第220話 テスト勉強② ~休憩中の雑談~

「ですがこれ、本当に凄いですよね」


 怜の対面でカップを置いて、今回のテストにおけるポイントが分かり易くまとめられている対策集を見ながら感心したように桜彩が呟く。


「うんうん。さすがれーくんだよねー」


「そうそう。ウチもこれには毎回助けられてるよー」


 蕾華と奏も桜彩の言葉にうんうんと頷き同意する。

 実際にこれまでのテストではずいぶんとこの対策集に助けられてきた。


「言っておくけどこれはあくまでも定期試験の対策用だからな。受験勉強として考えればそんなに役立つ物でもないぞ」


「いやいや、確かにそーかもしんないけどさー、でもこれかなり分かり易いって。ねえクーちゃん?」


「はい。特に私は今年度から転入してきたので、この対策集はかなりありがたいです」


 対策集から怜の方へと視線を移した桜彩が奏に同意する。

 実際のところ各教師による出題傾向が分かる過去問だけでもかなりありがたいことに加え、それが数年分、更に対策やポイントまで載っているとなればテストに挑むにあたってこれほど頼りになる物は無い。


「でもさ、サーヤって勉強出来るよねー」


「うんうん。小テストも点数高いし授業中に当てられてもスラスラと答えてるしね」


「え? あ、そうでしょうか……?」


 蕾華と奏の言葉に桜彩が恥ずかしそうに首を傾げる。

 桜彩本人としては特にそう思っているわけではないのだが。


「そうだって。きょーかんもそう思うでしょ?」


 奏が怜の方へと首を動かして問いかけてくる。

 その言葉に怜は少し考えて首を縦に振る。


「……そうだな。俺もそう思うぞ」


「あ、ありがとうございます」


 怜の言葉に俯いて照れる桜彩。

 実際に怜の目から見ても桜彩は勉強が出来る方だ。

 毎日の夕食後に桜彩と共に勉強している怜だからこそそれが良く分かる。

 予習している時も基本的には教科書を読めばある程度のことは理解しているし、分からないところも怜の説明ですぐに理解してしまう。

 これなら領峰学園で初めて迎えるテストでも好成績を残せることだろう。


「ほら、学年トップのきょーかんのお墨付きだよ。もっと自信持って良いって。ねえ蕾華?」


「奏の言う通りだよ。サーヤなら心配いらないって」


「そ、そうでしょうか……?」


 なにせ転入してきてからは初めてのテストだ。

 その分不安要素は多い。


「そうだって。てゆーかさ、もしかしたらきょーかん抜いてトップ獲れるんじゃね?」


「えっ? い、いえ、それは無いと思いますが……」


 にひひと笑いながら怜と桜彩を交互に見比べる奏。

 とはいえ桜彩にはとてもそうとは思えない。

 実際に毎日怜と共に勉強している桜彩だからこそ、怜の成績については良く分かる。

 特に本人が得意だと言っている理系に関しては分からないところなど無いのではないだろうか。

 それに加えてこのテスト対策の濃密さ。

 各科目毎に詳しく対策がされており、それを見てもそれぞれの科目に対しての理解の深さが伺える。


「いや、もしかしたらそうかもしれないぞ」


「え、そ、そうでしょうか?」


 思いがけない怜からの言葉に桜彩が驚く。


「俺はむしろ文系が苦手だからな。そこで点数を落とさないようにするのが一番の課題だ」


 実際に理系に対して文系の点数は低い。

 だがその言葉に陸翔と蕾華、奏がはあとため息を吐いてジト目を向ける。


「……れーくん。れーくんの苦手ってのは他の人にとっての苦手じゃないからね」


「そうだぞ。お前が苦手って言ったらオレ達はどうなるんだよ」


「うんうん。きょーかんの苦手って普通の人の得意よりも点数高いからね」


「あくまでも俺の中での苦手だって言ってるだろうが。事実として理系に比べれば文系の点数は低いんだよ」


 それを聞いた他の三人が再びはあとため息を吐く。

 怜の言うことは事実ではあるが、はっきり言って皆からすれば悩みのレベルが高すぎる。

 共に勉強している桜彩としても、内心では三人に同意する。

 確かに理系に比べて文系が低いのは事実だが、それは理系が高すぎるだけで文系の方も皆から見れば充分に成績が良い。

 とはいえ怜本人もそれは分かってはいるので過度な謙遜はしない。


「でもきょーかん先輩にも苦手な科目ってあるんですねー」


「意外です」


 すると後ろを通りかかった後輩達が、会話が聞こえていたのか口を挟んでくる。

 その後輩に奏はやれやれといった感じで首を横に振る。


「ちょっと騙されちゃダメだよー。きょーかんの苦手ってのは全然苦手じゃないからねー」


「騙すってなんだ、騙すって。人聞きの悪いこと言うなっての。さっきからあくまでも俺の中で苦手だって言ってるだろうが」


「いやそーだけどさー」


 奏もそこについては理解はしている。

 だが心の方で納得出来るかと言われると別問題だ。


「あ、そーだ。ちなみにきょーかん。今までのテストで一番点数の悪かったのって何点?」


「八十五点」


「え…………」


 奏の問いに怜が即答すると、その答えに後輩が絶句する。


「あ、あのあの、ほ、本当に? 平均点が八十五点とかじゃなくてですか……?」


「ほら、これこれ。これが普通の反応だからね、きょーかん」


 驚いている後輩を指差しながら奏が呆れたように言ってくる。

 とはいえ怜としては事実を言っているのだからしょうがない。


「苦手の価値観が違う……」


 まあ怜の場合、理系の方が毎回ほぼ満点かそれに近いので、それに比較すればさすがに文系は苦手とは言える。


「だから俺の中で比較的だって言ってるだろうが。そもそも学校のテストなんてのは出題傾向があるんだからある程度は絞り込めるだろ」


「そ、それはそうですけど……」


 怜の言葉に項垂れる後輩。


「てかきょーかんって理系は三年の範囲まで分かるんでしょ?」


「まあ一応はな」


「なんでそんなに勉強したん?」


「む……」


 奏の問いに過去のことを思い起こす。

 別に隠すようなことではないのだが、とはいえ人によっては面白おかしいエピソードに分類されるだろう。


「あれ、なんか言えない感じ?」


 言いよどむ怜に奏が首を傾げる。


「いや、別にそういうことじゃないぞ。ただ幼稚園の頃、クイズが好きだったんだよ。そこで俺の両親がクイズの本ってのを持って来てくれたんだ」


「クイズ?」


「そう、クイズ。その本が実は小学生の算数の問題集だったっていうオチ。なんで俺はクイズに挑む感覚で算数の問題を解いていったんだ」


「うわあ、予想の斜め上の回答がきた」


「ただまあそのおかげで小さいうちから基礎がしっかりと付いてくれたよ。それにそもそも勉強が苦手になる一番の理由は勉強が楽しくないってことだと思うからな。そのおかげか数学とかそっちの方の勉強は苦にならないし、楽しく勉強出来るようになったしそういった点では感謝してるよ」


「ほーん。そーなんだね」


 苦笑して答える怜に奏が納得がいったというように頷く。


「なるほどなるほど。それをきっかけとして学年一位を獲るまでに成長したと」


「まあな。それに知識欲とかは小さい頃から結構あったし」


「しっかし今年の家庭科部はきょーかんだけじゃなく、美都ちゃんも一年のトップを狙えるわけでしょ?」


「え、あ、私ですか?」


 ふと思い出したように奏が手を叩くと慌てて美都が反応する。


「美都ちゃんの方は手応えはどうなん?」


「手応えですか? そうですね。過去問をやった限り、手応えはありそうですね」


「へー。ってことはやっぱり学年トップを狙っちゃったり?」


 その質問に美都は怜の方へと一瞬だけ視線を向ける。


「そう、ですね……。はい。今回のテストで一位を獲ることが出来たら、勇気を出して挑戦してみたいことがあるんです」


 そして真剣な顔でそう返答した。


「え、なになに? 何に挑戦するの?」


 興味津々で奏が美都へと問いかける。

 そんな奏に美都はゆっくりと首を横に振って


「すみません。あまり人に言うことではないので」


「あ、そなんだー。ごめんね、変なこと聞いて」


「いえ、大丈夫ですよ」


 そして再び怜の方へと一瞬だけ視線を向ける美都。

 その視線に気が付いた怜が美都の方へと顔を向けると、美都はすぐさま顔を逸らす。

 その頬はうっすらと赤く染まっていた。

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