第224話 テスト後の幸せな休日

 六月上旬の土曜日。

 昨日、前期中間試験は予定通りに何事もなく終了し、怜はクラスの皆とテスト後の打ち上げを行った。

 当然ながらテストの返却は一教科たりともされていないのだが、テスト前以外にも普段から勉強している怜と桜彩は手応えを充分に感じている。

 順位の方は分からないが、全教科において高得点を期待出来るだろう。

 そして本日の怜と桜彩は自己採点と共に今回のテストの分析を行っている。

 これにより怜の作成している試験対策集は更に精度が上がることになるだろう。


「ふう。そろそろ休憩するか」


「あ、うん。そうだね。休憩しよっか」


 切りの良いところまで進んだので一度手を止めて休憩する。

 当然お茶とお菓子付きだ。

 怜も桜彩もこうして二人でのお茶会の時間が本当に楽しみになっている。


「はい、あーん」


「あーん。……うんっ! 今日のも凄く美味しいよ!」


 本日のお菓子は怜の自作によるチョコブラウニー。

 テスト期間中は怜も勉強の方に力を入れていた為、こうしてお菓子を作るのは久しぶりだ。

 もう照れくささも恥ずかしさも感じずに、チョコブラウニーを摘まんで怜はあーんと桜彩へと差し出す。

 それを待ってましたと言わんばかりに雛鳥のように口を開けて食べさせてもらう桜彩。

 それこそテスト期間中は怜の作るお菓子を一日千秋の思いで待ち続けていた桜彩としては、本当に待ちに待った怜の手作りスイーツだ。


「チョコが凄く濃厚で……最ッ高!」


「ありがとな。それじゃあ俺も……うんっ。美味しい」


「あーっ、私が食べさせてあげようと思ったのにーっ!」


 怜が一つ摘まんで口に入れると桜彩から抗議の声が聞こえてくる。

 桜彩としてはあーんのお返しをしたかったようだ。


「ははっ、ごめんごめん」


「もう……はい、あーん」


「あーん。……それじゃあ次は桜彩だな。あーん」


「あーん」


 そんな感じで二人は気分転換のお茶会を楽しんでいく。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 お茶会の最中、先ほどまで行っていたテストの分析についての話になる。


「いつもこんなことしてるんだね」


「まあな。すぐにやった方が忘れずに済むし」


 感心したように呟く桜彩に笑いながら怜が答える。

 こういったところが入試以降、一年の定期試験の全てにおいてトップを獲れることに繋がっている。


「それにさ、今回はやっぱりいつもよりも負担になって無いんだよ」


「そうなの?」


 不思議そうに問いかける桜彩に怜はゆっくりと頷く。


「ああ。いつもだったら陸翔や蕾華と打ち上げした後に一人でまとめてたんだけどさ、今回は桜彩が側にいてくれるから結構気が楽なんだ」


 共に自己採点を行い、今もこうしてテストの分析に付き合ってくれている。

 それだけで充分すぎるほど力になる。


「ふふっ。そう言ってくれると嬉しいな」


「事実だって。ほら、こうしてハニージンジャーミルクも淹れてもらったしさ」


 そう言ってお揃いのカップを軽く掲げる怜。

 この日のお茶会ではいつもとは違い、カップの中に入っているのは桜彩が作ったハニージンジャーミルク。

 そこからショウガやシナモンの香りが微かに漂ってくる。

 風邪を引いた時に桜彩が作ってくれたハニージンジャーミルクは今では怜の大好物だ。

 加えて風邪の時とはショウガやハチミツの分量が違ったり、シナモンが加えられたりと微妙にアレンジもされている。


「怜が気に入ってくれて嬉しいな」


 そう言って桜彩もカップを掲げて怜のカップと軽く触れ合わせる。

 キン、と鳴り響いた小さな音が二人の耳へと届き、そして二人で笑みを浮かべる。


「やっぱり美味しいな、これ」


 気分転換にミルクを飲んで一息つく。

 これに加えて桜彩との楽しいおしゃべりで元気も全回復だ。


「今に限ったことじゃないけどさ、やっぱりこの『記念の味』は、なんていうか元気が出るっていうか安心出来るっていうか」


 怜が風邪を引いた時、桜彩が初めて自分一人で完成させた記念の味。

 当時からアレンジが加えられたとはいえ、二人にとっての記念の味であることに変わりはない。


「ふふっ。飲みたい時はいつでも作ってあげるから遠慮しないでね」


「ありがとな。あ、それじゃあまずは今だな。おかわりお願い」


「うんっ。ちょっと待っててね。すぐに作っちゃうから」


 そう言いながら差し出された桜彩の手に空になったカップを手渡すと、桜彩が自分のカップと共にキッチンへと向かう。

 そんな後姿を眺めながら


(幸せだなあ……)


 少し前までは絶対に考えられなかった桜彩との生活。

 デートなど特別なイベントとはかけ離れたいつもの休日の風景。

 逆にこうした日常をいつも過ごすことが出来ることこそが本当の幸せというものだろう。

 ふとそんなことを考えてしまう。


「なあ。れっくんもそう思わないか?」


 テーブルの上に載っている猫のぬいぐるみにそう問いかける怜。

 当然ながらぬいぐるみが答えを返すわけもないのだが。

 一瞬遅れてぬいぐるみ相手に話しかけていたことに気が付く怜。

 しかし恥ずかしいとかそういった気持ちは怜の胸には一切生まれない。

 こうしたことも含めて幸せな日常の一部だろう。


「怜? どうかしたの? 何か声が聞こえたけど」


「いや、なんでもないよ」


 そう言いながらゆっくりと首を横に振る。


「むーっ。怜、隠し事?」


 声が聞こえてきたのは事実なので、桜彩が眉を寄せて怜に顔を近づける。

 とはいえ本気で怒っているわけではなく、これもただのスキンシップの一環だ。


「何も隠してないって。なあ、れっくん」


『そうだニャ。怜君は何も隠してないニャ』


 腹話術を使ってれっくんに桜彩を説得してもらう。

 そんなれっくんの言葉に桜彩はにっこりと笑って席に着く。


「ふふっ。なんだか久しぶりだね。こうしてれっくんが話すの」


「そうだな。ぬいぐるみを作った時以来だな」


 怜に自作のれっくんをプレゼントされた後、桜彩が怜の部屋を訪れる時には毎回れっくんを持って来ている。

 リビングのテーブルに置いたり椅子に座らせたり、時には桜彩が抱えている。

 桜彩の大切な宝物だ。


「うん。れっくんをくれてありがとね。はい、これお礼のハニージンジャーミルク」


 差し出されたそれを受け取って一口飲む。

 やはり桜彩が淹れてくれたミルクは本当に美味しい。


「うん。美味しいよ」


「そう言ってくれると嬉しいな」


 怜がお礼の言葉を告げると桜彩も嬉しそうに笑いかけてくる。


「ふふっ」


「どうかしたのか?」


「あ、うん。いつもは私が美味しいって言って怜がありがとうって返してくれるでしょ。今は逆だなって」


「あ、そういえばそうだな」


 普段の食事やお茶会では、怜の作った料理を桜彩が美味しいと言って怜がお礼を言うのが通例だ。

 それがハニージンジャーミルクに関しては逆になっている。


「自分の作った物を美味しいって言ってくれるのって嬉しいよね。いつもの怜の気持ちが分かったかも」


 少しばかり恥ずかしそうにはにかみながら桜彩が口にすると、怜もゆっくりと頷く。


「そうだな。逆に俺も桜彩の気持ちが分かるよ。こうして桜彩に美味しい物を作って貰えて本当に嬉しいからさ」


「ふふっ。いつもはお互いにこんな風に感じてたんだね」


「そうだな。これもこれで良いかも」


 美味しい物を作ってくれる幸せと、美味しいと言って褒めてもらえる幸せ。

 その両方の幸せを味わうことが出来るのがとても嬉しい。

 そんな幸せを感じながら、二人はお茶会を楽しんでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る