第253話 ペットに嫉妬

「ニャアッ!」


「フーッ!!」


 二組のバカップルがデザートまで食べ終えたところで、それまでお預けを食らっていたクッキーとケットがケージの中からそろそろ自分達にも食べさせろとアピールしてくる。

 とりあえず人間用の食べ物は全て食べ終えた後なので、もう二匹を自由にしても良いだろう。

 そう考えて蕾華がケージを開けると勢いよく飛び出した二匹がベンチに座る怜の元へと駆け寄っていく。


「みゃー」


「なー」


 そのままジャンプして怜の太ももの上に乗り、頭を怜の体へとこすりつけるようにして甘えていく。

 陸翔もバスカーへの『待て』の命令を解除すると、バスカーも怜の元へと駆け寄ってその足に体をこすりつける。

 そんな三匹の頭を順に撫でながら、怜は持って来た荷物を指差す。


「れーくん、これ?」


 荷物の中から蕾華がタッパーを取り出して見せてきたので、そうだと首を縦に振る。

 タッパーの中身は柔らかく茹でてほぐしたささみ肉。

 桜彩の歓迎バーベキューの時にも用意した、バスカーを含めた三匹の大好物だ。

 蕾華がタッパーの蓋を開けると、三匹は怜に体を預けながらもそちらへと視線が吸い寄せられる。


「はい、サーヤ」


「あ、ありがと……」


 蕾華がタッパーを差し出すと、桜彩がそこから少量のささみを摘まむ。

 こうして本物の猫と戯れるのはゴールデンウィークの時以来だ。

 久しぶりの体験に、桜彩がゆっくりとクッキーとケットの前へとささみを近づけていく。


「クッキーちゃん、ケットちゃん。あーん」


「にゃぁ」


「ふなぁ」


 怜の膝に乗ったまま、クッキーとケットが桜彩が差し出したささみを口へと咥えて食べていく。

 以前とは違って怜に抱えられている為に、桜彩からささみを強奪することはしない。

 二匹の食べる姿を見て満面の笑みを浮かべる桜彩。


「わあっ! 食べた、食べたよ!」


「ああ、良かったな」


「うんっ!」


 美味しそうにささみを食べる二匹へ手を伸ばすと、二匹はそれを拒否することもなく受け入れる。


「ふふっ、可愛いなあ。もっと撫でてあげるね~」


 怜の膝の上でささみを食べている二匹を思う存分撫でまわす桜彩。


「次はバスカーちゃんだね。はい、あーん」


「ワンッ!」


 今度は足下のバスカーへとささみを差し出すと、バスカーも嬉しそうにそれを食べていく。

 そんなバスカーにも手を伸ばして同じように撫でていく。

 桜彩にとって一番好きなのは猫とはいえ、犬だって好きなことに変わりはない。


(…………)


 それを見た怜だが、なぜか胸がモヤっとしてしまう。

 桜彩が三匹と仲良くしているのは怜としても嬉しいのだが。


(あーん、か。…………なんだろ。その『あーん』をしてもらうのは俺だけだったんだけどな……。あ、いや、もちろん桜彩がクッキーやケット、バスカーと仲良くなるのは良いんだけど……)


 以前にも桜彩がバスカー達に食べ物を食べさせていたことはあったのだが、ここ最近では桜彩に食べさせてもらっていたのは自分だけ。

 そう考えると三匹に対して少し複雑に感じてしまう。

 一方、桜彩の方はそんな怜の心のうちに気付かずにバスカーを撫で続ける。


「ふふっ。バスカーちゃんも可愛い」


「ワンッ」


 嬉しそうに撫でられるバスカー。


「それじゃあ桜彩、役割を交代な」


「え? あ、うん」


 なんだかこれ以上、桜彩に『あーん』として欲しくはない。

 そんな思いを抱えながら怜が膝に座るクッキーとケットを抱えて桜彩の方へと移動させると桜彩の方は突然膝の上に乗せられた二匹が動かないように慌ててその身体へと手を伸ばす。


「ふふっ。良い子良い子~っ」


 桜彩も大好きな猫を膝の上に抱えることが出来て満足そうだ。


「ニャッ」


「ニャ―ッ」


 一方で大好きな怜の膝から移動することとなり少々不満そうな声を上げる二匹。

 そんな二匹に今度は怜がささみを差し出す。


「あーん」


「にゃぁ」


「なー」


 するとこれまで再び怜の方へと移動しようとしていた二匹がその動きを止めてささみを食べ始める。


「バスカー」


「ワンッ!」


 今度はバスカーへとささみを差し出すと、それを食べながら怜に甘えるように更に体を寄せていく。


「バスカー、お手」


「ワンッ!」


 そう言いながら手を差し出すと、すぐにバスカーがその上に自らの前足を重ねてくる。

 やはり本当に頭が良い。


(…………)


