第222話 テスト勉強④ ~美都の悩み~

 昼食直後は勉強の効率が落ちる為に基本的には休憩時間となっている(最終的に各自の裁量によるが)。

 その時間を使って家庭科部部員達は昼食の後片付けを行っていく。

 さすがにそこまで怜に任せるわけにはいかないということだ。

 怜が頼りになるとはいえその程度の分別は皆が持っている。

 ちなみに怜は昼食を食べ終えると陸翔と共にボランティア部の部室へと直行して軽く仮眠をとっている。

 一方で女子のみとなった家庭科室内では片付けを終えた各部員が和気藹々としながらそれぞれ思い思いの方法で時間を潰していく。

 机に突っ伏して軽く仮眠をとる者や、食後のお茶を飲みながら談笑する者。

 中には問題集を片手に勉強を進めている者もいる。


「はぁ……」


 そんな家庭科室の中に美都のため息が漏れ、友人の耳へと届いた。


「どうしたの美都ちん。何か悩み事?」


「え、なになに? どうかしたの?」 


「あ、ううん。そういったわけじゃないんだけど……」


 心配そうに声を掛けてくれた友人の言葉を聞いて美都は初めて自分がため息を吐いていたことに気が付き、慌てて首を横に振ってなんでもないとアピールする。


「そうなの?」


「あ、もしかして勉強が思ったように進まなくて悩んでるとか?」


「ううん。勉強の方は順調だよ」


 実際に怜に渡された対策集は、入試で主席を勝ち獲った美都からしても充分すぎるほどの内容がある。

 これがあればかなりの高得点が期待出来そうだ。

 そしてもしも一位を獲ることが出来ればその時は勇気を持って、とあることに挑戦してみるつもりだ。


(一位を獲れれば、か。もしそうなったら……)


 その未来は夢と呼ぶにはあまりにも現実的だろう。

 絶対とまで言い切ることは出来ないが、それでも充分にその可能性はある。


(その時は……)


 その時はどうやって挑戦してみようか。

 まだテストすら始まっていない現段階では捕らぬ狸の皮算用だと理解しているのだが、それでもその未来を頭に思い浮かべてしまう。


(……でも、確かに一人で悩んでいてもなあ)


 そのことについては何度も悩んだ。

 結果、まだ答えは出ていない。

 ――であれば、周囲の者達に話してみるのも一つの手ではないか?

