第252話 バカップル×2の昼食

「とはいえもう桜彩も疲れただろうし、それにそろそろお昼だし一旦休憩にするか」


 スポーツウォッチを確認するともうすぐ正午、つまるところ昼食の時間だ。

 それを聞いた三人も自分のお腹が空いてきていることに気が付いて、全員一致で怜の提案に頷く。


「それじゃあアタシはクッキーとケットを連れてくるね!」


 ランチタイムということで、蕾華はペットの二匹を連れに自宅へと戻っていく。

 その間に怜達は昼食の支度を整える為、荷物を持って日陰の方へと向かう。

 虹夢幼稚園には何人かで使えるテーブルとベンチが屋外に設置されている。

 そのテーブルの上に怜が持ってきた四つのランチボックスと各種タッパーを開くと、そこから美味しそうな昼食が現れる。


「おっ、美味そうだな!」


 その中身を見た陸翔が顔を綻ばせる。

 怜の作った弁当はもう何度も食べている為、美味しいことが約束されているのは陸翔も理解しているが。


「今回は俺と桜彩で一緒に作ったんだ」


「そうなのか、さやっち?」


「う、うん……。といってもやっぱりメインは怜なんだけどね」


 怜の言葉に恥ずかしがりながら桜彩が謙遜する。

 実際にいつも通り怜がメインで桜彩はその手伝いをしただけだ。

 といっても当初に比べれば桜彩の手伝える範囲も大幅に増えてはいるが。


「お待たせ―っ!」


 するとそこへ手にキャリーケージを抱えた蕾華が戻って来る。

 当然ながらその中に入っているのは蕾華のペットであるクッキーとケットだ。

 その二匹を見て猫好きの桜彩が目を輝かせる。

 犬のバスカーも当然好きなのだが、やはり猫には代えられない。


「みゃあ」


「にゃぁ」


 ケージの中から怜を発見した二匹が嬉しそうに声を上げる。

 そんな二匹に怜は顔を近づけて


「久しぶり、クッキー、ケット。ごめんね、もう少ししたら出してあげるから」


 と優しく声を掛けた。

 賢いバスカーは陸翔が『待て』と命令すればその命令が解除されるまで動くことはないのだが、この二匹はバスカーとは違って好き勝手に動いて来る。

 具体的には怜達人間用の食事を狙ってくることだろう。

 故に弁当を食べ終えるまで、二匹はケージの中だ。


「みゃぁ……」


「ニャッ」


 大好きな怜を前にケージから出してもらえない二匹が不満げな声を上げるが、だからといってケージを開けるわけにもいかない。

 そんなわけで二匹をケージごと地面において、昼食の用意を再開する。


「わあっ、これ本当に美味しそう! さすがれーくん」


 蕾華も陸翔と同様にランチボックスを見て目を輝かせながら歓声を上げる。

 ランチボックスに入っているのはタコライス。

 ご飯の上にたっぷりの野菜とタコミート、チーズなどが載っていて冷めても美味しいように工夫されている。

 タッパーに入っているのはエビチリ、甘辛ソースの掛かった生春巻き、ヨーグルトで下味をつけた鶏を焼いた物。

 せっかくの弁当ということで、怜が普段は作ることの無いメニューを作って来た。


「まあ俺だけで作ったんじゃなく桜彩も手伝ってくれたけどな」


「そうなの? サーヤ、ありがとね!」


「う、うん……」


 桜彩の両手を取ってブンブンと振る蕾華。

 その勢いに押されて桜彩は少々戸惑ってしまう。


「れーくんの作る料理は何度も食べてるけど、こういうのって初めてだよね」


「だな。エビチリはともかくな」


「まあたまにはこういうのも良いかなって」


「うんうん。あ、サーヤはどれを作ったの?」


「え、えっと……怜の指示に従って、このタコミートを作るのを手伝ったり春巻きを巻いたり……」


「へーっ、そうなんだ! うん、それじゃあせっかくだしサーヤの作った物から食べよっかな!」


 そう言って早速春巻きへと手を伸ばす蕾華。

 それを隣の陸翔がゆっくりと押しとどめる。


「蕾華、慌て過ぎだぞ。まずは食べる前に、な」


「あっ!」


 それを聞いて蕾華も自分の勇み足を理解した。

 たしかにそれを行わずに食べるのはマナー違反だろう。

 といっても怜も桜彩もそれを決して嫌だなと思うことはなく、むしろ自分達の作った料理をそれほど楽しみにしてくれていることが嬉しい。


「それじゃあ改めて」


 怜の言葉で四人揃って手を合わせる。

 そして


「「「「いただきます」」」」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 タコライスとは箸ではなくスプーンで食べる料理だ。

 そして今回、怜も箸の他にスプーンもちゃんと用意している。

 いや、ちゃんとという表現はおかしいかもしれない。

 なにしろ怜が用意したスプーンは四本ではなく二本だけだ。


「はい、桜彩。あーん」


「あーん……うんっ、とっても美味しい!」


 もう当たり前のようにあーんで食べさせる二人。

 そんな二人を微笑ましく見つめる陸翔と蕾華。


「ねえねえ二人共、家でもいつもあーんって食べさせてるの?」


 その言葉に怜と桜彩が揃って蕾華の方を見ると、隣の陸翔と共にニヤニヤとした視線を向けていた。


「いつもってわけじゃない。たまにだ、たまに。ってかほとんどしない。その時のテンション次第」


「う、うん……。その、クッキーとかそういうのだけだから……」


 実際に普段の食事ではそれぞれ自分で食べている。

 食後のデザートはアーんとすることが多いが。

 照れながらそっぽを向く怜と恥ずかしそうに下を向く桜彩。

 一応、まだ羞恥心は残ってはいる。


「まあ今はせっかくのお弁当だしね! それに今は奏も美都ちゃんもいない、アタシ達だけだから遠慮せずにやっちゃっていいって」


 先日、美都の弁当作りの際に奏や美都の前で桜彩にあーんをやってしまったことを思い出す。

 あの時は本当に失態だった。


「てなわけでりっくん。アタシ達も負けずにやろっ! はい、あーん」


 そう言いながら生春巻きを箸で摘まんで陸翔へと差し出す蕾華。

 当然ながら陸翔は何一つ照れることなく差し出された生春巻きにかぶりつく。


「もぐ……。うん、美味いぞ! 次は蕾華の番だな。あーん」


「あーん……。美味しい!」


「そっか。ありがと」


 何はともあれ美味しいと言ってくれることは嬉しい。

 二人の感想に表情を緩めて笑い合う。


「まあ、俺達も食べるか」


「うん、そうだね。それじゃあ怜、あーん」


「あーん」


 そして二組のバカップルは幼稚園の中という人目を気にすることのないシチュエーションで、存分にあーんで食べさせ合うことにした。

 いや、人目があってもそれを気にしないかもしれないが。

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