第235話 蕾華のお悩み相談室

 先ほどの悩みを全て蕾華に伝えきる。

 その間、蕾華は何を言うではなくずっと桜彩の言葉を聞いてくれていた。

 こうして誰かに悩みを話すだけで多少は気が楽になったかもしれない。


『はあ……』


 そんなことを思っていたら、電話口の向こうから蕾華のため息が聞こえてくる。


「ら、蕾華さん……?」


 その反応におそるおそる桜彩が問いかける。

 それに対して蕾華は少しだけ考え込むと返事を返す。


『なるほどね。サーヤの悩みは分かったけどさ、でもサーヤ、それアタシ以外の女子に言ったら恨まれるからね』


「え、ええっ!? ど、どうして!?」


 スマホから聞こえてきた蕾華の言葉に驚き思わず大声を出してしまう。

 これは桜彩にとっては切実なる悩みだ。

 恨まれる心当たりなど全くない。

 そんな桜彩の耳にスマホの向こうから蕾華のため息が聞こえてくる。


『あのね、サーヤって客観的に見てスタイル良いの。そんな女子の憧れみたいな体形してて『体重が増えて困ってしまいました』なんて言ったら他の女子達はどうなのよ』


「え、で、でも、体重が増えたのは事実で……このままじゃ怜に太ったって思われてしまうんじゃ……」


 桜彩本人が無意識に口にした言葉。

 それはつまり『怜に』どう思われるかが問題だということで。

 本人が無意識の内に発したその内容に、蕾華はなんだかなあと苦笑する。


『少し増えたって程度じゃん。もう一度言うけどね、アタシから見てもサーヤってスタイル飛び切り良いからね。はっきり言って羨ましいレベルで』


「で、でも蕾華さんだってスタイル良いじゃない」


 実際のところ、桜彩も蕾華も同年代の中でスタイルは良い。

 出るところは出て締まっているところは引き締まっており、それに加えて顔も美人だ。

 色々と羨んでいる女子は多い。


『でもサーヤ、アタシより胸大きいじゃん』


 むっ、とした口調の声がスマホから告げられる。


「え……!? ちょ、ちょっと、な、なに言って……!」


 桜彩が顔を赤くして大声で返答する。

 電話口の向こうでは蕾華が呆れたような顔をしているのだが。


『てゆーかさ、サーヤの体重が増えたのって、胸が原因じゃないの? サイズ、大きくなってない?』


「え……? そ、それは、まあ……」


 確かに少し前に計った時よりは大きくなっていたが。

 それを聞いた蕾華が電話口の向こうで顔をゆがめて


『処刑』


 そう口にした。


「え、ええっ!?」


『言っとくけどね、サーヤ、それ、自慢だからね。ただでさえスタイル良いサーヤの胸がより大きくなるとか……』


 自分の胸部を確認しながら電話口の向こうで蕾華がそうぼやく。

 とはいえ先述の通り、蕾華自身も充分にスタイルが良いのだが。


「えっ!? で、でも……ご、五キロも増えてたんだよ……?」


 さすがに胸が成長したからといって、それだけで五キロは増えないだろう。

 しばらく電話口の向こうで沈黙する蕾華。


『ふぅ……。まあアタシ的にはサーヤのスタイルは全く問題ないと思うんだけど……。でも気になるならやっぱりれーくんに相談したら?』


「えっ!? れ、怜に……?」


 蕾華の提案に桜彩が顔を赤くする。

 というか、怜に相談出来るのなら真っ先に相談している。

 怜に言うのが恥ずかしいからこそ一番最初に蕾華に相談したのだ。


「む、無理だよぅ……」


 消え入りそうな声で俯きながらそう口にする。


「そ、それに、そんな事言ったら怜にまた食うルだなんて思われてしまうかも……」


『…………』


 正直それはもう手遅れだろう、という言葉を蕾華は何とか飲み込んだ。

 実際に蕾華からしても桜彩は充分食うルに値すると思っている。

 とはいえそれを伝えるわけにもいかないのでその話題に関してはスルーして話を続ける。


『まあサーヤがれーくんに相談しにくいのは分かるよ。でもさ、結局のところダイエットするにしてもれーくんの協力なしには絶対に無理でしょ? だからさ、ちゃんとれーくんに話した方が良いって』


 そもそも普段の食事は怜が作っている為に、そこの改善無くしてダイエットは成功しないだろう。

 それは桜彩も良く分かる、分かるのだが――


「そ、それは……。で、ですが、その……怜に知られるのは、恥ずかしいというか……」


『はぁ……あのね、サーヤ。恥ずかしいのは分かるよ。でもさ、れーくんがそんなんで幻滅するような人じゃないってのはサーヤだってよく分かってるでしょ?』


「う、うん……。た、確かにその通りだけど……」


 蕾華の言う通り、怜がそのような事で幻滅するような人ではないことは桜彩にも良く分かっている。


『だからさ、勇気を持って話してみなって』


「う、うん……そ、そうだよね……」


『うんうん、結局のところそれが一番だよ。それにさ、ダイエットが成功すればれーくんに『スタイル良いね』って言ってもらえるかもしれないしね』


「え……ええっ!?」


 蕾華の言葉に桜彩は怜にそう言われたところを考えてみる。

 怜に自分の頑張りを褒めてもらえる。

 確かにそれはとても嬉しい。

 そう考えると怜に話してみるのもありなのではないか。


「わ、分かった! 私、明日、勇気を持って怜に相談してみる」


『うん。アタシも相談にのるからね。それじゃおやすみー』


「おやすみなさい」


 そう言って通話を終了させる。

 やはり蕾華に相談して良かった。

 先ほどまで胸につかえていた物が解消されて心が軽くなった気がする。


(うん。明日、怜にちゃんと言おう)


 そう決意を胸にして、先日貰った猫のぬいぐるみ『れっくん』を胸に抱えてベッドに寝そべる。


「れっくん。明日、勇気を分けてね」


 そう呟いて、桜彩は目を閉じて夢の世界へと旅立った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「はぁ……全く……」


 通話を終えた蕾華はスマホを置いてため息を吐く。

 桜彩からいきなりメッセージが来たので何かと思ったらまさかそんな内容だとは思わなかった。


「あれで太ったって……」


 学校での桜彩の様子を思い浮かべる。

 親友としての忖度なしに、桜彩のスタイルは同性の自分から見ても素晴らしい。

 蕾華本人も自身のスタイルには自信を持っているのだが、正直桜彩の方が憧れの体形ではある。

 そもそも桜彩本人が無意識に言っていた通り、体重が増えたことによる桜彩にとっての一番の問題は『怜に太ったと思われること』だ。

 つまり少しでも怜に良く思われたいということである。

 本人がそれに気が付いているかは分からないが。


「現状でれーくんの好みど真ん中だと思うんだけどね……」


 本人達は気が付いていないが、怜も桜彩も相手に対して恋愛感情がマックスだ。

 それに怜を見ていると、桜彩の何気ない仕草に顔を赤らめたりすることもよくある。

 怜は決して相手を容姿だけで判断するような人ではないが、それでも桜彩のことをよく可愛いと言っているし、桜彩の外見は怜の好みに合っているだろう。


「はぁ……ホント、早く気が付いてほしいなあ」


 あの恋愛音痴の親友二人が、自らが相手に対してい抱いている気持の名前を知るのはいつの事なのか。

 それを一日でも早める為に少しでも何とかしないとな、と蕾華は気持ちを新たに眠りに就いた。

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