第240話 下着を選ぶ時に思い浮かぶのは――

「よし。とりあえずスポーツのはこんなもんね」


 袋に入ったそれを見て蕾華が満足げに頷く。

 当然中に入っているのは桜彩のスポーツ用の下着である。


「ありがとう、蕾華さん」


「あはは。気にしないで良いって」


 購入したそれを袋ごと通学用のカバンに仕舞いながら桜彩がお礼を言うと、蕾華は手をパタパタと振ってにっこりと笑う。

 蕾華の助言によりスポーツの際に着用する下着についてはすぐに購入することが出来た。

 やはり普段からスポーツを嗜んでいる蕾華の存在は大きい。

 それぞれの商品について良い所や悪い所、とても分かり易く教えて貰うことが出来た。


「それじゃあ……」


「うん。それじゃあ次は普通の下着だね」


 怜達の所へと戻ろう、と桜彩が口にする前に蕾華がにっこりと笑ってそう口にする。

 蕾華にとってはむしろここからが本番だ。


「え? あの、下着は今買ったんじゃ……」


「うんそうだよ。スポーツ用のはね。でもサーヤ、昨夜電話で言ってたじゃん。胸のサイズが変わったって」


 頬を膨らませてむくれる蕾華。

 蕾華としてもスタイルは充分に良く本人もそれを自覚しているのだが、とはいえ桜彩の方が(蕾華視点において)スタイルが良いことに変わりはない。

 特に胸に関しては間違いなく桜彩の方が上だろう。

 親友とはいえそこに関しては充分に妬ませてもらう。


「てなわけで新しいの買おっ!」


「え、ええっと……」


 予想外の展開に桜彩があわあわと慌ててしまう。

 そんな桜彩の背中を押してそちらのコーナーへと向かう蕾華。


「ほらほら。ちゃんと可愛いの買わないとね。もし何かの事故でれーくんに見られても良いように」


「えっ……!?」


 とはいえ(蕾華の頭の中では)怜はそういったことには気を付けている為に、そのような事態になることはないだろう。

 実際は桜彩といる時の怜はかなり気を抜いている為に、二度ほどそのような事態が発生しているのだが。

 蕾華としてはあくまでもこれを機に少しでも桜彩に怜のことを異性として意識させることが目的である。

 一方で蕾華による煽り言葉により桜彩は先日の失態を思い出してしまった。


(た、確かにもう二回も見られちゃったし……。あ、あの時は別に変なのじゃなかったから良かったけど、もしまた起きちゃったら……)


 二度あることは三度ある、という言葉もあるし、そう考えると確かに必要かもしれない。

 むしろそういう時の為にもっと素敵な物を――


「う、うん。そ、そうだよね……!」


 そのような考えに至った桜彩はコクコクと首を縦に振る。

 そんな桜彩の反応に蕾華は満足そうに頷く。


「うんうん。それじゃあサーヤ、サイズ教えて!」 


「え、えっと――」


「うん。じゃあまずはこの辺りからだね。あっ、これ可愛い。サーヤに似合いそう!」


「ええっ!? そ、それは派手じゃ……」


「何言ってるの! これくらい普通だって! ほらほらサーヤ、これならもしれーくんに見られても変に思われないって。むしろ可愛いって褒められるかもよ!」


「え? は、はいっ! そ、それじゃあ――」


 もはや怜に見られる前提で選んでいることに桜彩本人は気が付いていない。

 いや、もちろん自分から積極的に見せるつもりもないのだが。


(……これ、もし怜が見たら、似合ってるって思ってくれるかな?)


 先日のように、予想外の事態で怜に下着姿を見られてしまったら。

 手に持った下着を眺めながらふとそんなことを考えてしまう。


(は、恥ずかしいけど、怜が可愛いって思ってくれるなら……)


 そんな桜彩の姿を見てニヤニヤと笑う蕾華と共に、桜彩の買い物は続いていった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 しばらくフードコートで話していると桜彩と蕾華が戻って来る。

