第237話 スポーツ用品店にて放課後デート
放課後、怜と桜彩はこれまでにも何度か訪れたショッピングモールで待ち合わせをする。
先に到着した怜が桜彩の姿を見つけるとその表情がすぐに笑顔へと変わり、手持無沙汰で触っていたスマホをポケットへと仕舞う。
「桜彩」
「あ、怜。お待たせ」
桜彩の方も怜の姿を発見してにっこりと笑い合う。
別れていた時間は僅かだが、それでもこうしてお互いの姿を確認出来ると嬉しさが込み上げてくる。
「今日はありがとね。付き合ってもらって」
「構わないって。桜彩との買い物は俺も楽しいからさ」
「うん。私も怜とのお買物は楽しいよ。ってこれじゃあこの前の時とは逆だね。ふふっ」
「ははっ。確かにそうだな」
先日、手芸用品を買いに来た時は怜の買い物に桜彩が付き合う形だったが今日は逆だ。
その時の会話を思い出して、思わず二人で笑い合ってしまう。
「それじゃあ早速行こうか」
「うん。スポーツ用品店は三階だよね。洋服屋さんは何件かあるし」
今回の予定は桜彩のダイエットの為のトレーニング用品の購入だ。
とはいえ特に器具を買うわけではなく、予定しているのはトレーニングウェアとシューズだけ。
桜彩も自室で軽めの運動はしているのだが、その時はラフな格好で行っている。
しかしこれからは外でのジョギング等人目につく場所での運動も行う為、専用のウェアの購入が必要となった。
「それじゃあ桜彩」
「うん……」
怜がそっと手を差し出すと、桜彩もその手を握り返す。
しかし二人共頬がうっすらと赤くなっており、視線も少しおぼつかない。
もう何度か手を繋いでいるとはいえ、まだ慣れることはない。
「ふふっ。怜とは何度か手を繋いでるけど、まだ照れちゃうな」
「ああ。でも良いんじゃないか? それはそれで」
「だね。それっじゃ行こうか。その、お買物デート」
「そうだな。放課後のお買物デートだな」
「うんっ」
そして二人は赤い顔で手を繋いだままスポーツ用品店へと向かって行く。
その間、何人かの通行人から微笑ましい目で見られたり羨ましそうな目で見られたりしたのだが、本人達はまるで気が付いていなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「へー。ここかあ」
ショッピングモール内のスポーツ用品店の前に立ち、頭上の看板を眺めながら桜彩が呟く。
全国に展開しているチェーン店であり、ここならトレーニングウェアも種類がある。
「怜は普段からここを使ってるの?」
「ああ。通販も使うけど、実店舗ならここかな」
「そうなんだ。それじゃあ案内お願いね」
「任せとけって。まあ案内も何も、店内の案内板見るだけだけどな」
「ふふっ、確かにね。それでもお願いね」
そもそも店内には分かり易く案内表示があるのでそこまで案内の必要は無いだろう。
「それじゃあ行こうか」
「うんっ!」
そして二人は手を繋いだままスポーツ用品店の中へと入って行った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うーん……。どうしようかなあ」
トレーニングウェアの売り場の前で悩む桜彩。
目の前には何種類もの上下セットのトレーニングウェアが掛けられている。
一言でトレーニングウェアといってもこうして見るとかなり種類が多い。
悩んでいても決まらない為、桜彩は隣にいる怜へと視線を向ける。
「ねえ。怜はどれがいいと思う?」
「まあ本格的にやるわけじゃないからそこまで真剣にならなくても良いと思うぞ」
別にスポーツ選手を目指しているわけではない。
あくまでも日常の運動で使う為の物なので、そこまでのこだわりは必要ないだろう。
「俺の場合は触り心地や通気性かな。後は吸水性や速乾性。特にこれから温かくなってくるからな。まあ外で走るのは朝だけだし、紫外線の方は気にしなくても良いと思うぞ」
「そっか。うん、分かった。となると……」
掛けられているウェアを順に手に取って触り心地などを確かめていく。
するとその一角で桜彩の動きが止まり、首を怜の方へと回してくる。
「でもウェアって言ってもさ、タンクトップとか普通のシャツみたいなのとか色々とあるよね」
「まあ特に女性用はな。とはいえ外で着るってなったらシャツの方が無難だろ」
「うん。確かにそうだね」
