第230話 テスト結果後の打ち上げ
「それじゃあ、テストお疲れさまーっ! 全員の赤点回避を祝して、かんぱーい!!」
翌日の放課後、家庭科室にて家庭科部部長の立川が勢いよくそう告げると、それをきっかけとして室内に乾杯の声が響き渡る。
毎週火曜日定例の家庭科部の活動、もといそれを建前にした家庭科部とボランティア部合同の試験の打ち上げの開催だ。
部員全員が全教科にて赤点を回避出来た結果に皆が全力で喜ぶ。
それどころか怜の対策集もあって家庭科部もボランティア部も皆が比較的好成績を収めることが出来た。
ちなみに領峰学園では各教科において中間と期末の二回の試験、もしくは前後期含めた中間と期末の四回の試験に加えてレポート等の課題や出席率を加味した点数付けを行った結果、六割以上の点数を得ていれば単位を修得することが出来る。
その為厳密には中間試験の点数のみで赤点が決まることはないのだが、それでも生徒内における伝統のようなものとして試験点数で六割以上を獲得すればひとまず赤点を回避したという捉え方がされる。
「きょーかーん! 楽しんでるーっ!?」
バシンッ、と大きな音を立てながらハイテンションの奏が怜の背中を叩いて手に持ったグラスを掲げてくる。
当然ながらその中に入っているのはノンアルコール、つまるところコーラなのだが。
「…………開幕からなんでそんなにハイテンションなんだよ」
背中の痛みに耐えながら振り向くと奏がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「いやーだってさー、テストが終わった解放感とは違ってやっぱり全部の結果が返ってくると安心出来るじゃん? あー、良かったなーって」
「まあそれは分かるけどな」
テスト終了後にクラスメイトと打ち上げを行ったのだが、あの時はテストが終わった時の解放感を感じてのことだ。
テストの結果に対する不安が抜けたわけではないし(怜に関してはそもそも不安を感じているわけではなかったが)、むしろそれを忘れる為の大騒ぎとも言える。
それに対して結果が出て、それが良好だったとなれば充実感が一気に押し寄せてくるのも無理はない。
実際に奏も怜達ほどではないにしろ学年で十九位に位置しており、充分に上位グループだと言っても問題ない。
「ほらほら。きょーかんも飲んで飲んで!」
奏の言葉に押されるように、怜もコップの中の烏龍茶を飲み干す。
初夏の暖かさというよりも暑さも感じてきた体に冷たい烏龍茶が心地好く染み渡る。
「おーっ、良い飲みっぷりだねー」
コップを置いて感心したようにパチパチと手を打ち鳴らす奏。
そして今度は側にいた桜彩へと絡んでいく。
「ほらほらクーちゃんも!」
「え、は、はい……」
奏にそそのかされるようにして、桜彩も手に持ったグラスの中の烏龍茶を一気に飲む。
「うんうん。クーちゃんも良い飲みっぷりだねーっ!」
そんな桜彩を見ながら満足げに頷く奏。
「先輩。テストお疲れ様です」
そこへ新たな声が掛けられた。
声の方へと視線を向けると美都がこちらを見上げている。
「あ、美都ちゃんもテストお疲れーっ! 凄いよね! 一年のトップも美都ちゃんでしょ?」
「あ、はい。なんとか一位が獲れました」
奏の言う通り一年の主席の座は美都が獲ることとなった。
余談ではあるが、三年の主席は家庭科部員ではない。
「そう言えばさ、美都ちゃんトップを獲ったら挑戦したいことがあるって言ってたよね。もうやったん、それ?」
テスト前の勉強会での会話を思い出した奏がそう聞いてみる。
その言葉に美都はなんとも言えない表情をして
「いいえ。今日、この後で挑戦してみようと思います」
そう答えた。
この後、言い換えれば部活の後。
それはつまり、怜にメッセージを送ってきた内容と言うことで
「光瀬先輩。何か飲まれるようでしたら持って来ましょうか?」
グラスが空になったままの怜を見上げる美都。
その顔を見て頭に浮かぶのは、当然ながら昨日送られてきたメッセージの内容だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昨日の放課後、ボランティア部にて
「えっと……はい、どうぞ……」
「あ、ああ。ありがと……」
桜彩から差し出されたスマホを受け取る。
そこにはやはり先ほどの美都からのメッセージが表示されたままとなっていた。
「えっと……怜、それって……」
青い顔のまま不安そうに聞いてくる桜彩。
もうこれは見られたということで確定だろう。
「見えちゃった……よな……」
「う、うん。ごめん、見えちゃった……」
