第五章中編 『好き』という気持ち
第249話 球技大会の種目決め
「はーい。それじゃあ来週月曜の球技大会の参加種目決めていくよー」
放課後、クラス委員である奏の声が教室内に響き渡る。
前期中間試験が終わった今、夏の長期休暇前最後のイベントが球技大会だ。
「まあみんな去年やったから大体のことは知ってるよね。あ、クーちゃん、ウチの球技大会ってどーゆーのか分かる?」
「はい。先日蕾華さんから教えていただきました」
いつも通りのクールモードで問いに答える桜彩。
その桜彩の答えを聞いて奏が満足そうに頷く。
「うんうん、そっかそっか。それじゃあみんな大丈夫だね」
桜彩の他のクラスメイトは当然ながら昨年の経験がある為に問題は無いので奏が話を進めていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
領峰学園の球技大会。
秋にある体育祭とは違ったイベントで比較的緩い雰囲気で行われるそれは、ノリの良い生徒についてはかなり盛り上がる。
全種目がトーナメントで行われており、敗戦した時点でお菓子を貰うことが出来る。
また各種目の順位により得点付けがなされ、総合優勝したクラスの全員に学食、購買で使用可能な千円分の金券が手に入る。
とはいえクラス全体で優勝を目指すほどの高いモチベーションが生まれるかといったらそうでもない。
何しろ各学年関係なくクラス対抗となっているので、そこで優勝するのは確率的には難しい。
その為基本的に盛り上がるのは体育会系の学生や、運動神経が良くはなくともノリの良い学生だけだ。
まあそのノリを参加意欲のない他のクラスメイトにまで強要することもないので変な軋轢も生まれない。
またクラスも多い為に円滑な進行と競技スペースの問題から決勝戦を除いて色々と簡略化されている。
サッカーであれば五人制のフットサルだしバスケットは攻守入れ替えのスリーオンスリー。
テニスやバレーもタイブレークで勝敗が決するようになっておりスペースや人数を必要とする野球やソフトボールは除外されている。
その他の規則に関しても有って無いようなもので、各競技、例えばサッカー、というかフットサルであれば現役のサッカー部は参加不可なのだが、勝ち進むにつれて徐々にサッカー部も参加が黙認されていく。
クラスにおいて各競技のタイムスケジュールが合わずに参加人数が足りない際は、他のクラスから助っ人を呼ぶこともある。
出席に関しても朝と昼の点呼さえ出れば問題なく、その他の時間は教室で勉強しようが図書室で本を読もうスマホでゲームをしようが自由だ。
つまるところ、その程度のイベントであり球技『大会』よりもレクリエーションに近い。
とはいえ一応全員が最低一つの種目に参加することが暗黙の絶対条件でもある。
その為、男女問わずに参加意欲の低い者はドッヂボールに参加することも暗黙の了解となっている。
ちなみに当然ながら上級生の方が体力的に有利ではあるのだが、昨年の大会では怜と陸翔のクラスが一年生ながら下剋上を果たして優勝している。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それじゃあさっさと参加する競技決めていこうか。挙手で良い?」
奏がそう言ってクラス内を確認するが、特に反対意見もない。
それを分かっていたように奏が頷いて
「うんうん。それじゃあ早速決めて行こっかー。あ、一応一人最大で二種目までねー。まあ実際問題、途中でそういうの有耶無耶になるとは思うけど。まずは男子フットサルから――」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのままいくつかの種目について参加者が決まっていき、教室前方の黒板に書かれる名前がどんどん増えていく。
「それじゃあ次はテニスだね。ダブルスだから二人。まず男子から誰かいる?」
奏の問いに怜と陸翔が手を挙げる。
他に手を挙げている者はいない為にストレートで確定だ。
「はいオッケー。それじゃあ男子の方はきょーかんとミカの二人だね。ってかまあそっか。さすが去年の優勝コンビ」
笑顔で頷きながら奏が黒板へと二人の名前を記載していく。
昨年、怜と陸翔の二人のダブルスは危なげなく優勝を勝ち取った。
決勝戦では中学時代にテニス部だった相手と当たることになったのだが、それを苦にすることもなく勝利した。
故にこの二人の参加については最初からほぼ出来レースといってもいい。
ちなみに女子の方は蕾華が元テニス部のクラスメイトとのダブルスで見事に優勝してみせたのだが。
「それじゃあ次は女子の方ねー。希望者いるー?」
そう言いながら奏がクラス中を見回すが、手を挙げている者は誰もいない。
「うーん、誰かいないのー?」
困ったように眉根を寄せてクラス中を見回す奏。
その言葉にクラスのあちこちで小声で相談する声が聞こえてくる。
「うーん、あたしテニスってやったことないんだよねー」
「そうだよね。授業でやるのも後期でしょ?」
「そうそう。サーブをどこに打てばいいとか全く分からないし」
いくらルールが簡略化されているとはいえ、バスケット等小中学生時代を含めて授業で行ったことのある種目と比べて、テニスのルールは初心者には少々分かりにくい。
その為参加を表明するのには二の足を踏んでしまう。