 それを見た桜彩だが、なぜか胸がモヤっとしてしまう。

 怜が三匹と仲良くしているのは桜彩としても嬉しいのだが。


(あーん、か。…………なんだろ。その『あーん』をしてもらうのは私だけだったんだけどな……。あ、もちろん怜ががクッキーちゃんやケットちゃん、バスカーちゃんと仲が良いのは構わないんだけど……)


 以前にも怜がバスカー達に食べさせていたことはあったのだが、ここ最近では怜に食べさせてもらっていたのは自分だけ。

 そう考えると三匹に対して少し複雑に感じてしまう。

 なんだかこれ以上、怜に『あーん』として欲しくはない。


「あ、怜。私もやっていいかな?」


 そんな考えから慌てて怜へと言葉を掛ける。


「ああ、もちろん」


「やった。バスカーちゃん、お手」


「ワンッ!」


 桜彩も同様にバスカーに命令を出すと、バスカーも素直に桜彩の手に自らの前足を重ねる。


「ふふっ。クッキーちゃんもケットちゃんもバスカーちゃんも可愛いね」


「ああ。猫も犬もみんな可愛い」


「うんっ!」


 そして怜と桜彩は三匹に食事を与えながら存分にコミュニケーションを取っていく。

 そんな二人と三匹の姿を陸翔と蕾華は楽しそうにスマホで撮影していった。


「ふふふ。これでさやっちも犬派だな」


「何言ってるの! 犬も確かに可愛いけど、でもサーヤは猫派だから!」


 などといつも通りの犬猫論争もあったわけだが。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふぅ……」


 しばらくすると、午前中に運動したこともあり、加えて食後ということもあって眠気が襲って来る。


「どうしたの? 眠いの?」


 怜の様子に気付いた桜彩が問いかけてくる。


「ああ。少しな」


「そうなんだ。それじゃあ、はい」


 そう言って自らの太ももの上を叩く桜彩。

 これはつまり、まあそういうことだろう。

 これまでにも何度かあった桜彩の膝枕。

 とはいえ早々慣れるものではない。

 恥ずかしさから戸惑う怜に、徐々に桜彩の表情ががムッとしたものに変わっていく。


「怜? どうしたの?」


「いや、どうしたのっていうか……」


「むーっ! ほら、いいから頭置いて!」


「わっ!」


 少々強引に桜彩に頭を置かされる。

 当然ながらいつもの通り桜彩の太ももの感触が怜の後頭部から伝わってくる。

 加えて鼻に届く桜彩の匂い。

 午前中の運動とこの天気により汗をかいてしまっているものの、決して嫌ではない、むしろ心地好いその匂いがより怜に安心を与え眠気を誘う。


「ふふっ、良い子良い子」


 先ほどクッキーとケットにやっていたように怜の頭を撫でていく。

 恥ずかしいながらもその心地好さに抗うことが出来ずに、次第に怜は夢の世界へと旅立っていく。


「ふふふっ。やっぱり怜の寝顔は可愛いなあ。うりうり~っ」


 膝の上で寝てしまった怜の頬をぷにぷにと突いていく桜彩。

 指先から伝わる頬の感触がなんとも心地好い。


「にゃぁ」


「ふなぁ」


 すると先ほどまで陸翔と蕾華と遊んでいた三匹が寄って来て、クッキーとケットは怜の体の上へと乗って体を丸めて一緒に眠ってしまう。

 バスカーの方は流石に怜の上に乗ることはなかったものの、ベンチから垂れている怜の右手に頭を付けた状態で身を伏せて眠りに就く。

 その姿を見て、桜彩はより楽しくなってしまう。


「ふふっ。怜、可愛いなあ」


 休憩中の気分転換に持ってきたスケッチブックを取り出す。

 当然目当ては膝の上で眠る怜と三匹のペット。

 そのまま桜彩は、膝の上で眠る大切な人と可愛い三匹のペットの姿をゆっくりと描いていった。

 当然ながら陸翔と蕾華はそんな姿もスマホに収めていたのだが。




【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る