第213話 後輩からの手紙
「へー、クッキーか」
放課後、せっかくだから美都の言葉通り皆で食べようと思い、ボランティア部の部室にてお茶会が始まる。
「でも良いの? これ、れーくんがお礼にって貰ったんだよね?」
「構わないって。佐伯も『皆さんで召し上がって下さい』って言ってたしな」
本人がそう言っていたのであれば構わないだろう。
怜が一人暮らしなのは家庭科部員の間では周知の事実だし、であればこれはこのメンバーで食べてくれと受け取っても良いはずだ。
袋の中からクッキーアソートの入った缶を取り出して机の上に置き蓋を開けると数種類のクッキーが顔を覗かせる。
そしてお茶の入った紙コップを用意して準備完了だ。
「それじゃあ食べようか。いただきます」
「ああ。いただきます」
「いただきまーす」
そう言って早速陸翔と蕾華がクッキーに手を伸ばす。
「おおっ、これ美味しいな」
「うん。くちどけもほろほろってしてて、アタシが普段買ってるのよりもかなり美味しいよ」
「そうだな。って桜彩、どうかしたのか?」
普段だったらすぐに手を伸ばしているであろう『食うルさん』の手がクッキーに伸びていない。
何か考え込んでいるような、心ここにあらずといったような顔。
不思議そうに問いかけると、慌てたように桜彩は首を横に振る。
「あ、ううん。なんでもないよ。それじゃあ私も食べるね」
「ああ。遠慮しないで良いぞ」
怜がそう言うと、桜彩もクッキーへと手を伸ばす。
「あ、本当だ。美味しい」
「だよねー。これ、どこのクッキーだろ。今度買ってみようかな」
「デパ地下で売ってた覚えがあるな。これ輸入品だからその辺のスーパーじゃ売ってないぞ」
「えっ、そうなの?」
クッキーを持ちながら首を傾げる蕾華。
「ああ。これ結構有名なやつだからな。昔から伝統のあるブランドで、贈答用とかでも有名だぞ」
「そーなんだ。じゃあ結構良い物貰ったんだね」
「だな。逆に申し訳ないくらいだけど」
そんなことを言いながらクッキーを食べていく。
だが桜彩に関してはいつもよりも食べる手が止まっているように感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれ、てゆーかさ、まだ袋の中に何か入ってない?」
「ん? あれ、本当だ」
袋の中を覗き込むと、蕾華の言葉通りに中に便箋が一通入っている。
念の為に袋を逆さにして振ってみたが、どうやら本当にこれで終わりのようだ。
「手紙、か」
「手紙だな」
「手紙だよね」
怜の持つ便箋に陸翔と蕾華が目を丸くする。
言葉には出さないが、桜彩も驚いたような表情で眺めていた。
便箋を見ると表には『光瀬先輩へ』、裏には『佐伯 美都』と書かれている。
「……一応、見ないようにしておくか?」
「んー、まあ、そうだな。さっきの佐伯の反応からして多分違うと思うけど」
「そうなの?」
こういった物の中身としてまず思い描くのはラブレター。
メールやメッセージアプリが全盛期になった為、存在自体が過去の遺物になりかかっているが、まだそういった物が存在することは知っている。
というか、怜も昨年に貰ったことがある。
もちろん結果は断ったのだが。
とはいえ先ほどの美都の反応からするとおそらく違うだろう。
「じゃあ開けるわ」
そう言って封を開けて中身を取り出すと、横に座る桜彩も中を見ないように顔を背ける。
だがチラチラと振り向こうとしている様子から、どうも文面は気になるようだ。
一通り読んだ怜は、一つ息を吐いて背もたれへと背を預ける。
「どうだったの、れーくん?」
「はい、これ」
読み終わった手紙を差し出すと、そんな怜の行動に思わず驚く蕾華。
「え、読んでも良いの?」
「ああ」
怜自身がこう言っている以上、ラブレターの類ではないことは明白だ。
そんなわけで手紙を机に置いて、三人は顔を突き合わせて文面を眺める。
『光瀬先輩へ
突然のお手紙、失礼致します。
本来であれば、顔を合わせて直接お話しするのが筋だとは分かっているのですが口下手故に上手に言葉に出して言える自信が無い為、お手紙にて失礼致します。
何から書き始めれば良いのか悩んでしまいましたが、まずは私が心の底から先輩に感謝していることを伝えたいと思います。
先日は私からの突然無茶な要求を受けて下さって本当にありがとうございました。
先輩が引き受けて下さったおかげで弟のお弁当を無事に作ることが出来ました。
もし先輩が引き受けて下さらなかったら、先輩がいなかったらどうしようもありませんでした。
出来合いのお弁当のおかずを詰め替えることになり、せっかくの遠足が台無しになってしまうところでした。
弟も本当に美味しかったと言ってくれ、本当に感謝の言葉が尽きません。
また、先日作り方を教えていただいたキャロットケーキですが、先日母のお見舞いに持っていった所、大変好評でした。
父や弟も美味しいと言って食べてくれて、本当に嬉しかったです。
私の不注意で火傷を負ってしまった時も怒ったりせず、それどころか逆に私の心配をして下さったり、それ以外にも、部活では様々なことを教えて下さったり、とても優しくしていただいているのが嬉しいです。
改めてこういうことを書くと照れますが、これは私の正直な気持ちです。
最後になりますが、改めて本当にありがとうございました。
これからも宜しくお願い致します。
佐伯 美都』
手紙を読み終えた三人がゆっくりと怜の方を向く。
「な? 別にそういうやつじゃ無かったろ?」
怜に対して日頃の感謝を伝えた手紙であり、告白とは無縁の内容だ。
「んー、まあ確かにね」
「まあ、確かに文面はそうだよな」
しかし蕾華も陸翔も若干微妙そうな表情のままだ。
「……確かに今はそうだけどさあ、なんか、風向き変わりそうじゃない?」
「……だよなあ」
小声でそんなことを呟き合いながらチラリと桜彩の方へと視線を向ける。
「いやまあねえ、れーくんの上辺だけを見てるんじゃないってのは分かるし、それはねえ、うん、アタシ達も嬉しんだけど」
「さやっちの存在がいるからなあ」
「だよねえ。二人共気が付いてないだけで完全に両想いだもんね」
「まあ、今はまだそっちの方に気持ちが向いてないみたいだし、このまま向かないでいてくれることを祈るか」
美都が怜の表面だけではなく、本質的な部分に好意を抱いているのは二人にとっても良く分かる。
もちろんそんな親友の本当の魅力を理解してくれる人がいるのは嬉しいことだ。
だが、それが恋愛感情へと変わるのであれば話は別だ。
何しろ怜には(本人は気付いていないが)別に好きな相手がおり、相手の方も(こちらも気付いていないが)怜のことが大好きだ。
だからこそ、美都の気持ちが変わるようなことにはならないでほしい。
(…………)
「桜彩?」
「えっ!?」
何か考えるように口を開いていない桜彩へと声を掛けると、桜彩が怜の方を見ながら驚きの声を上げる。
「あ、悪い。そんなに驚くとは思ってなくて」
「う、ううん。私こそごめんね。それで怜、何かあったの?」
「いや、なにか考えてるようだったからさ」
そう言われて、ようやく桜彩も自分が心ここにあらずという状態にあったことを理解する。
「なにか悩み事だったら相談に乗るぞ」
「う、ううん。そう言うんじゃないから大丈夫だよ」
「……そう?」
慌ててそう言って怜に向かってにっこりと笑いかける桜彩。
怜としてはそんな桜彩の様子に首を傾げてしまうが、だからといってそれ以上どう言葉を続けるべきか分からない。
(……うん。怜の内面をしっかりと見てくれるのは私も嬉しいんだけど、でも……)
桜彩の胸の中に何かもやっとしたものが残る。
その正体を現す言葉は今の桜彩には思い浮かばない。
そんな桜彩を怜は不思議そうな顔で、陸翔と蕾華は少しばかり心配そうに眺めていた。
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