのせいでも無いって。そりゃあもちろん勝ちたいけどさ、アタシはサーヤとテニスするだけで楽しいし」
「蕾華のゆーとーりだよ。それにクーちゃんを推薦したのはみんななんだからさ」
「だな。それに渡良瀬もちゃんと動けてると思うし気負わなくても良いって」
「そうそう。それに午前中だって危なげなく勝ってたしな」
「あ、ありがとうございます」
皆の励ましの言葉に桜彩が顔を上げる。
そもそもこれは楽しむためのイベントなので、楽しくやれればそれでいい。
「あ、そうだ。ウチは午後に出る種目もないし、蕾華達の応援行こっかなー」
「あ、ホント? 来て来て!」
蕾華が嬉しそうに奏の肩を叩く。
本来奏はもう帰宅しても良いのだが、それでも全競技の終了までは学内に残る予定らしい。
「ていうか、そろそろ移動した方が良いよな。少し時間に余裕持っとくか」
「だな。それじゃあ行くか」
時計を確認しながら怜がそう提案すると、すぐに陸翔も同意する。
既に昼食休憩の時間は十五分程度しか残っていない。
昼食休憩後の第二試合に出場する怜と陸翔としては、移動時間も考えてそろそろ移動した方が良いだろう。
「蕾華達はどうするん?」
「アタシ達は第三試合だから一緒に移動した方がいいかもね」
「はい。私達も行きましょう」
蕾華の言葉に桜彩も同意する。
実際にこのテニスは七ポイント先取のタイブレーク方式なので、早く決着する時は本当に早くその分後の試合が繰り上げで行われる。
実際に怜と陸翔のペアに関しては、これまでの試合のほとんどをサービスエースかリターンエースで完封してきた。
まともにラリーすらさせないので試合自体はすぐに終わる。
そんなわけで奏を加えた五人は一度教室へと寄ってラケットを持った後、テニスコートへと向かって歩いて行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「――でそれがね」
「そうなん? それ凄いねー」
時間に余裕をもって移動しているということは特段急ぐ必要が無いとも言える。
そんなわけでのんびりと雑談しながらコートへと向かっていると、そこへ見知った二人組が現れた。
相手の方もこちらに気付いたようで小走りにやってきて軽く頭を下げてくる。
「こんにちは、先輩方」
「ちわっす」
相手の片方に対する気まずさから怜が少し気後れしてしまう。
佐伯美都。
先日怜に告白してきた彼女が、同じく家庭科部に所属する友人である
先週の金曜日は怜も家庭科部の方に顔を出さなかったので美都とはその告白を断って以来会っておらず、これが最初の再開である。
といっても黙っているわけにもいかないので、いつもの通りに返事を返す怜。
「ああ、こんにちは」
いつもの通りに出来ているか、本人には分からないが。
一方で美都の方はそんな怜とは対照的に、少なくとも見た目はいつもと変わりがない。
他の皆も軽く挨拶を終えたところで、美都が怜を見てクスッと笑う。
「そんな顔しないで下さい、先輩。前にも言った通り、別に先輩が気に病む必要は無いんですから」
「ん、ああ」
確かに美都の言う通り、怜は単に美都の告白を断っただけ。
ただそれだけなのだが、とはいえあそこまで真剣に告白してきた相手は怜にとっては初めでだ。
故に、何とも言えない気まずさを感じてしまう。
「先輩、いつも通りでお願いします。それに前にも言った通り、私はまだ諦めていませんから」
確かにいつまでも微妙な態度を取り続けるわけにもいかない。
ならばここで一区切りすべきだ。
そう考えて怜も笑みを浮かべて頷く。
「……そっか。ああ、分かった」
「ありがとうございます、先輩」
そう言って美都はにっこりと笑う。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(…………佐伯さん、やっぱりまだ諦めてないんだ)
一方で、そんな二人を見ながら桜彩はそんな不安を感じてしまう。
(もし、怜の心が動くようなことになったら……)
告白の後、怜は『桜彩と一緒にいる時間を大切にしたいと思ってる。出来るかどうかも分からない彼女なんかより、桜彩の方が大切だ』と言ってくれた。
とはいえ、もし本当に彼女が出来てしまったら。
『怜が佐伯さんと付き合い始めるんじゃないかって思ったら……言葉にするのは難しいんだけど、なんだか嫌だなって……』
あの時、自分が言った言葉を思い出す。
もちろん、桜彩の中では今もその思いは変わっていない。
(やっぱり……ここ最近、怜のことを考えると感じるこの気持ちは…………そう、なのかな…………?)
怜のことを思うと胸が落ち着かなくなる。
一緒にいても、離れていても、怜のことを考えることが多くなっている。
自分の知らないところで他の誰かと一緒にいると考えると嫌な気持ちになってしまう。
『名前の付けられない自分達だけの特別な関係』
二人が良く口にする、自分達だけの関係。
果たしてそれは、これから先も名前の付けられない自分達だけの特別な関係のままなのだろうか。
ふと、そんなことを考えてしまう。
「ほらほら、こんな所で止まってないで先行こ!」
悩んでいると、耳にそんな蕾華の声が聞こえてくる。
もちろん桜彩が悩んでいることを理由ごと察した蕾華の気遣いだ。
「あ、そうだね。それじゃあ行こっか。ほら、美都ちゃん達も一緒に」
「え、良いんですか?」
「そりゃもちろんだって。行先一緒なんだし。……良いよね?」
事後承諾で四人に問いかける奏。
とはいえ四人共それに異を唱える理由もないので問題ないと答えて総勢七人でテニスコートへと歩いて行く。
「そうだ、光瀬先輩。先輩は――」
歩きながら美都が怜の横へと並んで話しかけていく。
そんな怜達の少し後ろを歩く桜彩は、やはり胸にちくりとしたものを感じていた。
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