第236話 体重の相談
翌朝、れっくんと共にいつも通りの時間に怜の部屋を訪れる桜彩。
しかしその姿を見て怜が首を傾げる。
いつもとは違い、覇気というものが感じられない。
「た、ただいま……おはよう、怜……」
元気いっぱいのいつもとは違い、声のトーンが数段低い。
もちろん怜もそんな桜彩の様子がおかしい事にはすぐに気が付き声を掛ける。
「おかえり。そしておはよう、桜彩。……どうかしたのか?」
「え……う、うん、ちょっとね……」
怜の問いに桜彩が言いよどむ。
怜に相談する決心はしたものの、やはり口にするのが恥ずかしいことに変わりはない。
「えっと……朝食作ろっか」
「あ、ああ」
質問に対して特に返答が返ってくるわけでもない。
冴えない顔のままキッチンへと向かう桜彩に怜は首を傾げたが、このまま固まっているわけにもいかないのでとりあえずは朝食を作ることを優先することにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「えっとね、怜。ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
「相談?」
朝食を食べ終えた後、コーヒーを飲みながら桜彩がそう切り出す。
表情は朝から変わらず、何か思いつめたような顔をしたままだ。
おそらく自分には想像も出来ない重大な悩みがあるのだろう、そう考えて怜は姿勢を正して桜彩の言葉に耳を傾ける。
「えっとね……実は――」
そんな重々しい雰囲気のまま、桜彩は昨日蕾華に話したのと同じ内容を怜にも伝えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
話を聞き終えた怜は難しい顔をしてしまう。
(って言われてもなあ……)
チラリと桜彩へと視線を向けると桜彩がきょとんとした目を向けてくる。
座っている為に上半身しか見えないのだが、桜彩が太っていると言われても、怜は決してそうは思えない。
怜から見ても桜彩は同年代の女子と比べてもスタイルが良い。
こうして対面に座っていても、決して太っているなどとは思えない。
むしろそんなことを声高らかに述べれば、周囲の女子から白い目で見られるのではないだろうか。
いや、実際に怜の知らないところで蕾華から電話越しに白い目を向けられていたのだが。
「えっと……怜……?」
自分の姿を見たまま何も言わずに考え込んだ怜に桜彩が戸惑ってしまう。
自分のことを太ってると思っているのかとオロオロとした目で怜を見る桜彩。
まあ怜としては全然心配無いと思うのだが当事者である桜彩が悩むのは理解出来る。
「まあその、なんだ。俺の意見だけどさ、別に気にすることはないと思うぞ」
「で、でもでも……その、五キロも増えちゃったんだよ……?」
「もともとが軽すぎたんじゃないのか? まあ男の俺が言うのもなんだけどさ、別に桜彩が太ってるようには見えないぞ。ていうか、スタイル良いと思うし」
「そ、そうかな……?」
「そうだって。気にすること無いぞ」
怜にそう言われた桜彩の顔が少し嬉しそうな表情に変わる。
(えへ、えへへ……。スタイルが良いって。怜に褒められちゃったっ)
怜の言葉に昨日の体重計の数字を忘れて喜ぶ。
「それにさ、この前の初デートの時やその翌日に、俺とお腹触り合っただろ?」
「あ、うん……」
食うルと言った怜に対してお腹を押すという制裁をした桜彩。
それに対して怜も桜彩のお腹を押し返して二人揃って相手のお腹を触り合うという、今にして思えばとても恥ずかしいことを人前でしてしまった。
「あの時だって、別に桜彩のお腹が太ってるって思わなかったし」
「うん……。あ、でもさ、あれからもう一か月以上経ってるでしょ?」
「ま、まあそれはそうだけど……。でもあの時からずっと変わらないように見えるって」
「う、うん……。ありがとね」
あの時のことを思い出し、恥ずかしさと怜に褒められた嬉しさで少しばかり顔を赤くする。
しかそこで昨夜の体重計の数字を思い出す。
数字は嘘はをかない。
軽く現実逃避しそうになった自分を戒めるべく、桜彩は頭を振って怜へと向き合う。
「う、うん。怜がそう言ってくれるのは嬉しいんだけどね。でもやっぱり気になるよ」
怜としてはそんなことを気にしないでも良いのかもしれないが、当人にとってはやはりそんなこと程度ではないのだろう。
過去に姉の美玖に対しての痛い経験が思い出される。
お腹の肉付きが気になると言った美玖に対して
『姉さん太ったって? いや別に太ってないでしょ』
『数字にしっかりと表れてるのよ。はあ、全く……』
『別にいいじゃんそのくらい。多少太ったところで……痛いっ!』
『多少、太ったところで? あんた、女子の体重を何だと思ってるのよ! いい、女子の体重の一グラムの価値ってのは金の一グラムに匹敵するのよ! プラスとマイナスの差はあるけど』
『…………大袈裟な。守ちゃんだって姉さんが少し太ったところで別に変に思わな……痛いっ!!』
と軽口から鉄拳制裁を貰うことになった。
それ以来、怜は女性の体重については軽々しく口にしないことにしている。
「……そっか。まあ桜彩なら大丈夫だと思うけど、でも俺に出来る事なら協力するぞ」
「本当!? ありがとう、怜!」
怜の言葉に桜彩が一瞬で笑顔になり、テーブル越しに身を乗り出して怜に顔を近づけて喜ぶ。
(ふふっ。昨日蕾華さんが言っていた通りだな。蕾華さんに相談して良かったよ)
昨日の夜の会話を思い出した桜彩の顔に自然に笑みが浮かぶ。
やはり持つべきものは親友ということだろう。
「桜彩?」
「あ、ううん、なんでもない。それじゃあ怜、悪いけどよろしくね」
「悪いだなんて思わなくても良いって。それに最近料理に油を使うことが多かったからな。今日からは低カロリーのメニューを考案してみるよ。もちろん味にも手を抜かないぞ」
「やったっ! 楽しみ~っ!」
怜の言葉に早速桜彩が夕食のことを考えて楽しそうな表情をする。
そんな顔を見て『やっぱり食うルだな』なんてことを考える怜。
すると怜の表情に気付いたのか桜彩が疑うような視線を向けてくる。
「む。怜、なんか変なこと考えてない?」
「いや、何も考えてないぞ」
「ふーん、ホント?」
「ホントだって」
「へーっ。私の事、食うルなんて思ってたんじゃないの?」
「…………いや、別に」
思っていたことをズバリ当てられてしまい口ごもる怜。
その反応から桜彩はやはり自分の予想が正しかったことを確信した。
「あーっ! やっぱり私のこと食うルだなんて思ってたんだーっ!」
顔を真っ赤にして頬を膨らませて顔をずいっと近づける桜彩。
一方で怜は慌てて首を横にぶんぶんと振って、この後に予想される制裁から何とか逃れようとする。
「いや、今のは俺は悪くない!」
「むーっ、問答無用! えいっ!」
「わっ! 待って桜彩! 痛いっ!」
「私のこと、食うルだって思ったでしょ!」
「いや、思うのはしょうがないだろ!」
「むーっ!」
そして先日と同様に怜の頬を引っ張る桜彩。
そんなスキンシップを二人で楽しみながら、今日の放課後に想いを馳せるのだった。
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