 怜と顔を合わせた桜彩が一瞬の後、少しばかり顔を赤くして視線を逸らした。

 しかしチラチラとの怜のことを気にするように首を動かしている。

 怜としてはその理由が分からずに首を傾げる。

 まあ下着の購入はそれ自体が恥ずかしいのかもしれないし、その辺りのことは男性の自分には分からない為問うことはしない。

 一方で蕾華の方はなぜかニヤニヤとした笑みを怜に向け、桜彩とは別の意味で怜は首を傾げた。


「なんか二人のテンション違くね?」


「だな。まあなんとなく蕾華が暴走したのは予測が付く」


 怜と陸翔は顔を見合わせてそう結論付ける。

 まあ全くもって間違ってはいないのだが。


「ちょっとちょっと! 何変な事言ってるのよ!」


 その怜の言葉を耳にした蕾華が頬を膨らませて怜へと迫る。

 とはいえ怜としては別に今の言葉を撤回するつもりもない。


「別に変なことは言ってないでだろ。大方蕾華がハイテンションで桜彩を着せ替え人形にしてたんじゃないのか?」


「まあしてたけどね」


「ほらみろ」


 怜の指摘に蕾華は悪びれることなく頷く。

 怜としてもまあ別にそれ自体は悪いことだとは言わないが。

 蕾華から視線を外して桜彩の方を向くと、まだ桜彩は顔を赤くしたままチラチラとこちらを見ていた。


「桜彩、大丈夫だった?」


「は、はい。蕾華さんには色々とアドバイスも頂きましたし……」


 怜の問いに慌てて桜彩が首を縦に振る。

 それに対して蕾華の方は口を窄ませて抗議する。


「ちょっとれーくん、それどーゆー意味?」


「そのままの意味。そもそも蕾華は思い込んだら突っ走るところあるだろ?」


「むっ。そりゃああるけどさあ」


「だろ? そういうところ、やっぱり妹だけあってか瑠華さんに似てるぞ」


 すると蕾華は眉を吊り上げてより怜の方に身を乗り出してくる。


「むーっ!! ちょっとれーくん、それアタシにとってかなりひどい事言ってるよ!」


 その発言も瑠華にとっては酷いことを言っていると思うのだが。

 まあ指摘したところで『だから何?』と返されると思うので言わないでおく。


「別に酷くない。事実だ」


「りっくーん! れーくんが酷いこと言うよーっ」


 毅然とした態度でそう答える怜。

 実際に怜としても蕾華と瑠華は色々と似ている所があると思う。

 それを聞いた蕾華は悲しそうな顔を作って、慰めてもらおうと陸翔の方へと寄っていく。


「いや、怜の言うことも分かるぞ」


「えっ!?」


 だが陸翔の一言は蕾華を地獄に叩き落とすのに充分だった。

 てっきり慰めてくれると思っていたところ、梯子を外された蕾華が愕然とする。


「えっ、待ってりっくん! アタシとお姉ちゃんが似てるって!?」


「いや、似てるところもあるって」


「だよなあ」


 怜だけではなく陸翔からしても、はっきり言って蕾華は瑠華と姉妹だと思う行動が多々ある。

 もちろん瑠華よりは遥かに常識人だとも思っているのだが。


「ねえサーヤアアアァ! サーヤは違うよね! アタシとお姉ちゃんって似てないよね!?」


 必死の形相で桜彩の両肩を掴んで前後に揺さぶる蕾華。

 姉に似ていると言われることがそこまで嫌なのだろうか。

 まあ嫌なのだろう。


「え、ええっと、それは……」


 桜彩にとっても思うところはあるのだろう。

 必死になっている蕾華の問いに苦笑いを返すことしか出来ない。


「え!? ちょっと待ってサーヤ! 何で否定してくれないの!? まさかサーヤまでアタシとお姉ちゃんが似てるって思ってるの!?」


「そ、その……」


 必死になって顔を近づけてくる蕾華からそっと視線を逸らす。


「まあまあ。さすがに蕾華は瑠華さんほど破天荒っていうわけでもないし」


「陸翔、破天荒の使い方間違ってるぞ。でもまあ確かに瑠華さんに比べれば蕾華はだいぶ常識人だけどな」


「うう……喜んでいいのか悲しむべきなのか微妙……」


「あ、あはは……」


 桜彩としてはそれにどう答えて良いのか分からず苦笑いを続けたままだった。

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