第219話 テスト勉強① ~合同勉強会~
高校生活というものは様々なイベントが数多く存在する。
有名どころでいえば文化祭や体育祭。
皆で一丸となり目標へと向かって進んでいく、高校生活における最も有名で楽しい(一部の生徒にとってはそうではないが)イベントといって差し支えないだろう。
だが各種イベントは楽しい物ばかりではない。
逆に苦痛に感じてしまうイベントというのも存在する。
その中で最も有名で辛いイベントといえば、定期試験の一択だろう。
怜達の通う領峰学園では前後期制が用いられており、それぞれ中間と期末の年間計四回の定期試験が存在する。
六月上旬、一週間にわたって行われる前期中間試験は大半の学生にとって阿鼻叫喚の地獄と化す。
故に学生の大半は赤点を回避する為にテスト前に必死になって勉強をするのが普通である。
そしてそれは入学試験及び、昨年度の四回にわたる定期試験の全てで二位に平均点で三点以上の差をつけて学年主席をキープしている怜も例外ではない。
領峰学園ではテスト期間中の部活は禁止されているが、直前の期間まで禁止されているわけではない。
それで成績が悪くなるのであれば、それは自己責任ということだ。
とはいえ暗黙の了解としてテスト直前の一週間は、基本的にどこの部活も活動を停止してテストへと備えている。
ただ一つ、家庭科部を除いては。
定期試験前の一週間の通称テスト準備週間において、家庭科部とボランティア部は家庭科室にて合同勉強会を行っている。
そしてそれは土、日曜日といえども例外ではない。
部活を口実にすることで、授業の無い土、日であっても家庭科室を勉強場所として利用する口実としている。
ちなみに領峰学園においては長期休暇の一部を除き、休日であっても基本的に教師の誰かは学内に居ることになっている。
本来であれば顧問の瑠華が付き添わなければならないのだが教師陣もこの家庭科部の活動内容が事実上の勉強会であるということを黙認している為、在中している教師が監督しているという建前により成立している。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そしてこの勉強会は、基本的に怜が主導となっている。
二年の学年主席であることに加えて理系であれば三年の範囲まで履修内容は頭に入っている為だ。
もっともそれが理由として成り立つのもおかしいとは怜本人も思っているのだが。
「きょーかん、これどうすればいい?」
「ん? ああ、まずはな、二点間の距離が必要だろ。だから各点における相対的な距離を考えてみろ」
「え? うん。あ、なるほどってことは、次は――あれ?」
「距離は出せたろ? なら次に必要なのはこのベクトルってのは分かるよな? それを出すにはどうすればいい?」
「えーっと……ここのところが分かれば――」
「そう――この近似式で出せるから――そうすると次はどうするか」
「あっ、なるほど。後は応用で解けそうだね。ありがとー」
といった具合に分からないところは基本的に怜に聞けば教えてくれるし、ただ答えを教えるだけではなく解答についての理解出来るように丁寧な答えが返ってくる。
今もつまづいていた問題の解けた奏が怜の説明を受け、ほくほく顔で席へと戻っていく。
しばらくすると、今度は三年の先輩が怜の元にやって来た。
「きょーかん。これなんだけどいい? 答えと合わないんだけど」
「どれですか? ――ああ、これに関しては――」
「なるほど引っ掛けか。気が付かなかったわ」
「まあ一つ一つの条件が微妙に変わってきますからね」
「ありがとね。いやー、さすがきょーかん、頼りになるわー」
「……ってか上級生が下級生に教えて貰うってのはどうなんですかね」
「何言ってんのよ。点数捨てるのとプライド捨てるのを秤に掛けて、点数捨てるわけないでしょ? 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥っていうじゃない。くっだらない上級生のプライドなんてとっくの昔に捨てたわよ」
それはそれでどうなのだろうか。
怜としてもその考え方は嫌いではないし、下手に意地を張らないという点においては好感が持てる考え方ではあるのだが。
怜は過去数年分の全学年の過去問を持っている。
学園の先輩である美玖や守仁から貰った物や、その先輩の分も含めてだ。
それらを分析し、各担当の先生の出題傾向の分析等について全てまとあげた物が合同勉強会に用いられる。
もちろん内容は年々のアップデートのおまけつきだ。
はっきり言って怜としても大変なのだが、後で苦労するよりは先に苦労した方が相対的に楽になる、ということである。
家庭科部部員の一番の利点、特権は、テストのたびに怜の対策集が手に入ること、とはよく言われている。
ちなみにこれは家庭科部、ボランティア部以外の生徒には門外不出のマル秘対策集となっており、仲の良い相手にも絶対に見せないように言い含めている。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ふう……」
一段落して時計を見ると、現在時刻は十時を少し回ったところ。
問題を解く手を止めて椅子から立ち上がり伸びをする。
「お、きょーかん、休憩?」
「ああ」
「そっか。ウチも切り良いし一旦休憩しよっかなー」
同様に奏も手を止めて大きく息を吐く。
それを皮切りにして、皆も同じように手を止めて休憩へと入った。
「あーっ、疲れたー」
「もう難しすぎーっ! あーあ、テストなんてこの世から消えて欲しいよねー」
「それ同感。もし神様がこの世から何か一つ消してくれるって言われたら、あたしはテストを消してって頼むと思う」
「いやさすがにもっと良い物頼みなさいよ」
といった具合に静かだった家庭科室に部員の声が響いていく。
この勉強会は休憩時間が明確に決まっているわけではない。
他の人の邪魔さえしなければいつ休憩しようが個人の裁量の範疇である。
とはいえ流れというものは存在し、基本的に怜が手を止めると他の部員もそれに倣って区切りの良い箇所で休憩に入るのが常だ。
理由の一つは勉強会の主導者が怜であること。
そしてもう一つ理由はついでに軽いお茶会を楽しむ為である。
人間の集中力というものは長時間持続する物ではない。
その為、適度に休憩を入れた方が長続きする。
よって皆で休憩時間を合わせることにより、会話しても邪魔にならない環境を作ることが暗黙の了解となっていた。
「コーヒー飲む?」
「あ、あたしもちょーだい!」
「あたしは緑茶にしよっかなー」
「私にもー」
などと皆がそれぞれ思い思いの飲み物の準備を始める。
なお、飲み物に関してお湯は家庭科室のポットにより用意されるが、コーヒーや紅茶等についてはそれぞれが各自で用意する決まりだ。
よってインスタントコーヒーの瓶やティーバッグ、ペットボトルのお茶を何人かで持ち寄るのも暗黙の了解である。
「はい」
「サンキュ」
「ありがと」
「ありがとうございます」
怜の方も例に漏れず、ティーバッグでボランティア部計四人分のお茶を淹れる。
茶葉を蒸らしたり粉からコーヒーを淹れることも考えたのだが、それでは時間が掛かる為にそこは妥協した。
「あ、そうだ。ビスケット持ってきたんだ。はい、れーくん」
「ありがと」
蕾華が持ってきた市販品のビスケットを一つ摘まんで口へと放り込む。
素朴な甘みを持つそれが、疲れた体へと染み渡っていく。
周りの部員達もそれぞれが持ち寄ったお菓子を軽く摘まんでいる。
例に漏れず桜彩も蕾華のビスケットを一つ貰って口に入れる。
「美味しいですね」
「うん。まあれーくんの作るビスケットには敵わないけどね」
蕾華の持ってきたビスケットはあくまでも市販品。
リュミエールのような洋菓子店の物でも、デパートの特設コーナーで売られている高級品でもない安価な量産品だ。
だがそれはそれとして美味しいことに変わりはない。
「光瀬さんのビスケットはそんなに美味しいのですか?」
「うん。前に焼き立てを食べたことがあるけど美味しかったなあ」
当時の味を思い出すように蕾華がうっとりと呟く。
「シナモン使ってるんだよね。口に入れると仄かに香ってさ」
「そうそう。ああいう素朴なのって本当に腕の差が出るよな」
陸翔も同意するように頷く。
怜としては別に凝った物を作ったわけではないのでそこまで褒められるとむず痒い。
「褒めすぎだっての」
少しばかり顔を赤くして頬を掻きながら怜が照れる。
それを見た陸翔と蕾華は顔を見合わせてニヤッと笑う。
「あ、怜が照れた」
「ホントだ。れーくん可愛い」
「うっせえ」
照れる怜をからかう陸翔と蕾華。
三人との関係を隠している為、楽しそうに笑う三人の輪に入っていけない桜彩は少し寂しそうにその光景を眺めていた。
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