 そう思って美都は再び口を開く。


「あの、すみません。皆さんにお聞きしたいことがあるのですが」


 決して静かではない家庭科室の中にその声が響くと皆が美都の方へと視線を向ける。

 まさか部員全員に聞こえるとは思っていなかった為に少しばかり慌ててしまう。


「ん? なになに? なんか悩み事?」


 さっそく奏が美都へと近寄っていく。

 こうした面倒見の良い所も奏の長所だ。


「はい、えっと……」


「ん? どしたん?」


 言いよどむ美都を不思議そうに眺める奏。

 とはいえ美都としてもこの悩みを直接伝えるのは憚られる。

 あくまでもこれはテストで一位を獲ってから口にすることだ。

 その為、美都は悩みの本質から外れない程度の内容を口にする。


「えっと、その、告白ってされたことありますか?」


 そう告げた後、自分の方へと視線を向ける一人一人の顔を見る。

 驚いたり、納得したり、美都を見るその表情は人それぞれだ。


「えっと、私は経験ないかな」


「あ、あたしもー」


「そんなのあたしだってそうよ」


「あ、私はあるよー」


「そりゃああるでしょうよ。あんた彼氏持ちじゃん」


「いや、彼氏持ちだからって告白された経験があるとは限らないじゃん。自分から告白することだってあるし」


「ウチもあるよー。でもどしたん? 急にそんなこと聞いてくるなんて」


 奏としてはそこに至るまでの話の脈絡が分からない。

 そんな奏に美都は半分本当の、半分嘘の理由を口にする。


「実は、最近何度か告白される機会がありまして……」


「へー、そうなんだ。美都ちゃん、やっぱりモテるんだねー」


「い、いえ、そんな……」


 納得したように頷く奏に美都は恥ずかしそうに顔を赤くして下を向いてしまう。


「いやいや、そんなことあるってー」


「そうそう。美都がモテなかったらあたし達はどうなのよ」


「だいたいゴールデンウィークが終わったころからかな? 何度か呼び出しされてるよね」


 美都と仲の良い一年生の友人がそう口にすると、奏をはじめとした何人かがなるほどなと頷く。

 容姿も性格も良い美都はそれこそ普通にモテるだろう。


「え、ええっと……」


「それでそれで? 相談ってのはなに? 美都ちゃんのことだからただモテてるって自慢するだけってわけじゃないっしょ?」


「は、はい。その、私はそういった相手とお付き合いする気はありませんのでどうやって断るのが一番かな、と」


「ああ、そういうことね」


 確かに付き合わない場合の断り方というのは重要だ。

 下手に希望を持たせるようなことを言っても面倒だし、相手の気持ちを逆なでするようなことになってもいけない。

 そんな美都の問いに奏は目を瞑って少し悩む。


「ん-、ウチはふつーに『ごめんなさい』とか『ごめんね』って断るかなあ」


 社交的でノリの良い奏は男子とも仲が良く、それでもしかしたらいけるんじゃないか、と悪く言えば勘違いした男子により何度か告白を受けている。

 その際には必要なことをシンプルに伝えるだけだ。


「蕾華とかクーちゃんは参考意見ある?」


 その問いに蕾華と桜彩は顔を見合わせて


「うーん、アタシはそういう経験ないからなあ」


「まあそうだよね。ミカって彼氏がいる蕾華に告ってくるような相手はいないか」


 女性としての魅力に溢れている蕾華だが、その横には陸翔というこれまた男性としての魅力に溢れている存在が立っている。

 よく『駄目だと分かっていても思いを伝えたい』という理由から彼氏、彼女持ちの相手に玉砕覚悟で告白をする者もいるのだが、男女問わず二年生で圧倒的な人気を持つ陸翔の彼女にこれから先の学園生活の平穏を賭けてまでそんな無謀な行動をする者はいなかった。

 そのような事をすれば間違いなく陸翔も蕾華も良い顔をしないだろう。

 もちろん例えそのような事になったとしても、報復のようなことをする二人ではないが。


「クーちゃんは?」


「そうですね。私もそのような経験はありません」


「え、そーなん? 意外ーっ」


 桜彩の返答が予想外だったのか奏が随分と驚く。

 桜彩も蕾華に負けず劣らず女性としての魅力は高いのだが、転入してきてからこれまで男子に対して塩対応だ。

 その為、近寄りがたいクール系美人として高嶺の花扱いとなっている。

 最近は少しばかり雰囲気が緩和されてきたということもあるのだが、基本的には傍にいる蕾華が色々と気を配っている為に告白されるという経験はない。

 初対面の相手からナンパをされたことはあるが。


「そっか。クーちゃんもか」


「はい。力になれずに申し訳ありません」


「い、いえいえ。先輩が謝ることではありませんから」


 頭を下げる桜彩に慌てて美都も首を横に振って頭を下げる。

 こちらが相談したことに対して頭を下げる必要は無い。


「まあその気が無いんならストレートに断るのが一番じゃない?」


「うんうん。確かにそうかもね」


「はい。私も蕾華さんの言う通りだと思います」


 蕾華の言葉にうんうんと頷く奏と桜彩。


「『気持ちは嬉しいけど』とか下手に希望持たせたりしたら面倒だしね。中には社交辞令って言葉が分かってない相手とかもいるかもだし」


 断る時の定型句をそのままの意味で受け取る察しの悪い相手も居るだろう。

 そうなってしまえば更に面倒なことになるだけだ。


「あー、下手にプライドの高い相手とかもいるかもね」


「うんうん。『この俺が相手なんだぞ』とかそういう態度出してくる奴とか」


 周囲の部員達にも経験があるのかそれぞれの過去を思い出しながら口にする。


「美都ちゃんはそーゆーの大丈夫なの?」


「はい。今のところはですが」


「そっかそっか。なら良かった」


「ご心配ありがとうございます」


 心配してくれる奏に美都が頭を下げてお礼を言う。


「あ、でもこの前の奴、ちょっと引き際悪くなかった?」


 すると美都の友人が横からそう口を挟むとそれを聞いた奏が心配そうに顔を寄せる。


「え、何かあったの?」


「え、えっと……その、断った後でもまだ少し引き下がって来たといいますか……」


「少しなんてもんじゃないじゃん、あれ。私達が通りかからなかったらもっと面倒になってたかもだし」


「うんうん。気を付けた方が良いって」


 美都の友人達が心配そうに口々に声を掛ける。

 それでその場にいたわけではない奏達もなんとなくそれで状況を察した。

 質の悪い相手に絡まれた時に友人が通りかかってくれたためにその場は何とか収まったということだろう。


「まあ何かありそうだったらアタシ達に言ってくれれば何とかするからさ」


「そうそう。遠慮なんかしないですぐに言ってね」


「ありがとうございます、竜崎先輩、宮前先輩」


 再び美都が二人へと頭を下げてお礼を言う。

 それに満足そうに頷きながら、ふと奏が


「うんうん。それに本当にヤバそうならきょーかんに相談しなよ。ウチが言うのもなんだけど、最悪荒事になってもなんとかしてくれるだろーから」


 と口にする。


「え? 光瀬先輩にですか?」


 奏の言葉に驚いて目を見開く美都。

 そんな美都に奏はうんうんと頷いて


「うん。きょーかん、あれで喧嘩強いからね」


「え? そうなのですか?」


 怜が運動が出来るということは他学年の美都やその友人も人づてには聞いていたが、喧嘩をするような印象はなかった為に一年生の皆の顔がより一層驚きに染まる。

 そしてそれは桜彩も一緒だ。

 そんな彼女らに、奏は当時のことを思い出しながら口を開く。


「去年、ウチも助けてもらったからね。学祭で質の悪い相手に絡まれた時にきょーかんが割って入ってくれてさ」


「ああ、あったわね、そんなこと」


 話を聞いていた上級生もうんうんと頷き奏の言葉を肯定する。


「うん。普段温厚なきょーかんが珍しく本気で怒ってたからね。ってかウチがきょーかんが本気で怒ったのを見たの、あの時だけだよ」



【後書き】

 次回投稿は月曜日を予定しています

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る