第265話 怜と奏④ ~奏からの忠告~
「きょーかんはさ、クーちゃんのこと、好き?」
「……………………え?」
奏の口から出た予想外のその言葉。
今、話の流れからは全く関係ないであろう人物の名前。
それを聞いて怜は固まってしまう。
そんな怜を見て奏は再び苦笑する。
「…………なんで渡良瀬のことが出てくるんだ?」
奏の問いに怜は質問で返してしまう。
何故か言葉に詰まってそれしか出てこない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……そっか、やっぱり」
ぽそり、と、怜の耳へと届かないくらいの小さな声が奏の口から漏れる。
その言葉は怜の問いに対してではなく、自分の予想が当たっていたと納得した言葉。
(……やっぱり、まだ気づいてないんだね)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一度落とした顔を上げて、再び奏は怜を見る。
「きょーかん、クーちゃんと仲良いっしょ?」
「……まあ、な。そりゃ同じ部活だし、蕾華を介して話したりもするし」
決してそれだけではない。
実はお隣さんで、一緒に買い物して、一緒に料理して、一緒に食事して、一緒に勉強して、一緒にのんびりと過ごして。
そのことを知らないはずの奏に対して怜はそう返答するが、奏はゆっくりと首を横に振る。
「ううん、そうじゃなくてさ。きょーかんとクーちゃん、クラスでの見た目以上に遥かに仲が良いよね」
「え……」
奏の言葉を聞いて怜が言葉に詰まる。
「なん、で……」
何とか口からそれだけを絞り出す。
学内で二人の関係は隠していたはず。
多少怪しい所もあったかもしれないが、それでも何とかごまかせたはずだ。
そんな怜に奏は
「分かるよ。好きな人のことだから。ウチはずっときょーかんのことを見てた。だからさ、実はきょーかんとクーちゃんが仲良いんだなってのは気付いてた。それにさ、この前の美都ちゃんのお弁当の時。あれでもうほぼ間違いないなって」
「あれは……」
気が抜けていた為に、桜彩にあーんで食べさせた。
その後、桜彩の危ない発言もあった。
しかしそれは何とかごまかせた、そう思っていた。
「それでさ、その後何度かカマかけるようなこと言って、その反応でもうほぼ確信しちゃったよ」
『ああ、そーゆーことね。でもさ、今のきょーかんとクーちゃん、いつも一緒に料理してるみたいな感じしたからさ』
『え? いつもと同じってどういうこと? クーちゃん、きょーかんの料理、いつも食べてるの?』
『でもそれだけの期間でこうもきょーかんと息を合わせられるなんてねー。まるで毎日一緒に作ってるって言われても驚かないよ。なんか休日に一緒に料理する新婚さんみたい』
それらの言葉に対する怜と桜彩の反応で、二人が実は非常に仲が良いと分かったのだろう。
「それにさ、さっきクーちゃんにラケットが当たりそうになった時、きょーかんクーちゃんのこと『桜彩』って呼んでたっしょ?」
「え……」
奏の指摘にその時のことを思い出そうとする。
詳しく覚えていないが何しろ咄嗟の状況だったので、慌てていつものように『桜彩』と呼んでしまったということか。
「あはは。ウチが気が付いてること、きょーかん全く気付いてなかったっしょ?」
「…………ああ。全く気が付いてなかった」
「だよねー」
ごまかせたと思っていたのだが、実はごまかせていなかった。
むしろごまかすのが上手かったのは奏の方だ。
奏は一歩前に出て怜との距離を詰める。
その両手で怜の両手を掴んで真剣な瞳を怜に向ける。
「きょーかん……。ウチはきょーかんのことが好き。ウチじゃ駄目……? ウチは本当にきょーかんのことが好き。きょーかんの為なら……何をしても良い。きょーかんになら、何をされてもかまわない……。ねえ、きょーかん……。ウチじゃ駄目かなあ…………」