もちろんタンクトップタイプやノースリーブタイプの物を着用している女性も大勢いる。
とはいえ恥ずかしがり屋の桜彩としては、そのような服で他人の前に出るのは抵抗があるだろう。
ならば夏場とはいえ普通の半袖シャツの方が良い。
(……てか、桜彩のそういった姿を他の人に見られるのはな)
一瞬、タンクトップタイプを着用した桜彩の姿をおぼろげながらに想像してしまう。
それはそれで似合うであろうが、それを他人に見られると思うと胸がムカムカとしてしまう。
「怜?」
そんなことを考えていると、不思議そうな顔をした桜彩が顔を覗き込んでくる。
どうも自分でも気が付かないうちに、考えていたことが顔に出てしまっていたようだ。
現実へと意識を戻して今考えていたことを頭を振って追い払う。
「いや、なんでもないよ」
「そう? ならいいんだけど」
きょとんとしながらも怜の言葉に納得して再びウェアの方へと桜彩の視線が向く。
「まあここで決める必要も無いけどな。さっき言ったみたいに服屋でも売ってるし」
「うーん……。だけど服屋さんってそのメーカーの服しかないでしょ? だったらやっぱりスポーツ用品店の方が品ぞろえも良いかなって」
「まあそれはな」
「でしょ? うーん……どうしようかなあ」
気になった物を手に持って一着ずつ桜彩が確認する。
「まあ一着だけだと足りないし、気になったのは何着か買っても良いんじゃないか?」
「うーん、そうなんだけど、それでもまだ絞り込めてないんだよね」
そう言って気になっている物に再度視線を向ける。
怜も桜彩の手に持たれた商品を確認し、二人揃って悩みこむ。
「よろしければご試着なさいますか?」
二人揃って悩んでいると、背後からそう声を掛けられる。
振り向くと店員の女性が二人のことを見てにっこりと笑っていた。
「どうでしょう。あちらで実際に着用なさった方が、より分かり易いと思いますが」
店員の指し示す先を見てみると、そちらに試着室のコーナーがあった。
その言葉に桜彩が少し考えて怜の方を向く。
「うーん……。怜はどう思う?」
「そうだな。確かにその方が良いんじゃないのか? 実際に着てみないと分からないこともあるかもだし」
「そっか。うん、そうだよね。それじゃあお願いします」
「はい。かしこまりました」
そう言って試着室の方へと歩き出そうとした店員に、何着ものウェアを持った桜彩が続いていこうとするが、量が多かった為かバランスを崩してしまう。
「おっと」
それに気が付いた怜が慌てて桜彩の後ろから手を伸ばして抱き留める。
そのおかげで桜彩は転ぶこともなく、怜に体を預けながらその腕にすっぽりと包まれる。
「あ、ごめんね」
怜に抱えられたまま後ろを振り向きながら桜彩がお礼を言う。
「良いって。それよりも何着かは俺が持つよ」
「うん。ありがとね。それじゃあお願い」
そう言って桜彩は何着かのウェアを怜へと手渡す。
そんな二人を見て店員がクスリと口元に笑みを浮かべ、桜彩にだけ聞こえるように小さな声で口にする。
「ふふっ。良い彼氏さんですね」
「え、あ……」
その言葉に桜彩の足が止まって驚いた表情で固まってしまう。
(か、彼氏って……。あ、いや確かに今までも何度かそう見られたことはあったけど……)
猫カフェに行った時をはじめとして、これまでにも何回か怜とそのような関係だと誤解されたことはある。
恥ずかし気に顔を赤らめて怜の方へとチラチラと視線を向ける。
とはいえ先ほどの発言が聞こえなかった怜は、桜彩がどうしてしまったのかが分からない。
「えっと、桜彩、どうかしたのか?」
「う、ううん、べ、別に、何もないよ……?」
何故か疑問形で答えた桜彩に対し、怜の方は逆に疑問が深まるばかりだ。
そんな桜彩の反応に店員が頭に疑問符を浮かべる。
「あ、どうかなさいましたか?」
「い、いえ……その、はい……いつも優しいです……」
顔を真っ赤にして店員にそう答える桜彩。
「ふふふ。先ほども仲良く手を繋いでましたし、とても信頼しているのですね」
「は、はい……」
手を繋いでいる所を見られていたのかと、余計に桜彩の顔が赤くなる。
そんな二人の姿を怜は不思議そうに眺めながら後を追って行った。
【後書き】
次回投稿は月曜日を予定しています
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます