第229話 マッサージと美都からのメッセージ

「よし、少し休憩するか」


 放課後、ボランティア部の部室でこれまでの活動の報告書や今後の活動についての準備をする四人。

 作業が一段落したところで一度手を止めて休憩する。


「ふーっ。疲れたーっ」


「そうだなー、マジで疲れた」


 ずっと座りっぱなしだった怜と陸翔が立ち上がって伸びをする。

 そのままストレッチして体をほぐしているのを見た桜彩が


(お昼、宮前さんに肩を揉まれてたよね……)


 昼休み、怜が試験で一位を獲ったご褒美という名目で奏が肩を揉んでいたことを思い出す。

 それを思い出すとなんだか胸がムカムカとしてきた。


(でも、今なら蕾華さんと陸翔さん以外の人はいないし大丈夫かな)


 蕾華と陸翔であれば怜と桜彩の関係を良く知っている為に、ここで怜とスキンシップをとるのは問題ないだろう。

 良いことを思いついたというようにパンッと手を叩いて怜の方を向く。


「そうだ。怜、私が肩揉んであげようか?」


 その提案に怜が桜彩の方を振り向いて


「えっ? 良いのか?」


「うん。任せて」


「分かった。それじゃあお願いしようかな」


 桜彩の提案に嬉しそうに頷いてソファーへと座る怜。

 そんな怜の後ろにゆっくりと回った桜彩の両手が肩に当てられる。

 慣れ親しんだその感触に、なんだか落ち着いた感じがして安心する。


「それじゃあ揉んでいくね」


「ああ。お願い」


 そう言って桜彩はゆっくりと怜の肩を揉み始める。

 強すぎず弱すぎず、絶妙な力加減が心地良い。


「怜、どう? 気持ち良い?」


「ああ。最高だな」


「ふふっ。それじゃあもっとやってあげるね」


 怜の感想を聞いた桜彩が嬉しそうに顔を綻ばせる。

 それを見た陸翔と蕾華も楽しそうに笑いながら二人の姿を眺めている。

 無言で、だが二人(というか四人)にとって幸せな時間が流れていく。

 数分後、怜の肩から手を放した桜彩が


「……はい。どう? まだ凝ってる?」


「いや、大丈夫。ありがとな」


 元々大して肩は凝っていなかった為、今のマッサージだけで充分だ。

 これだけでも大分肩は軽くなったのでこれからの作業にも支障はない。


「それじゃあ次は手だね。はい、出して」


「え?」


 続く桜彩の言葉に頭に疑問符を浮かべる怜。

 そんな怜に桜彩はにっこりと微笑んで


「ほら。次はこの前みたいに手のマッサージをしてあげようと思って」


 この前、と言うのはぬいぐるみ作りの時だろう。

 硬い生地を長時間裁断していた為に、少々握力が弱くなっていた手をマッサージしてくれたことを思い出す。


「ニヤニヤニヤニヤ」


「ニヤニヤニヤニヤ」


 当然ながら親友二人はそんな怜と桜彩のスキンシップに興味津々だ。

 だが怜も桜彩もそんな親友の表情には気が付いていない。


「いや。今は手の方は疲れてないし大丈夫だよ」


「いいからいいから。私がしたいんだからさ。ほら、手を出して」


 そう言ってにっこりと笑いながら両手を前に差し出してくる桜彩。

 これはもう止めることは出来ないだろう。

 もっとも怜としても桜彩にマッサージをしてもらうのは嫌いではない、というかかなり心地良い。

 というわけで桜彩の言葉に従って怜は右手を桜彩へと差し出す。


「うん。それじゃあ始めていくね」


 そう言って桜彩は怜の手を優しく揉んでいく。

 もっとも内心では


(み、宮前さんもここまではしてなかったからね……。うん、怜を気持ち良くさせてあげるのは私の役目なんだから!)


 というように奏に対する嫉妬もあるのだが。


(怜の手、大きいなあ。温かくて、なんだかずっとこうしていたい)