目に涙を溜めて怜を見上げる奏。
怜としても正直、奏のことは嫌いではない。
きょーかんと呼ばれていることは単なる軽口であり、普通に呼ばれたいと思ってはいるのだが、同時にきょーかんと呼ばれることが何故かしっくりと来てしまう。
美都と同様に人としては好きだ。
蕾華を除けば同年代で一番仲の良い女子だと言っても良い。
桜彩が隣に越してくるまでは――
「きょーかん…………」
「……………………悪い。俺は宮前とは付き合えない」
しっかりと目を見て、奏の想いを正面から受け止めた上でそう伝える。
「……………………うん、分かってたよ。だってウチはさ、さっきも言った通り、あれ以来ずっときょーかんのことを見てたんだから」
「宮前…………」
「はあ…………。本当にズルいな、クーちゃんは。ウチが半年以上かけても詰められなかった距離を一瞬で詰めちゃうんだから」
「え…………」
ドクン
再び桜彩の名前を聞いた怜の心臓が大きく跳ねる。
だから何故そこで桜彩の名前が出るのか。
いや、その理由は――
そう思っていると、涙を拭いた奏が顔を上げる。
表情は一見していつもの笑顔だが、無理に笑顔を作っているのは丸分かりだ。
拭いたはずの目には新たな涙が溜まっており口元は震えている。
それでも奏は首を大きく横に振って、作り桃の笑みを浮かべて怜の顔を見る。
「あはは。なんちゃってね。じょーだんだよ、じょーだん」
「…………」
「だからきょーかんもそんな顔しないでって。ただのじょーだんなんだからさ」
気にするなというように怜の肩をポンと叩いて来る。
「でもね、きょーかん。ウチがきょーかんに感謝してるのは本当だよ。だからさ、これはきょーかんに感謝してるウチからのおせっかい。きょーかん、クーちゃんのこと、ちゃんと自覚しなよ。それが遅いとウチみたいに手遅れになっちゃうからね。あはは、それじゃさよなら」
そう言って奏は怜に背を向けて速足で出口へと向かう。
去って行く背にかける言葉は怜には見つからない。
そして顔を隠したまま奏は家庭科室を出て行った。
締められた扉を見て、怜ははあと一息吐く。
「…………さすがに、今のが冗談じゃないってことくらいは分かるぞ」
奏の告白が本心であったことは、怜にも痛いくらいに分かっている。
そう、そして最後のお節介の意味も。
(桜彩とのことをちゃんと自覚しろ、か。それは――)
つまり奏としては、怜が桜彩のことを好きだと――
「え……………………」
その考えに至った怜の胸がドクンと揺れる。
これまでに怜と桜彩は何度も恋人同士とみられることがあった。
近い相手では陸翔や蕾華。
親友である二人にすら誤解をされた。
他にも望や桜彩の両親。
はては通りすがりの通行人にまで。
その際、自分と桜彩は恋人同士ではないと訂正するにとどまっていた。
それ以上のことは考えてはいなかった。
だが――
先日のデート以降、何度も感じる胸の高鳴り。
言葉では言い表せない特別な感情。
(好き……。もしかして、これが、好きっていう気持ち、なのか……?)
自分が桜彩に対してい抱いている特別な気持ち。
恋愛感情というものが分からない怜にとって、はたしてそれが本当にそうなのかは分からない。
桜彩がいたからこそ、自分は一歩前に踏み出せた。
それら全てに対する恩や感謝の気持ちを『好き』という一言でまとめてしまっても良いのだろうか。
『それが遅いとウチみたいに手遅れになっちゃうからね』
先ほどの奏の忠告が頭に思い起こされる。
この気持ちが『好き』とか『恋』だと決まったわけではない。
しかし胸が苦しくなってしまう。
「桜彩……。俺の、この、気持ちは…………」
自分自身で『恋』と呼べないこの気持ちを抱えたまま、怜は自分の胸に手を当てた。
【後書き】
次回投稿は月曜日を予定しています
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