第250話 テニスの練習
「久しぶりだね、ここ来るの」
「そうだな。もう一か月以上も前だからな」
「本当だね。あれからもうそんなに経つんだ」
球技大会種目決め翌日の土曜日。
怜と桜彩は陸翔の実家が経営する虹夢幼稚園を訪れていた。
ゴールデンウィークにボランティア部として訪れて以来の幼稚園。
当然ながら土曜日である本日は幼稚園は運営しておらず、ここを訪れた目的はボランティア部の活動としてではない。
昨日のホームルームで決まった球技大会のテニスの練習をする為だ。
「はよーっ!」
「れーくん、サーヤ! おっはよーっ!」
鍵の開いている正門から園内に入ると陸翔と蕾華が出迎えてくれる。
それに対して怜と桜彩も若干足を速めて二人の元へと向かって行く。
「おはよ、二人共」
「おはようございます」
「悪いな、準備させちゃって」
挨拶の後、園内の一箇所を見ながらそう告げる。
そこには既に、四月に怜と陸翔が行った時と同じように簡易テニスコートが準備されていた。
「いいっていいって、そんなん気にしないで。大した手間じゃねえしな」
「そうそう。アタシ達の方が近いんだしさ」
「それでもだよ」
「うん。ありがとう」
本人達が大した手間ではないと言っても、それでも準備してくれたことに変わりはない。
来てすぐにプレイ出来るようにとの心遣いが本当に嬉しい。
そしてここにいるのはこの四人だけではない。
少し離れたベンチ前に座っていた一匹の犬の元へと足を向ける。
「バスカーもおはよう」
「おはよう、バスカーちゃん」
言いながらバスカーを撫でる怜。
大好きな怜に撫でられて、心なしかバスカーの方も嬉しそうだ。
「バスカー、もう動いても良いぞ。ムーブ!」
「バウッ!」
陸翔が待機命令を解除するとバスカーはすぐさま立ち上がり、怜の胸へと飛び込んで行く。
そんなバスカーを怜も抱きしめながら頭を撫でる。
少しの間バスカーを堪能するが、本来の目的は明後日のテニスの練習だ。
一度バスカーを放して本来の目的の方を行うこととする。
「それじゃあさっそくやっていこっ! サーヤはテニスは未経験なんだよね」
「うん。前の学校でも授業ではやらなかったし」
「うんうん。それじゃあれーくん。バドミントンの時みたいにまずはサーヤに教えてあげてね」
「分かった。それじゃあ桜彩、早速練習するか」
「うん。よろしくね」
バーベキューの時に行ったバドミントンと同じく、まずは二人に比べて教えるのが上手い怜が桜彩へと簡単に教えることにする。
「はい、サーヤ。これ使ってね」
「うん。ありがとう。バドミントンの物とはやっぱり少し違うね。こっちの方が重いっていうか」
蕾華から渡されたラケットを桜彩が手に持ちながら首を傾げる。
「まあそれはな。バドミントンのシャトルに比べてテニスのボールは重いし」
バドミントンのシャトルが百グラム弱に比べてテニスのボールは大体三百グラム程度だ。
もちろんそれだけが理由ではないのだが、そこのところは大きい。
「大丈夫か? 重くない?」
「あ、うん。このくらいだったら全然問題ないよ」
そう言いながら見様見真似で桜彩がラケットを何度か振る。
それを見て怜は自分でもラケットを持って桜彩へと見せる。
「あ、桜彩。持ち方だけど、まずは――」
「あ、うん。えっと、こう?」
怜の持ち方を真似する桜彩だが、お手本である怜とはどことなく違う。
「えっと……こうだな」
「あ、うん……」
それに対して怜は桜彩の手を取って、持ち方を微調整していく。
そこから伝わる桜彩の手の感触に少々ドキッとしてしまう。
(う……。何度か桜彩と手を繋いだことはあるけど……)
シルクのような手触りに桜彩の体温。
それを感じて鼓動が少しばかり早くなってしまう。
一方で桜彩の方も
(うぅ……。やっぱりまだ緊張するなあ……)
何度も触れた怜の手。
しかい毎度のように、そこから伝わる感触に胸が温かくなっていく。
「……ねえ、まだボールすら打ってないんだけど」
「……始まりからこれかよ」
そんな二人を親友二人は呆れるように眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、簡単に打ち方を教えたところで実際にボールを打ってみることにする。
ちなみに打ち方を教えている最中も、怜が手取り足取り、具体的には体の重心を修正したりする際に桜彩に触れて、二人で照れ合っていたのだが。
まずは蕾華と桜彩がそれぞれコートに入って準備する。
コーチ役である怜は桜彩側のコートの横に位置して、気になったところを指摘する予定だ。
「それじゃあ簡単に打っていくねーっ!」
「うん、お願い!」
コートの対角からの蕾華の声に緊張しながら返事をする桜彩。
やはり実際に動くボールを打ってみるのが一番だろう。
「いくよーっ、それっ!」
蕾華の打ったボールが山なりになって桜彩のコートへと入ってくる。
コントロールが良く桜彩の右側に軽くバウンドしたボールに対してほとんど動かずにラケットを振る桜彩。
するとラケットは見事にボールを捉えて相手の陣地へと返って行く。
が、それは蕾華の元へと戻らずに、蕾華から離れた所でバウンドして転がっていった。
「バウッ!」
すかさずそのボールを追いかけていくバスカー。
こうして球拾いを遊びと捉えて楽しんでくれているのが怜達にとってもありがたい。
すぐさまボールに追いつきそれを咥えて蕾華の所へと向かって行く。
「ありがとね、バスカー」
「バゥ」
ボールを渡された蕾華がバスカーを撫でると、バスカーは嬉しそうに一鳴して再びコートから少し離れた位置に鎮座する。
「ご、ごめんね!」
「いいっていいって! それじゃあサーヤ、次いくよーっ!」
「あ、うん」
見当はずれの所へと返してしまった桜彩が申し訳なさそうに頭を下げるが、それを気にせずに蕾華は再びボールを打っていく。
先ほどと同じように桜彩がラケットを振ると、今度は蕾華の方へとボールが上手に向かって行った。
戻ってきたボールをラケットで自らの上方へと軽く打ち上げる蕾華。
そして落ちてきたボールをキャッチすると嬉しそうに桜彩の方へと笑みを向ける。
「うん、上手上手! サーヤ、やっぱり運動神経良いじゃん!」
「そ、そうでしょうか?」
「うん、そうだって! ねえ、りっくんもれーくんもそう思うでしょ!?」
「ああ! 桜彩っちセンスあるぞ!」
「そうだな。バドミントンほどではないにしろ、思った場所に打ち返すのって結構難しからな」
「う、うん、ありがと……」
陸翔と怜からの言葉に嬉しそうに桜彩がはにかむ。
というか、むしろ怜からの言葉にはにかむ。
もちろん蕾華や陸翔からの言葉も嬉しくは思っているのだが。
そんな桜彩の表情を見て、微笑ましそうな目を向ける親友二人。
「さてと、それじゃあまたいくよーっ! 今度は出来るだけラリーしよーねーっ!」
「う、うん! お願いします!」
「うんっ! それーっ!」
そのまま十分程度蕾華と桜彩はお互いにボールを打ち合った。
最初こそ慌てながら打っていた桜彩も、少しすれば初心者としては上出来の動きでちゃんと蕾華へとボールを返せるようになる。
それを見て怜と陸翔は桜彩の運動神経の良さを実感しながら、そろそろ自分達も混ざっていく為にラケットを手に取った。
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