第238話 ウェアとシューズと女性の魅力と
「ねえ怜、これなんてどうかな?」
試着室のカーテンが開かれると、そこからウェアへと着替えた桜彩が姿を現す。
学園での体育は男女別に行われているので(場所が離れているわけではない)、こういった姿の桜彩を間近で見るのは新鮮だ。
「うん。似合ってると思うぞ」
「ふふっ、良かったあ」
似合っていると言われた桜彩が嬉しそうに笑みを浮かべる。
ウェア自体は決して魅力があるというわけではないが、それでも桜彩が着ることによって魅力的に見えてしまう。
もう何度も経験しているが、美人は何を着ても似合うということか。
「といってもむしろ桜彩はどうなんだ? 実際に着るのは桜彩なんだから」
そもそもウェアを試着する理由は桜彩本人が実際に着てみてどう思うかを確認する為だ。
それに見た目よりもトレーニング時の動き易さ等の方が重要だ。
「うん。そうなんだけどさ、やっぱり怜の意見も聞きたいなって」
「そうだな……。少し動いてみて違和感なければ良いんじゃないか? それに今も言った通り似合ってる」
その言葉に桜彩は嬉しそうに再度にっこりと笑う。
「うん。ありがと。確かにこれなら肌触りも良いかな。それじゃあ次の着るね」
再びカーテンが閉められて、中から衣擦れの音がする。
先ほどは大して意識していなかったが、この薄い
それを意識してしまい、怜の顔が恥ずかしさで赤く染まる。
慌てて被りを振って試着室へと背を向ける怜だが、とはいえ一度意識してしまうと考えないようにするのは難しい。
むしろ後ろを向いているからか、中から聞こえてくる衣擦れの音がより怜の頭の中を支配してしまう。
当然ながら着替え中ということは、中の桜彩は裸までとはいかないが、そういった恰好をしているわけで。
以前見てしまった桜彩の下着が嫌でも頭に浮かんでしまい、怜の顔がより赤くなる。
すると再びカーテンが開き、中から先ほどとは別のウェアを着用した桜彩が姿を現した。
「ねえ、これはどうかな? ……って怜、どうしたの?」
カーテンを開けると怜が後ろを向いていたので首を傾げる桜彩。
「あ、いや、なんでもない」
恥ずかしそうに体を回して桜彩の方へと向き直る怜。
その目に映るの桜彩は当然下着姿などではなく、先ほどとは違うウェアを着用している。
「それで怜、これはどうかな?」
怜の感想をウキウキとした様子で聞いてくる桜彩だが、先ほど考えたことが怜の頭から抜けきらない。
赤い顔のまま桜彩から視線を逸らしてしまう。
「あれ、これはあんまり良くないかな?」
怜の反応に桜彩が少し残念そうに聞いてくる。
「あ、いや、そういうわけじゃないって。それも良く似合ってるぞ」
「あ、うん、ありがと。それじゃあ次だね」
先ほどと同じようにカーテンを閉じて桜彩が着替えを始める。
当然ながら先ほどと同じように桜彩が着替えている音が怜の耳に届いてくる。
(……落ち着け、落ち着け。うん、こういう時は素数を数えるんだっけっかな? えっと、まずは…………って駄目だ! どうしても考えてしまう)
いくら別のことを考えようと思っても耳に届く桜彩の着替えの音。
結局桜彩が準備したウェアの全てにおいて、怜はそれを意識して恥ずかしさに顔を赤くしたままだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うん。それじゃあこれにするね」
試着室へと持ってきた内の何着かを選んで籠へと入れる。
最初の試着から時間があった為、やっと怜も落ち着いてきた。
「えっと、次はシューズだよね?」
「そうだな。外だと専用のシューズがあった方が良いからな」
「うん。それじゃあそっちに行こっか」
二人でシューズ売り場へと移動する。
さすがにシューズショップまでとはいかないが、それでも充分なほどの種類がある。
そこに貼られている説明書きを見て桜彩が首を傾げて問いかけてくる。
「ねえ、ここにジョギング用とランニング用って種類が分かれてるけどどう違うの? っていうかゴメン。私、ジョギングとランニングの違いって良く分からなくて」
