第223話 テスト勉強⑤ ~勉強会の後で~

 昨年の文化祭、家庭科部は模擬店の出店に加え、クッキーなどの焼き菓子を持って売り歩くということもやっていた。

 領峰学園の文化祭は外部の者も出入り可能でかなり盛況だ。

 そして奏は充分に美人の部類に入るし、ノリも良く基本的にいつも元気だ。

 当日もいつものテンションで売り子をやっていたところ、声を掛け易かったのか質の悪い来場者に絡まれるということがあった。


「去年、学祭でちょい年上っぽい男子四人組に絡まれたんよ。まあナンパなんだけどさ。もちろん断ったんだけど相手が諦め悪くてね。強引に手を引かれたとこできょーかんが割って入ってくれたんだよね」


「うんうん。それでれーくんが相手に暴言吐いて挑発して、相手の一人が手を出してきたところを返り討ち。更に手を出してきた相手の一人を遅れて来たりっくんがぶっ飛ばして。その後はまあ人数的にも二人と二人になったし相手も戦意喪失したんでそれで終わったけど」


 当時のことを振り返りながら話す奏と蕾華。

 陸翔は蕾華と学祭デート中だったのだが、焦って教師を呼びに行く家庭科部員がいたので話を聞いたところ『奏が学外の男四人に絡まれている』と説明を受けた。

 そして慌てて現場に駆け付けたところ、ちょうど怜に拳を振り上げている相手がいたのでそのまま怜に加勢した。


「……そのような事があったのですね」


 今の話は桜彩にとっても初耳であり、その内容には驚くばかりだ。

 困っていた奏を助けようとしたことはとても怜らしいのだが、相手に暴言を吐いて挑発したというのは今の怜からは想像が出来ない。

 そんな桜彩の表情からなんとなく思っていることを察した蕾華が


「まあれーくんが必要以上に相手を挑発したのは理由があるんだけどね」


「え? そうなのですか?」


「うん。れーくんが現れる直前に奏が相手の手を強く払ってを怒らせちゃったんだよね。まあ怒らせたって言っても相手の逆ギレなんだけど。だから相手の注意を奏から自分に向ける必要があったってわけ」


「なるほど。そういうことなのですね」


 一番の目的は奏を無事に逃がすこと。

 ああいった質の悪い相手を挑発すれば、必然的に怜の方へと注意が向く。

 であればあの怜が暴言を吐いて挑発したというのも納得だ。


「ですが光瀬先輩が喧嘩に強いというのは驚きでした。あ、いえ、困っていた宮前先輩を助けようとした行動は光瀬先輩らしいのですが」


「んー、まあね。れーくんはああ見えて昔は色々と絡まれることが多かったから。だから必然的にさ」


 美都の疑問に蕾華が言葉を濁しながら答える。

 もっと正確に言えば、小学生の時に怜が動物殺しの冤罪を着せられた後、疑いが晴れたにもかかわらずにそれをネタとしてからかって来る相手が少なからず存在した。

 まあ小学生の倫理観であればそういった者がいてもおかしくはないのだが、同じく小学生の怜としてははらわたが煮えくり返る思いだった。

 なので彼らを黙らせる必要があった為に必然的にそういったことが上達してしまったわけだ。

 もちろん今も体は鍛えているし、護身術としてはそれなりの腕を持っている。


「だからさ、美都ちゃんも何かある前にちゃんと相談しなよ」


「はい。ですが本当に今のところは大丈夫だと思いますから」


「うーん。まあそれなら良いんだけどね」


 多少質の悪い相手がいたとは言っていたが、まあ本人が大丈夫だというのであればそうなのだろう。


「でもさー、その時周りで見てた中にウチに告白した男子もいたんよねー」


 当時、奏が絡まれて困っていた時、周囲にはそれ以前に奏に確認した男子もいた。

 だが彼も面倒ごとになるのを避けたかったのか、自分が傷つくことが嫌だったのか、奏に助けを出すようなことはしなかった。


「まあ理解出来なくはないんだけどさ。やっぱり告白した相手にその程度の気持ちしか持ってないって萎えるんよ」


 好きだと告白した相手が困っている時に助けに出ずに見ているだけというのは、告白された側からしてみれば良い気はしない。

 もっとも別にそれに対して怒るわけでもないが。


「確かにそうですね」


「だからさ、もしウチが誰かと付き合うんだったらそういった時にちゃんと助けてくれる相手が良いよね」


 苦笑するように奏が笑ってそう付け加える。


「あの、ちなみに皆さんは告白したことはあるのですか?」


 心臓がドキドキとしながら問いかける美都。

 大分話が逸れてしまったが、本来美都がしたかったのはこちらの質問だ。

 その問いに皆がそれぞれ考え込む。


「うーん、ウチはないなあ」


「私もありません」


 奏と桜彩が真っ先に答える。


「私もないよー」


「うん。あたしもー」


 家庭科部の部員の中には彼氏持ちの者も存在するが、その全ては告白を受け入れた立場だ。

 よって自分から告白をしたことのある者は存在しなかった。


「でも美都ちゃん、どしたん? 急にそんな質問するなんて。もしかして誰かに告白でもするん?」


 ニヤッとした笑みで美都を見つめる奏。

 当然女子として恋バナ好きの奏としてこの話題は見過ごせない。


「あ、い、いえ。その、話の流れからですが……」


「あ、そういうことね」


 納得がいったというようにうんうんと頷く奏。

 それを機にその話題が一段落して各々それぞれの話に戻っていく。

 そんな中、奏が美都へと話しかける。


「まあでも美都ちゃんだったらもし誰かに告白してもオッケー貰えそうだけどね」


「そ、そうでしょうか……?」


 奏の言葉に少しばかり嬉しそうに頬を赤く染める美都。


(……うーん、これ、本当に告白するのかな?)


