第247話 体重増加の真相

「……………………マジ?」


 桜彩の口から出た『ダイエットの成功』という言葉を聞いて怜の目が点になる。

 今朝、桜彩から聞いた内容が間違っていなければ、増えた体重は五キロ。

 どう考えてもこの程度の運動でどうにかなるレベルではない。


「うんっ!」


 信じられないような顔で問いかける怜に対し、嬉しそうに桜彩が返答する。

 しかし怜としてはその言葉をそのまま受け取るわけにはいかない。


「ちょっと桜彩、どいてくれるか?」


「うん、分かった」


 ニコニコ顔で頷く桜彩にそう告げると、その笑みを崩さずに桜彩が体重計から降りる。

 体重が減ったのが本当に嬉しいのだろう。

 そして代わりに怜が体重計に乗ったのだが、そこには昨日量った自分の体重とは代わり映えのしない値がデジタル値で示されていた。


「…………ちょっと待っててくれ」


「え? うん……」


 怜が何をしているのか分からず、桜彩の顔が笑顔から戸惑いへと変化する。

 そんな桜彩を残したまま一度キッチンへと向かい、そこから昨日買って来た米袋を持って来る。

 そしてそれを持ったまま再度体重計に乗ると、その値は先ほどの怜の体重に米の重さを足した値が表示されていた。


(ってことは、『この』体重計の値は多分正常だな。となると……)


 桜彩の体重の変化、その原因に思い至り桜彩の方を向くと、その視線を受けた桜彩が首を傾げる。

 怜が何を考えているのか桜彩には全く分からない。

 そんな桜彩に怜は真剣な表情で問いかける。


「桜彩、ちょっと今から桜彩の部屋に行って良いか?」


「う、うん……どうしたの?」


「ちょっとな……」


 そして二人は桜彩の部屋のリビングへと移動する。

 怜としてはこの部屋に入るのは、不審者騒動以来久々だ。

 あの時からまだ二か月程度しか経っていないのに随分と昔の事のように思える。

 それももこれも桜彩との付き合いが本当に深いからだろう。

 そんなことを考えていると


「それで怜、いったいどうしたの?」


「ああ。桜彩の体重計を見せて欲しいなって」


「え? うん、良いけど……」


 そう言って桜彩が体重計を抱えて持ってきた。

 怜の持っているデジタル式の物と違い、こちらは針が目盛を指すアナログ式の物だ。


「これだけど……」


 それを受け取って簡単に確認すると、怜はすぐに自分の考えが間違っていなかったことを確信する。

 ゆっくりと体重計を床に置いて桜彩にそれを指差す。


「桜彩、これに乗ってみて」


「え? うん、分かったけど……」


 一方で怜が何を言いたいのか分からない桜彩は首を傾げて体重計へと乗る。

 そして次の瞬間、その顔が絶望に染まった。


「えっ!? 嘘!? 増えてる!?」


 あわあわと慌てながら青くなった顔を怜に向ける。

 瞳はプルプルと震えており、今にも泣きだしてしまいそうだ。

 そんな桜彩に怜は安心するように優しく諭す。


「桜彩、落ち着いて。そして一旦体重計から降りてくれ」


「う、うん……」


 桜彩が足を震わせながら体重計から降りる。

 そんな桜彩に怜はしゃがむように促して、二人で一緒に目盛の所を見る。


「桜彩、ゼロ点がずれてる。これじゃあ正しい値にならないのも無理はない」


「えっ!?」


 怜の言葉に桜彩が目を丸くして驚く。

 何も乗っていない現状では目盛りがゼロを指すのが当然だ。

 にもかかわらず、怜の指差した先では目盛が四キロ程度の個所を指していた。


「え、えっと……その……」


 それを理解して桜彩が恥ずかしそうに、申し訳なさそうに怜の方を振り向く。

 それに対して怜も何と言葉を掛けるべきか少々悩む。


「ま、まあ良かったじゃん。別に太ったわけじゃなかったんだし」


『そうだニャ。桜彩ちゃんは太ってなんかいないニャ』


 腹話術を使って手に持ったれっくんも怜の意見に同意させる。


「う、うん……。ご、ごめんね…………」


 恥ずかしさで真っ赤になった顔を両手で覆う桜彩。

 確かに太ったと言ってあれほど大騒ぎをしたのに、ただ体重計の目盛りがずれていただけというのは恥ずかしいだろう。


「気にしないで良いって。それにさ、その、やっぱり桜彩はスタイル良いって思うし……」


「え? う、うん、ありがと……」


 怜の言葉に照れて桜彩の顔が別の意味で赤くなる。


「そ、それで、明日からはどうする?」


 とりあえず桜彩の為にも話題を変えるべきだ。

 そう判断した怜の言葉に桜彩が首を傾げる。


「え? 明日からって?」


「明日のジョギングとかストレッチとかそういうの。そもそも桜彩のダイエットが必要なくなったからどうするのかなって」


「あ、ああ、そういうことね」


 怜の言う通り、桜彩が怜と共にジョギングやストレッチをしたいと思ったのはダイエットが原因だ。

 とはいえそれが勘違いだと分かった今、桜彩がダイエットをする理由はない。

 そう思って尋ねたのだが、それに対して桜彩にっこりと笑いながら、それでいて少しばかり遠慮がちに口を開く。


「あ、でもね……。その、それでも一キロくらい体重増えたのは本当だし……」


「ま、まあ一キロくらいなら普通に前後するって。食事のタイミングとかでもな」


 例えば五百ミリリットルのペットボトル飲料を飲めば大体五百グラム程度体重は増える。

 しかし桜彩は首を横に振って口を開く。


「あのね。今日一緒に怜とストレッチやってみて、とっても楽しかったんだ。だからさ、もし怜が良かったら、ダイエットなんて関係なしに明日からも一緒にやりたいなって……。ダメ、かなあ…………」


 上目遣いですがるような桜彩のお願い。

 当然ながら、怜には首を横に振る選択肢など存在しない。


「駄目なわけがないって。さっきも言っただろ? 俺も桜彩と一緒にやるの楽しいって。だからさ、桜彩がそう言ってくれて本当に嬉しい。明日からもよろしくな」


「うんっ、よろしくね!」


 怜の返答に満面の笑みを浮かべる桜彩。

 そんな桜彩を見て怜の顔にも笑みが浮かぶ。


「それじゃあ俺はそろそろ部屋に戻るよ」


「あ、うん。ありがとね。それじゃあまた明日」


「ああ。また明日」


「おやすみ、怜」


「おやすみ、桜彩」


 一日の最後にいつも通りの挨拶を、いつもとは違う場所で告げる。

 それが何だか新鮮に感じられてつい二人の口元に笑みが浮かんでしまう。

 とはいえいつまでもここにいるわけにもいかないので怜は自室へと戻って行く。

 桜彩共々、明日からの新しい取り組みを楽しみにしながら。

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