そんな中、蕾華が椅子ごと体を後ろへと向けて、後ろの席に座る桜彩へと話しかける。
「ねえサーヤ、アタシと一緒に参加してみない?」
「え、私ですか?」
いきなりの提案に桜彩が驚いて蕾華を見る。
参加してみないかと言われても、これまで桜彩はテニスなど一切やったことがない。
そんな桜彩に対して蕾華は勢いよくうんうんと首を縦に振る。
「うん。ねえどうかな?」
「ですが私はテニスは未経験でして……」
「大丈夫だって! 現役のテニス部は参加しないんだしさ。それにサーヤって運動神経良いでしょ? 大丈夫大丈夫。それにダブルスだからアタシもフォローするしさ」
「えっと……」
戸惑う桜彩を蕾華が期待の眼差しで見つめ続ける。
とはいえ桜彩も運動神経は良い方なのだが、蕾華のそれは桜彩の更に上をいく。
それに蕾華は怜や陸翔と休日にテニスを楽しむこともあると聞いているので、おそらく自分では蕾華の足を引っ張ってしまうだろう。
そんなことを考えていると、会話が聞こえていたのか女子達の間から色々と声が上がる。
「うんうん。クーちゃん参加してみたら? 蕾華の言う通り運動神経良いんだしさ。それにペアの相手が蕾華なら心配ないって」
「あ、確かにそれ良いかも。クーちゃんって運動神経良いよね」
「そうそう。この前授業でやったバドミントンとかも凄かったし」
「確かに。クーちゃんで良いんじゃない?」
と体育の授業で桜彩の運動神経の良さを知っている何人かの女子からも賛同する声が上がる。
その声に押されたまま少し考えこむ桜彩。
確かに勝負の結果を無視すれば蕾華と共にテニスをすることは楽しいだろうし、たとえ負けたとしても蕾華なら敗北の責任を自分へと押し付けてくることもないだろう。
そう考えると桜彩の心も軽くなる。
「ほら。ねえサーヤ、アタシと一緒に組も?」
「えっと、はい。それでは宜しくお願い致します」
「うん! それじゃあよろしくね!」
桜彩の返事に気を良くした蕾華が、桜彩の両手を取ってブンブンと勢いよく上下に振る。
その勢いに押されて若干ながら引いてしまう桜彩。
「それじゃあ女子の方は蕾華とクーちゃんで決定ね!」
そう言って奏が男子の名前の横に桜彩と蕾華の名前を書き込む。
「やった、サーヤとダブルスだ! あ、そうだ。今度の休み、一緒に練習しよっ!」
「はい。よろしくお願いします」
「うん。ラケットとかはこっちで用意しとくからね。あー、楽しみだなあ」
「はい、私も楽しみです」
椅子の背もたれに体を預けながら上の方を向いてニコニコと笑みを浮かべる蕾華。
そんな蕾華に同調するように桜彩も蕾華へと笑顔を向ける。
最近はこのようにクラスの中でもクールフェイスだけではなく喜怒哀楽の表情を見せることが多くなってきた。
とはいえ怜達と一緒にいる時とは比べ物にならないのだが。
「はいはーい。それじゃあ次ね。えっと、次は卓球だね。これもダブルスだから――」
手元のメモを確認しながら奏が進行を続ける。
クラスメイトの意識がそちらの方を向いたところで、蕾華が後ろを向いたまま桜彩の耳元にそっと口を寄せる。
「ほら。一緒に運動すればダイエットにもなるよ」
「う……ら、蕾華さん…………」
恥ずかしさから顔を真っ赤にしてしまう桜彩。
いくら最近は色々な表情を見せることが多いとはいえ、このような表情を他のクラスメイトが知ることになったらさぞかし驚くことだろう。
それに気が付いているのはボランティア部の面々だけなのだが。
「そ、それは結局勘違いだったって言ったじゃないですか……」
「あはは、ごめんごめん」
結局桜彩が太ったのではなく体重計の目盛りがくるっていただけだ。
いや、一応多少なりとも増えてはいるのだがその原因の一つはおそらく胸のせいだろう。
蕾華としてはそれが羨ましくもあるのだが。
他のクラスメイトをよそにそんなことを小声で言い合う二人。
「それにさ、りっくんとれーくんも男子の方でエントリーしてるでしょ? だから一緒に練習出来るしね」
「あ、そ、そうですよね」
陸翔と怜と一緒、というか、怜と一緒にテニスを楽しめるとあって桜彩の表情が先ほどよりも明るくなる。
そんな桜彩を見て分かり易いなあ、と苦笑する蕾華。
一方で桜彩は怜と共に行ったバドミントンのことを思い出す。
(確かにそうだよね。バドミントンの時も怜が分かり易く教えてくれたし)
ゴールデンウィークに行ったバドミントン。
あの時も初心者である自分にとても優しく分かり易く怜が教えてくれた。
その後、授業でもバドミントンをする機会があったのだが蕾華ほどではないとはいえ充分に活躍することが出来た。
(怜達とテニスかあ。楽しそうだよね)
予想外の展開により休日の内容が決まることとなったが、きっと楽しいことになるだろう。
(それに、もしかしたらまた怜がお弁当を作ってくれるかも)
初デートの時に食べたお弁当、あれは本当に美味しかった。
その時のことを思い出して、桜彩の顔が更に明るくなる。
(ふふっ。早くテニスしたいなあ)
もっともそれを楽しみにしているのは桜彩だけではない。
二人の会話が聞こえてきた怜も想像を膨らませる。
(桜彩と一緒にテニスか。早く休みにならないかな)
そんなことを考えながら、放課後のホームルームの時間は過ぎていった。
【後書き】
次回投稿は月曜日を予定しています
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