 美都の反応にそんなことを思ってしまう奏。


(……佐伯さん、本当は誰かに告白するのかな? もしそうなら相手は……)


 桜彩も奏と同じことを考えてしまう。

 最近、美都の一番側にいる男性は間違いなく怜だろう。

 もし美都が怜に告白したとして、それを怜が受け入れてしまったら、自分と怜の関係は変わってしまうのだろうか。

 自分以外の女子が、怜と一緒に並んで歩いている。


(……それは、嫌だな)


 そんな光景を想像してしまい、少しばかり嫌な気分になってしまう桜彩。

 すると家庭科室の扉が開き、そこから怜と陸翔が戻って来る。


「ねー、きょーかん。突然だけどさー、きょーかんって告られた時にどーやって断ってる?」


「……本当に突然だな、おい」


 戻って来たと思ったら開口一番奏にそんな質問をされた怜が呆れ顔になってしまう。

 話の脈絡が全く分からない。


「いやー、さっきそんな話になってさー」


 詳しいことは省いて奏が怜に説明する。

 さすがに美都のプライベートを本人の許可なく話したりはしない。

 奏はそう気遣ったのだが美都本人としては別に話されても構わない為普通に説明をする。


「その、実は私がそういった相談をしたんです」


「ああ、そういうことか」


 美都の言葉に怜もそういうことかと納得する。

 確かに美都ならば男子から告白されてもおかしくはないだろう。


「特別なことはないな。『ごめんなさい。今は誰とも付き合う気はありません』ってな」


「付き合う気が無い、ですか?」


「ああ。そもそも俺は中身ちょっと変わってるからな。浅い付き合いなら良いにしても、深く付き合うと多分趣味とか色々と合わない。陸翔や蕾華は例外だけどな」


「うんうん。れーくんの場合は友達としては最高だし、結婚相手としては優良物件だけど一般的な女子高生の彼氏としては刺激が足りないからね。だから上辺だけじゃなくれーくんを深く知った上で好きになった子じゃないと付き合うのは無理だよね」


 怜の言葉に重ねるように蕾華が補足を入れてくる。


「まあそういうことだな。俺のことを良く知らない相手と付き合う気は全くないし」


 告白の断り方から若干話がずれている気がしないでもないが、蕾華の言葉には同意する。


「なるほど……ありがとうございます」


 色々と納得したような顔で頷く美都。

 元々聞きたかったことに加えて更に有益な情報を知ることが出来た。

 棚から牡丹餅とはこのことだろう。


(そ、そうだよね。今の怜は誰とも付き合う気はないんだよね……)


 一方でそんな怜の言葉を聞いて、ひとまず桜彩は無意識の内に胸を撫で下ろしていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 昼食休憩後は勉強会を再開し、夕方になったところで解散する。

 そして怜と桜彩も自宅に戻り、いつも通り共に夕食を作る。


「……ねえ。怜は今、誰とも付き合うつもりはないんだよね?」


 ホワイトシチューを作りながら気になったことを問いかける桜彩。


「昼の話か? まあそうだな」


 シチューをかき混ぜながら、首を傾げて答える怜。

 怜のその返答に桜彩が自分でも気が付かないうちに安堵する。


「それにさ、前の合コン疑惑の時にも言っただろ? 『俺は別に彼女なんて欲しいなんて思ってないしな。むしろさ、今彼女が出来るとかなり面倒なことになる』って」


「う、うん……」


「あの時から俺の気持ちは変わってないよ。桜彩と一緒にいる時間を大切にしたいと思ってる。出来るかどうかも分からない彼女なんかより、桜彩の方が大切だ」


 その言葉に桜彩の表情がぱあっと明るくなる。

 そして一瞬ののち、照れて赤くなった顔を背けてしまう。


「そ、そっか。うん、ありがとうね。それにゴメンね、変な事言っちゃって」


「気にするなって。それよりそろそろシチューが完成するぞ。そっちの方はどうだ?」


「あ、うん。大丈夫だよ」


 桜彩の方も話をしながらも準備はちゃんと行っていた。

 テーブルの上には既に食器が置かれており、中央の鍋敷きの上にシチューの鍋が置かれるのを待っている状態だ。


「よし、それじゃあ持っていくか」


「うん」


 そしてシチューやご飯を食器に盛って食事の準備は完了だ。

 怜もエプロンを外して自分の椅子に座って手を合わせようとする。

 そこで、手を合わせて『いただきます』と言う前に桜彩が怜に向かって口を開く。


「あのね、怜。さっきはありがとうね」


「え?」


 さっきはありがとう、と言われても何のことだか分からない怜は頭に疑問符を浮かべる。

 そんな怜に、少しばかり赤くなった頬のまま、桜彩はクスリと微笑んで


「私もね、怜と一緒に過ごす時間を大切にしたいなって思ってるよ」


 見とれるくらい素敵な笑顔。

 そんな桜彩に対して怜は恥ずかしさを隠すように頬を軽く搔きながら


「そ、そっか。ありがとな、桜彩」


「ふふっ。お互いにありがとうだね」


 そんな怜の仕草を可愛らしく思った桜彩の口元からくすりと声が漏れる。

 お互いに赤くなった顔を見合わせながら笑い合いながら手を合わせて


「「いただきます」」


 いつも通りに二人で食べる夕食。

 しかしその日の夕食はいつも以上に心が温まるような気がした。

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