「単純に速さだな。ジョギングが一緒に走る隣の人と会話が出来るくらいのスピードが目安なのに対して、ランニングは息が弾んだり息が切れたりするくらいのスピードが目安だ」
「そうなんだ」
「桜彩の場合、目的がダイエットだしそんなに負荷をかける必要も無いだろ」
「そうなんだ。でも怜、怜がやってるのはランニングなんだよね」
「そうだな」
怜の場合、元々運動が好きかつ運動神経も良いということもあり負荷をかけた走りをしている。
これでは明日から一緒に走るのは難しい。
そんな怜の返答を聞いた桜彩の顔が少し曇る。
「そっか。どうしよう……」
「ジョギング用で良いと思うぞ。俺の場合も別に競技を目指してるわけじゃなく、健康増進の面があるからな。だからジョギングのスピードに合わせるのは問題ないし、別の方法で負荷もかけられる」
「え、でも良いの? 私の為にそんな……」
さすがに自分の為に怜の日課を変えてしまうのは申し訳ない。
そんな桜彩の言葉に怜は首を横に振る。
「構わないって。それにさ、これは別に桜彩の為だけってわけじゃないしな。俺も桜彩と一緒に運動したり、話しながら走るのも楽しみだしな」
「そっか。うん、ありがとね」
怜の言葉に桜彩の表情が笑顔へと変わる。
自分のことを気遣ってくれる優しさと、一緒に運動することを楽しみと言ってくれる嬉しさで胸が温かくなってくる。
「うん。私も怜と一緒に運動するの、楽しみだよ。ありがとね」
そう言って胸に両手を当てて笑顔を浮かべたまま、嬉しさと感謝を込めた顔で怜を見る。
そんな桜彩に怜も表情を緩めてゆっくりと頷く。
「桜彩がそう言ってくれて嬉しいよ」
「うん。私も怜がそう言ってくれて嬉しいな。ふふっ。これじゃあ堂々巡りだね」
「ははは、そうだな」
お互いに相手にお礼を言い合っていることに気が付いて二人でクスリと笑い合う。
そして視線をシューズ売り場へと向け、ジョギング用シューズを選んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これも実際に履いてみた方が良いだろ」
「うん。それじゃあ試してみるね」
靴を手に持って側にあった椅子へと腰掛ける桜彩。
さすがにウェアの時とは違って試着室は必要ない。
これなら怜としても先ほどのように妙な気持ちになることはないだろう。
そう思って斜め下に座っている桜彩の方へと視線を落とすと、ちょうど桜彩が靴を脱いでいるところだった。
右足を少し上げて、通学用のローファーを脱いでいく。
その際、わずかに持ち上がった桜彩の右太ももが偶然視界に飛び込んでくる。
以前ならそこまで気にしなかったのだが、今は違う。
「ッ…………」
そんな桜彩の太ももに意識を吸い寄せられそうになり、慌てて首を動かして視線を動かす。
正直、女子に対して性欲を抱くことの少ない怜にとってもそれはとても魅力的に感じてしまう。
桜彩本人は太ったと言っていたが、こうして太ももを見ても決してそんなことはないだろう。
(…………やばい、この前から桜彩のことを意識しすぎだ)
先日のデート、そして告白騒動以降、桜彩から女性としての魅力を感じることが多くなった。
もちろんそれ以前から桜彩が女性として魅力的なのは分かっていた。
しかしその思いが最近は加速度的に上昇しているような気がする。
「うん。良い感じ」
気が付けばシューズを履いた桜彩が立ち上がり、そのまま売り場を行ったり来たりして履き心地を確かめていた。
「そっか。それじゃあそれにするか?」
「まああと何足か試してみてからだね。それじゃあ次は……」
一度シューズを脱いだ桜彩が再びローファーを履こうとする。
「そのままで良いって。一々ローファー履くの面倒だろ? 俺が取ってくるよ」
「本当? ありがとね、怜。嬉しいな」
「このくらいいいって」
「うん。お願いね」
そう言って桜彩の為のシューズを何足か持ってくる。
それを試し履きするたびに桜彩の太ももを意識してしまい、再び顔を赤くする怜だった。
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