「そ、そうか……」
「う、うん……」
メッセージの内容が見えてしまったのはあくまでも不可抗力、悪い偶然だ。
とはいえその事実が消えるわけではない。
「え、えっと……怜、その……どうするの……?」
美都からのメッセージの意味を理解した桜彩が怜へと問いかける。
強い不安が桜彩の胸に押し寄せてくる。
(も……もしも……怜が、佐伯さんと…………)
先日、怜は『桜彩と一緒にいる時間を大切にしたいと思ってる。出来るかどうかも分からない彼女なんかより、桜彩の方が大切だ』と言ってくれた。
決してその言葉を疑うわけではない。
疑うわけではないのだが――
(佐伯さん、怜の上辺だけ見るような人じゃないよね……)
蕾華は『上辺だけじゃなくれーくんを深く知った上で好きになった子じゃないと付き合うのは無理』と言っていたが、美都ならばその条件に当てはまるのではないか。
もしそうなら――
(それは嫌、だな……)
何故かは分からないが、それを考えると胸がズキリと痛む。
「どうするって言われてもな……」
困ったように頭を掻く怜。
「まあ、これがそういった理由だとは限らないだろ」
「う、うん……」
言葉に詰まってしまう。
確かに美都からのメッセージには『伝えたいことがある』と書かれていただけで、その内容については想像の域を出ない。
「どうかしたの?」
「なんかあったのか?」
微妙な空気を感じ取ったのか、蕾華と陸翔が近寄ってきてそう声を掛けてきた。
この時、怜はまだ呆けておりスマホの画面をそのままにしている。
その為、近寄ってきた親友二人もそのメッセージを目にしてしまう。
(これ、そういう意味だよね……)
(これ、そういう意味だよな……)
困ったように目を見合わせる二人。
「ま、まあ、とりあえずこれは佐伯が俺に送ってきたメッセージだし、見なかったことにしてくれ」
「う、うん……」
「ああ……」
「分かった……」
怜の言葉には三人共微妙な返事を返すだけにとどまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
昨日のことを思い出す。
それに加えて、その時から桜彩の様子がおかしい。
心ここにあらずと言った感じで、いつもの笑顔が一度たりとも浮かばない。
「先輩?」
美都の声に意識を引き戻す怜。
「あ、いや、大丈夫だ。飲み物に関してなら別に気にしないで良いぞ」
「そうですか。あ、そうだ。先輩、ガトーショコラ、とても美味しかったです」
「そうか。口に合ってくれたようで良かったよ」
「はいっ」
嬉しそうに笑顔を見せる美都。
この打ち上げでは当然ながら食べ物も飲み物も各人の持ち寄りだ。
基本的に市販品を買ってくる部員が大半の中、怜は家庭科部員らしく(領峰学園においては家庭科部員らしくなくとも言えるが)手作りガトーショコラを用意した。
先日炊飯器でキャロットケーキを作った時に説明した炊飯器によるガトーショコラだ。
市販のチョコレート菓子と大して変わらない味のようにも思えるのだが、幸いなことに部員達には好評となっている。
「それでですね、その、私のマドレーヌの方も食べて感想をいただきたいのですが……」
そう言って側に置かれていたマドレーヌの載った皿を差し出してくる。
怜以外では唯一手作りの物を持ってきたのが美都だ。
色々な意味で領峰学園の家庭科部員らしくない。
いや、本来の家庭科部員は美都のような者であるべきなのだが。
「それじゃあ一つ頂くよ」
「はい、どうぞ召し上がって下さい」
差し出されたマドレーヌを一つ取って口の中へと放り込む。
「どう……でしょうか……?」
おそるおそる、不安を抱えながらも興味津々に美都が聞いてくる。
「……うん。美味しいぞ」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
「よ、良かったです……」
美都が胸を撫で下ろす。
そして緊張が解けたのか、大きく深呼吸をして表情を崩す。
「光瀬先輩に最初に教えていただいたレシピがマドレーヌでしたので、復習がてらに作ってみたのですがそう言っていただけて嬉しいです」
実際に美都の作ったマドレーヌは良く出来ていた。
味も食感も焼き色も問題は無い。
時短レシピとはいえ普通に美味しく、こういった場に持って来るのにも充分だった。
「んん……?」
(むぅ……)
そんな美都を見て首を傾げる奏。
その一方で桜彩は複雑な表情で怜と美都を眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます