第228話 テストの順位は

 領峰学園のテストが終わった次の週、衣替えと共についにテストの返却が始まった。

 教室内にはテストの結果に一喜一憂する声が各教科ごとに響き渡る。

 ある意味六月の風物詩だ。

 もしかしたら、俳句の季語にでも使えるかもしれない。

 そんなどうでもいいことを考えながら、怜も返却された答案用紙を受け取って点数を確認する。

 桜彩と行った自己採点で分かっていたことだが各教科得意不得意含めて比較的高得点を獲っており、まあある意味いつも通りの点数だ。

 桜彩の方も怜と同様に各教科で高い点数を獲っており、仲の良い女子達から驚かれていた。


 そして更に翌週の月曜日。

 この日はいつもに比べて早くから登校してくる生徒が多く見られる。

 怜としてはいつも通りだが、陸翔と蕾華は例に漏れず普段よりも登校してくる時間が早く、登校時に怜と鉢合わせた。

 二人をはじめとして早く登校してくる生徒が多いその理由は


「いつも通り怜がトップだな」


「うんうん。さすがれーくん」


 感心するように、しかし驚きは一切感じられない声質で陸翔と蕾華が嬉しそうに怜に声を掛ける。

 その視線の先にあるのは廊下に貼りだされているテストの順位。

 領峰学園では順位と共に各学年の上位陣の名前が平均点と並べて貼り出されることとなっている。

 二年生の最上段に表記されているのは『光瀬 怜』の三文字。

 予想通り五期連続で、入試も含めれば六期連続で怜が主席の座をキープしていた。

 結果を見ようと集まっていた周囲の二年生からも予想通りだという視線を向けられる。


「陸翔も蕾華もトップテン入りだな」


 怜がそう指差した先、七位の欄に『竜崎 蕾華』、十位の欄に『御門 陸翔』の名前が記されている。

 基本的に二十位以内には入っている二人だが、今回はいつもに比べても良い順位を得ることが出来た。


「サンキュー、怜。テスト対策完璧だったからな!」


「うんうん。ありがとね、れーくん!」


 陸翔も蕾華もこれで成績は悪くない、というか進学校の領峰学園の中でも間違いなく良い部類に入るだろう。

 その理由としては怜が行っているテスト対策が大きな割合を占めていることもまた事実だろうが。


「二人がちゃんと勉強してたからだろ。なんだかんだ言って毎回二十位以内には入ってるんだし」


 とはいえ怜としてもやる気のない相手にわざわざ勉強を教えようなどとは思わない。

 陸翔も蕾華もちゃんと成績を伸ばそうと思っているからこそ怜も真摯に勉強を教えたのだ。


「まあ何はともあれ、お疲れーっ!」


「お疲れーっ」


「お疲れさん」


 そう言いながら蕾華が右手を掲げたので、怜と陸翔も同じように右手を掲げてハイタッチする。

 当然ながら目立つ三人がそうやっているので周囲からの視線を集めることになる。

 成績の良い三人が周囲を気にせずそんなことをしていては若干嫌味になるかなとも思わないでもないが、そのくらいは目こぼししてもらえるだろう。

 そして三人は掲示板へと視線を戻して


「そして二位がサーヤかあ」


 感心するような蕾華の声。

 怜の名前の下にあるのは『渡良瀬 桜彩』の五文字。

 転入したての桜彩が怜に次ぐ二位を獲得していた。


「クールさんってこんなに頭良かったんだな」


「それに運動の方も出来るらしいじゃん。すげーよなー」


「渡良瀬さん凄いよね。いきなり二位だなんて」


「うんうん。今度クーちゃんに勉強教えてもらおうかな」


 桜彩のクラスメイトのでは桜彩の頭の良さはそこそこ知られていたのだが、やはり他クラスまでには中々浸透していなかったようだ。

 掲示板を見て意外そうな顔をしながらそんな声がところどころから漏れている。

 そのまま他の順位を確認していると、蕾華が廊下の端を通りかかった相手を見つけて声を上げる。


「あ、サーヤ! こっちこっち!」


 その先ではちょうど登校してきた桜彩が自分の教室へと向かって歩いている所だった。

 大声をあげて手をぶんぶんと振る蕾華に気が付いた桜彩も、歩く方向を変えて三人の方へと向かって来る。

 目立つ三人に目立つ桜彩が加わったことで、もうこの四人で周囲の視線を完全に集めてしまう。

 そんな周囲に気にせず蕾華は桜彩へと声を掛ける。


「おはよー、サーヤ!」


「おはよう、渡良瀬」


「おはよ、クーさん」


「おはようございます。ところで人が集まっているようですが、何かあったのですか?」


「あ、そーか。サーヤは知らなかったっけ。テストが返却された次の週、ああやって成績上位者が掲示されるんだ」


 挨拶を終えたところで桜彩の疑問に答えるべく蕾華が掲示された順位の方へと視線を移す。

 つられるように桜彩も順位表を確認し、やはりといった感じで怜の方へと視線を移す。


「今回のトップも光瀬さんですか。凄いですね」


「ん。ありがと」


 普段の関係を表に出さないように簡潔に伝えあう二人。

 とはいえ桜彩にそう言ってもらえるのは怜としても嬉しい。

 表面上はいつものクールモードなのだが。


「ちょっとちょっと。サーヤがそれ言う?」


「え?」


「だってほら。サーヤだって二位でしょ? アタシ達からすれば充分に凄いって」


 桜彩の名前を指差しながら、蕾華が少し膨れながらそう告げる。

 蕾華からすれば、というか主席である怜を除いた二年生からすれば桜彩の順位も相当に凄い。


「てかそろそろ教室行かないか? 人多くなってきたし」


「だな。怜の言う通りこのままじゃ邪魔になりそうだ」


 テストの順位が張り出されているのは(おそらく一年生も含めて)多くの学生が知っているだろう。

 その為徐々に廊下も混み始めてきている。

 自分達の順位を確認出来たのなら早めにどいた方が良いだろう。


「そうだね。それじゃあ行こっか」


「はい」


 そして四人はまだざわめいている廊下を後にして教室へと向かった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「いやー、クーちゃん凄いよねー」


「うんうん。二位なんてさ」


「そうそう。これなら次の前期期末でトップを狙えるんじゃない?」


 昼食後、クラスの女子に取り囲まれて褒めちぎられる桜彩。

 朝、教室に入ってから授業間の休み時間も含めてテストの結果で盛り上がっている。


「うんうん。頑張ってね。応援してるよ!」


「なんたって光瀬君とコンマ九点差でしょ? これまでの二位は常時三点差を付けられてたんだからさ」


 昨年に行われた四回の定期テストにおいて、怜は平均点で二位に三点以上の差をつけていた。

 それが今回のテストにおいて二位との差は一点を切り(これまでに比べて)接戦で一位を守り切ることとなった。

 ちなみに今回の三位と怜の差はちゃんと三点以上開いていたわけだが。


「いえ、私も今回のテストでは光瀬さんの対策集に助けられましたので。ですのでやはり光瀬さん以上の点を取るのは難しいと思います」


 周囲の声を桜彩は首を横に振って否定する。

 実際に桜彩がテスト前に行った怜の対策集は、陸翔や蕾華の言う通り大きな効力を発揮した。

 これが無かったらここまでの高得点は絶対に取れなかったと断言出来る。

 桜彩としてはこの結果は自分一人の結果ではなく、むしろ怜のおかげで獲れた二位である。


「またまたー。クーちゃん謙遜しすぎだって」


「そーそー。もっと自信持ちなよ。あ、でも光瀬君の対策集って凄いんだってねー。あーあ、あたしも家庭科部には入れば良かったかなー」


 怜の対策集はボランティア部と家庭科部以外には門外不出のマル秘資料だ。

 よってその他の学生が使用することは適わない。

 そんな会話を耳にしながら、不満そうな顔をした怜は対面に座る親友に愚痴を吐く。


「……てかさ、渡良瀬を褒めるのは分かるんだよ、うん」


 桜彩が二位という結果を出したことについてクラスメイトが桜彩を褒めるのは分かるし納得出来る。


「いきなりどうした?」


 怜の言葉に首を傾げる陸翔。


「……次で一位を獲れるんじゃないかって言うのもまあ分かるんだよ、うん」


「まあそうだな」


 今回二位、しかもこれまでに比べて怜と接戦の二位だというのだから、一位になれるんじゃないかと言うのも分かる、納得出来る。

 怜としてもここまでは分かる、ここまでは。


「だけどさ、渡良瀬に一位を獲ってくれって意見が多すぎないか? え、何? 俺ってもしかして嫌われている?」


 蕾華など一部の者は怜に対しても『凄い』とか『良かったな』とかの褒め言葉を掛けてくれたのだが、どうにも桜彩を応援する人が多いように思える。

 大して一位にこだわりがないとはいえ、さすがにそれは悲しくなってくる。


「まあまあ。そんなに気にすんなって。別にみんな悪気があるわけじゃねえだろ」


 机に突っ伏した怜の頭に手を置きながら苦笑して慰める陸翔。

 とはいえ陸翔の言う通り、怜が嫌われているとかそういったことはない。

 あくまでも軽口の延長だ。


「そーそー。ウチだって別にきょーかんに一位から転がり落ちてくれって思ってるわけじゃないしねー」


 いつの間にか現れていた奏が陸翔に同意するように頷く。

 机に突っ伏したままの怜がそちらの方へと視線を向けると奏がケラケラと笑っているのが目に映る。

 とはいえそれに対して特に言うことはないので黙ったままため息を吐く。


「まーまーきょーかん。そう拗ねないでー」


 そう笑いながら、倒れこんだ怜の両肩を揉む奏。


「ほらほら。きょーかんが一位を獲ったご褒美に、ウチが肩揉んであげるからさー」


(むぅ……)


 隣の席に座る桜彩が、クラスメイトと話しながらも不満そうな表情を一瞬だけ見せる。

 とはいえすぐにいつものクールフェイスへと戻った為に、それに気が付いたのは蕾華だけだったのだが。


(ご褒美なら、怜の部屋で私がしてあげるのにな)


 そんなことを思いながら昼休みの時間は過ぎていった。



【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

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