第218話 マジパン細工のサプライズ

「はあ……幸せ~」


 お腹いっぱいに食べた後、桜彩の口から言葉が漏れる。

 表情の方も言葉の通り、本当に幸せそうな笑顔が広がっている。


「怜の作るご飯、本当に美味しいなあ」


「ありがと。いつもそう言ってくれるよな」


「うん。だっていつも美味しいんだもんっ!」


 当然とばかりに胸を張ってドヤ顔をした桜彩が答える。

 強調された胸部に一瞬目が行って慌てて視線を外す怜。


「そ、それよりもさ、桜彩は好き嫌いがないよな」


「え? うん。確かにそうだよね。あ、辛すぎるのは苦手だけど」


「まあそれは俺もだからな。献立を考える手間が無くて嬉しいよ。あ、でも何でも美味しいって言ってくれるから、逆に考えるのが難しくもあるかな」


「ふふっ。そうかもね。でもだからといって嫌いな物は増やさないよ。これからも何でも美味しいって言って、献立を考えるのを難しくしてやるんだから」


「あははっ。それは大変だな」


「ふふっ。大変だね」


 他愛もない会話で盛り上がる二人。

 こんな軽口が本当に楽しい。


「さて。それじゃあ後片付けするか」


「うん」


 そして二人は席を立って、洗い物をする為にキッチンへと一緒に向かって行った。 



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「よし、と。これで終わりだな」


「うん。終わりだね」


 全ての食器と調理器具を洗い終えて一息つくと、二人の視線は冷蔵庫へと向かう。

 その中には突然手伝ってくれたお礼に、望が持たせてくれたリュミエールのケーキが入っている。

 お待ちかねのデザートタイムだ。


「ふふっ。楽しみ~っ」


「夕食もたくさん食べたけど、これは別腹だからなあ」


「うんっ! リュミエールのケーキ、本当に美味しいからね」


 そう言いながら二人でお茶の準備を進めていく。

 ハイビスカスティーのティーバッグをお揃いのカップに入れ、お湯を注ぐ。

 抽出されるまでの間にリュミエールで貰ったロールケーキをカットしてお皿へと載せてリビングのテーブルへと運ぶ。

 そしてカップの方もティーバッグを捨てて同じようにテーブルへと運んでいく。


「これで準備完了?」


 一刻も早く食べたいというオーラ満載の桜彩が椅子に座りながらせかすように聞いてくる。

 しかし普段ならこれで準備は完了となるのだが、この日はまだ少し残っている。


「いや。今日はまだあるんだ」


「え、そうなの?」


「ああ。実はな……ん……?」


 最後の準備をする為に冷蔵庫の方へ向かおうとしたところ、リビングの上に置いていた怜のスマホがメッセージの着信を伝えてきた。

 桜彩に目配せすると、桜彩も先に確認して良いと頷いてくれたので、お茶会の準備を一旦止めてスマホへと手を伸ばす。

 確認すると、先ほどリュミエールで会った美都がメッセージを送ってきたようだ。


「佐伯から……?」


 何の用だろうと怪訝な表情を浮かべる怜。

 一方で椅子に座った桜彩は、美都からのメッセージと聞いて自分でも気が付かないうちに眉根を寄せる。


「いったい何だ……?」


 とりあえず開いて美都からのメッセージを確認する。

 そこには


『本日はありがとうございました』


 という感謝のメッセージと共に、誕生日ケーキの写真が送られていた。

 ケーキの上には怜の贈ったマジパン人形が載っている。

 それを見ていると


『とても美味しかったです』


 と次のメッセージが送られてくる。


「佐伯さんから?」


「ああ。ほら」


 隠すことでも無いので送られてきたメッセージの表示されているスマホを桜彩へと渡す。

 そしてそのまま冷蔵庫の方へと向かい、お茶の準備を再開する。


「怜がプレゼントしたのって、これ?」


 写真に写ったマジパン人形を指差しながら桜彩が聞いてくる。

 冷蔵庫を開けながらそちらの方を振り向いた怜が桜彩の質問に首を縦に振る。


「ああ。マジパン細工。アーモンドの粉末や砂糖を混ぜて作るんだ」


「……凄いね。本当に売っている物と変わらないよ」


「ありがと。光さんや望さんもそう言ってくれたんだ」


 嬉しそうに胸を張って答える。


「そっか。これを……」


 複雑そうな表情で答える桜彩。

 帰り道で話したが、それでもやはり嫉妬の感情が胸に湧き上がってくる。


(佐伯さん、良いなあ……。私もこういうの……)


 怜が贈ったプレゼントを見て、桜彩が少し寂しそうな顔をする。

 背を向けたままの怜はそんな桜彩に気が付かず、目当ての物を取り出す。


「桜彩? どうかしたのか?」


 席に戻ると何やら桜彩が複雑そうな表情で渡したスマホを覗いている。

 画面に表示されているのは先ほど美都から送られてきた写真のままだ。

 その言葉で我に返った桜彩は慌てて首を横に振り怜の方へと視線を向ける。


「ううん。なんでもないよ。それで怜、さっき言ってた準備って何だったの?」


「ああ。これを持ってきたんだ」


 そう言って怜は冷蔵庫から持ってきた小箱をテーブルの上に置く。


「これ? いったい何?」


「ふふふ。見てのお楽しみだな。開けてみてくれ」


「え? うん……」


 ニヤニヤとする怜に怪訝そうな表情をしながら蓋を開ける桜彩。

 そしてその中に入っていた物を見て、目を見開いて驚く。


「あ、怜、これ……」


 中に入っていたのはマジパン細工。

 白猫と黒猫を模した怜の手作り品だ。


「ああ。今日俺が作ったマジパン人形。これ、一番最初に作ったやつなんだ。食べてもらえるか?」


「え? 良いの……?」


 信じられないというような表情で怜の方を見上げながら問いかける桜彩。

 そんな桜彩に怜はゆっくりと頷いて


「ああ。佐伯にもあげたけどさ、やっぱり一番最初に作ったのは桜彩に食べて欲しいなって」


「え……」


 怜の言葉に桜彩が驚いてポカンとしてしまう。

 しかしすぐに顔を赤らめて優し気な笑みに変わる。


「怜……。ありがとう……」


 サプライズで贈られたプレゼントに桜彩の胸が温かくなっていく。


(そっか。これ、怜が一番最初に作った物なんだ。それを私にって。えへ、えへへへへ……)


 先ほどまでの嫉妬心などどこへやら、嬉しさに顔を綻ばせて桜彩がマジパン細工を眺める。

 そしてそれを怜が切り分けられたロールケーキの載った桜彩の皿へと移動させる。


「えへへ。ありがとね。あ、写真撮っていい?」


「ああ、もちろん」


 返事を聞く前にスマホを取り出している桜彩に頷くと、本当に嬉しそうな顔をしてそれを写真に収めていく。

 ひとしきり写真を撮って満足した桜彩がスマホをポケットへと仕舞いマジパン細工へと手を伸ばすが、そこで手が止まってしまう。


「桜彩?」


 そう問いかけると桜彩が困ったような表情で目を潤ませながら見上げてくる。


「うう……。どうしよう、怜。可愛すぎて、食べられないよぅ……」


 猫好きの桜彩としては、この猫の細工がとても気に入ってしまい、それを崩すのが残念だ。

 怜としては猫のマジパンよりも、そんな桜彩に可愛さを感じてしまいクスッと笑ってしまう。


「あーっ、怜、笑うなんてひどいよぅ」


 口を窄ませて桜彩が抗議する。


「あはは、ごめんごめん。それじゃあ桜彩、はい、あーん」


 手が出ない桜彩の代わりに怜は自分でマジパンを摘まんで桜彩の口元へと持っていく。


「あ……あーん……」


 怜に差し出されたそれを、つい反射的に桜彩が食べてしまう。


「あ……食べちゃった」


「まあ、いくら可愛くてもマジパン細工ってのはあくまでも食べ物だからな。食べてこそだ」


「うん……そうだね。それじゃあはい、あーん」


 残ったもう一匹の猫の方を摘まんで怜へと差し出す桜彩。


「あ、いや、それは桜彩へのプレゼントであって……」


 これはあくまでも桜彩に食べて欲しくて持ってきた物だ。

 しかし怜の言葉に桜彩はゆっくりと首を横に振る。


「うん。私へのプレゼントだから、これは私が思うようにするね。私は怜にも一緒に食べて欲しいなってそう思ったの」


 にっこりと笑いながら言って再びそれを怜の前へと差し出してくる。

 ここまでされて、怜にそれを断る選択肢など存在しない。


「あーん」


 ゆっくりと口を開けると、そこに桜彩の手によりマジパンが入れられる。


「ふふっ」


「ははっ」


 つい二人で笑い合ってしまう。


「美味しいね」


「ああ、美味しいな。でもまだロールケーキが残ってるぞ」


「あっ、そうだね。忘れてたよ」


 マジパン細工の事ばかり考えていて、肝心のリュミエールのケーキの存在をつい忘れてしまっていた。

 そもそも本来のデザートのメインはこちら側だ。


「ははは。それじゃあはい、あーん」


 そう言ってロールケーキをフォークで切り分けて桜彩の口元へと差し出すと、今度はそれを当たり前のように桜彩が咥える。


「うん。やっぱり美味しいなあ。それじゃあはい、あーん」


 お返しにと桜彩が怜へとケーキを出し出すと、怜も同様にケーキを口にする。

 そして二人はお互いにロールケーキを食べさせ合いながら、遅い時間のお茶会を楽しんだ。



【後書き】

次回投稿は月曜日を予定しています

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る