 そんなことを考えながら桜彩は怜の手を揉んでいく。


「ふふっ。なんだかマッサージしてる私の方も気持ち良くなってきたかも」


 幸せそうな表情でそう呟く。

 一方で桜彩の思惑がどうであれマッサージ自体は怜にとってもとても気持ちが良いことに変わりはない。

 二人揃って幸せな時間を満喫していく。

 いや、正確にはそれを横で見ている陸翔と蕾華も含めた四人揃ってだ。


「それじゃあ次は背中だね。はい、怜。ソファーにうつ伏せになって」


「え?」


「だから次は背中のマッサージをしてあげるって」


「いや、俺はもういいって。それより今度は俺が桜彩にマッサージするよ」


 肩や手に加えて背中までしてもらうのはさすがに申し訳ない。

 そう思って提案したのだが、桜彩は首を横に振る。


「ううん。今日は私が怜を気持ち良くさせるって決めたから。だからほら。早く早く」


 そう言って怜の体を押してソファーへと強引にうつ伏せにさせる。


「い、いやだけどな……」


「遠慮しないで良いって。ほらそのまま大人しく横になってて。すぐに気持ち良くしてあげるから」


 うつ伏せにした怜の背中に桜彩が馬乗りになる。

 先日から夏服へと変わったこともあり、当然怜の制服の生地はこれまでよりも薄くなっている。

 それはつまりマッサージが効きやすいということに加えて、上に座る桜彩の感触がより鮮明に伝わってくるということで。

 思わず顔が赤くなってしまう。


「はい。それじゃあいくよーっ!」


 そんな怜の葛藤に気が付かずに桜彩は怜の背中を押していく。


「どう? 怜、気持ち良い?」


「あ、ああ」


「力加減は大丈夫?」


「大丈夫……」


「そっか。それじゃあどんどんやっていくね。よいしょ、よいしょ。怜、私が気持ち良くしてあげるからね」


「うん……。お願い……」


「ふふっ。任せて。ちゃんと気持ち良くなってね」


 的確に怜の背中のツボを押していく桜彩。

 そんな二人の様子を親友二人は当然のごとくスマホで録画をしていたわけだが。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ふふっ。怜、気持ち良かった?」


「ああ。最高だった」


 実際にマッサージは気持ちが良かった。

 上に座る桜彩の感触について忘れることは出来なかったが。

 そんな怜の返事に桜彩は気を良くして


「マッサージだったらいつでもしてあげるね。あ、そうだ。これから毎日寝る前にしてあげようか?」


「え? いや、さすがにそこまではいいって。ちゃんと自分でストレッチもしてるしさ」


「気にしないでも良いよ。ほら、今みたいにソファーじゃなく、ちゃんとお布団の上でした方が気持ち良いでしょ? 毎晩してあげるよ?」


「いや、大丈夫だって。そんなに毎日凝ってるわけじゃないしさ」


 というか今日だってそこまで体が凝り固まっていたわけではない。


「そっか。でもして欲しかったらいつでも言ってね」


「ああ。それじゃあその時はお願いするよ」


「うんっ」


「あ、でも桜彩の方も体が凝ってたら言ってくれよ。その時は俺がマッサージするからさ」


「うんっ。それじゃあその時は怜に気持ち良くしてもらうね」


 そう言って気分良く怜の背中から桜彩が降りようとする。

 その時、胸ポケットに入れていた怜のスマホが震えてメッセージの着信を伝えてきた。

 どうやらメッセージを送ってきたのは美都のようだ。

 怜がスマホを操作すると美都からのメッセージが表示される。


『光瀬先輩 先輩にどうしても伝えたいことがあります 申し訳ありませんが明日の部活が終わった後、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?』


 その文面を見て怜が硬直する。

 先日の手紙の文面とは明らかに違うその内容。

 それから想定される伝えたい内容とは十中八九――


「怜、どうしたの?」


「うひゃあっ!」


「ひゃぇっ!?」


 スマホを眺めながらうつ伏せの状態で固まってしまった怜を心配して桜彩が声を掛ける。

 メッセージの内容に集中していたせいで、桜彩の声に驚いた怜が慌ててスマホを落としてしまう。

 桜彩の方も怜の反応に驚いて目を丸くする。


「あ、ご、ごめんね。驚かせちゃって」


「い、いや……」


 桜彩に答えながら、いきなりのことにまだバクバクと早鐘を打っている心臓に手を当てて何とか落ち着かせようとする。


「おーい、スマホは大丈夫か?」


 すると少し離れた所から陸翔の声が飛んで来る。

 驚きのあまり忘れてしまったがスマホは床に落としてしまったのだ。

 ソファーにうつ伏せの状態だった為に床までの高さはそれほどでもないのだが、画面にヒビ程度は入っていてもおかしくはない。


「あ、大丈夫そうだよ」


 既に怜の上からどいていた桜彩が、少し離れた所に転がったスマホを確認してそう声を上げる。

 幸いなことに床に落ちたスマホは画面が上を向いており、そこにヒビなどは一切入っていなかった。


「えっと、ちょっと待っててね」


 そう言って桜彩がスマホの方へと向かい、それを拾う。


「え…………?」


 スマホを拾った桜彩。

 画面に表示されていたのは先ほど美都から送られてきたメッセージ。

 決して画面を見ようとしたわけではない。

 それが目に入ってしまったのは単なる偶然の連鎖。

 そこに表示されていたメッセージの内容は、色恋沙汰にあまり詳しくはない桜彩ですらこれがどういう意味かは想像出来る、否、想像してしまった。


(こ……これって……)


 怜のスマホを持ったまま顔を青くする。


「あ…………」


 一方で怜の方も、美都からのメッセージを桜彩に見られてしまったことを遅まきながらに理解した。

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