第234話 告げられた災厄
世の大半の年頃の女性達には共通した恐怖すべきものがある。
桜彩の場合は幸いなことにしてこれまでの人生ではそれに恐怖することはなかったのだが、この日の夜、初めてそれに恐怖することとなった。
いつも通りに怜の部屋で夕食を食べ、課題をしたり遊んだりした後に自室へと戻る。
そして軽い運動をした後で風呂に入り、脱衣所で身体を拭いていると隅に置かれているそれが目に入ってきた。
(そういえば、最近量ってなかったな)
特に何か気になったわけではない。
ただ目に付いたそれを久しぶりに使ってみようと突発的に思っただけ。
しかしそれは桜彩にとって、災厄を告げる悪魔の機器。
少し前に怜と過ごしていた楽しく幸せな時間がある意味地獄へと変貌してしまった瞬間だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数時間前の怜の部屋にて
「う~んっ! 今日のご飯も最高だよ~っ!」
恍惚とした満面の笑みで怜と二人で作った夕食に舌鼓を打つ。
献立はピーマンが安かったのでチンジャオロース、付け合わせにサラダと卵スープ。
初めて食べたメニューだがいつも通り本当に美味しい。
ピーマンと牛肉に絡むタレがまた絶妙で何度もご飯をお代わりしてしまった。
初めて一緒に作ったホイコーローや大好物の肉巻きと同様にタレだけでご飯が進んでしまう。
「やっぱり怜の味付けは美味しいよ~っ。こんなのが毎日食べられるだなんて、私って本当に幸せなんだなあ~」
「そう言ってくれると嬉しいな。ご飯、もう一杯食べるか?」
「うんっ!」
桜彩の言葉を聞いた怜が嬉しそうにそう言うと茶碗にご飯を大盛にして桜彩へと返すと満面の笑みでそれを受け取る。
ご飯から立ち上がる湯気がさらに食欲を増加させるようだ。
幸せそうにご飯を食べる桜彩の顔を見て、怜の顔にも幸せそうな笑みが浮かぶ。
(やっぱりこうして美味しそうに食べてもらえたり、美味しいって言ってもらえると嬉しいな)
料理人冥利に尽きるとはこういうことを言うのかもしれない。
そんな怜を、手元の皿からふと視線を上げた桜彩が見てきょとんとする。
「怜? どうしたの?」
「いや、いつも美味しそうに食べてくれて嬉しいなって」
「ふふっ。だって美味しいんだもん」
テレビやフィクションに出て来るような蘊蓄など一切ない飾り気無しの素直な賞賛。
だからこそそれが怜の心に良く響く。
「デザートの杏仁豆腐の存在も忘れずにな」
「もっちろん!」
せっかくなので本日のメインディッシュに合わせた中華風のデザートまで共に作った。
「杏仁豆腐! 楽しみだな~っ! 早く食べたいなあ。あ、でもこのチンジャオロースも美味しいからちゃんと味わって食べないと……」
「杏仁豆腐は逃げないって。まずは目の前の食事を楽しもう」
「うん、そうだね。おかわり!」
そして大盛りのご飯に新たに箸を入れてどんどんと食べていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そしてお待ちかねのデザートタイム。
市販の物に比べて濃厚なそれは、添えられたフルーツも相まってとても美味しい。
「美味し~っ! もう本当に幸せ~っ!」
「杏仁豆腐を作るのは久しぶりだったからな。失敗しないで良かった」
「本当に美味しいよ、これ」
「そっか。おかわりもあるぞ」
「本当に!? 食べる食べる!」
食後のデザートまでしっかりとおかわりをする二人。
「はい、桜彩。あーん」
「えっ? ふふっ、あーん」
スプーンに掬って差し出された杏仁豆腐を、嬉しそうに食べる桜彩。
「はい、お返しだよ。あーん」
「あーん」
今度は桜彩が怜に杏仁豆腐を差し出すと、同じように怜もそれを食べる。
「ふふっ。幸せだなあ」
「ああ。こういった時間って本当に良いよな」
そんな感じでいつも通りに幸せな時間を過ごしていったことを思い出す桜彩。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
再び桜彩の部屋にて――
その計器に両足を乗せて目盛へと目を向ければ
「――ッ!!」
そこに表示されていた数字に桜彩の目が丸くなる。
(え、え、嘘、嘘だよね!?)
ありえないだろうと思って目盛を二度見するが、そこに表示されている数字には一切の変化がない。
「そ、そんな……」
先ほどまでの幸せな気分から一転して落胆してしまう。
その計器の名前とは『体重計』。
四月上旬に確認した時の値よりも数パーセントほど大きな数字が表示されている。
「な……な……なん、で…………」
なぜたかが二か月程度でこのようなことになってしまったのか。
桜彩には思い当たる心当たりなど全く無――
(……………………)
い訳など無い。
むしろ心当たりがありすぎるというか、つい先ほどもご飯を何杯もおかわりしたし、デザートの杏仁豆腐もいくつも食べた。
その他にも夕食は毎日デザートが出てくるし、先日のお花見の時などは一日中色々な物を食べていた。
桜彩にとって食事とは、こちらに引っ越してきた直後は機械的に栄養の摂取のみを目的としていただけだった。
しかし怜と共に食卓を囲む今は、当時とは状況が一変している。
誰も信用できずに一人で食べていた時とは違い、今は大切な人と一緒に楽しく食卓を囲んでいる。
出てくる料理もスーパーやファーストフードとは違い作った人の温かみを感じられる(一応桜彩も作るのを手伝ってはいるのだが)。
そして何より本当に美味しい。
故に食べる量は格段に増えてしまう。
桜彩はこれでも毎日運動をしてはいる。
夜、怜と別れた後は自室へと戻りプランク等の運動をしっかりとやっている。
だがさすがに食べる量が増えてしまっては運動量も増やさないとカロリーを消費しきれないのかもしれない。
「ど、どうしよう……」
体重計の上にしゃがみこんだまま青い顔を抱えてしまう。
このままでは豚のように肥え太ってしまうかもしれない。
そうしたらいくら怜とはいえ愛想をつかされるかも。
一度考えてしまったら不安が津波のように次々と襲って来る。
とはいえこのままずっとここで固まっているわけにもいかないので、ふらふらとしながらも着替えを終え寝室へと戻る。
「うぅ……。どうしよう……」
髪や肌のケアをひとまず終えるが先ほどの不安は全くもって収まることはない。
そんな時、机の上に置いてあるスマホが桜彩の目に入る。
(そ、そうだ……。こ、こういう時に頼れるのは……)
不安にさいなまれた桜彩はおぼつかない手で目的の相手を探し出しメッセージを送る。
『夜分恐れ入ります 相談したいことがあるのですがまだ起きていますか?』
するとすぐに桜彩のスマホがその相手、蕾華からのメッセージを着信したことを伝えてくる。
『まだ起きてるよ どうかしたの?』
すぐに返事が来たことに安堵する桜彩。
もしかしたら蕾華はもう寝ていて明日の朝まで悶々とした気持ちで過ごすことも頭をよぎったのだが、どうやら杞憂に終わってくれた。
すぐに通話ボタンを押して蕾華との会話を始める。
「も、もしもし、蕾華さん?」
『うん。どうしたの? 何かあったの?』
なにやら焦るような不安がるような桜彩の声に驚く蕾華。
「はい」
『でもどうしたの? れーくんじゃなくアタシになんて。あ、もちろんサーヤが頼ってくれるのは嬉しいんだけど』
「そ、それなんだけれど、怜には言いにくいというか……」
『そうなの? 分かった。何でも話してね」
その言葉に桜彩は良かったと胸を撫で下ろす。
「その、実はね――」
そして桜彩はゆっくりと、今しがた自分に起きてしまった事実を蕾華へと話し始めた。
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